第100話 好き好き催眠

 パァン


「それで、先輩。今日はどんな催眠をかけたんですか?」


 ローテーブルを挟んで正面に座った詩音が小さく首を傾げながら訊ねる。


「うーん。今日の催眠は、仮にうまくかかったとしても効果が出ないこともあるからなぁ。例えば、皐月あたりにかけても何の意味も無いと思う」

「は?」


 なんの気なしに出した例えに、詩音から冷気じみた威圧感が放出される。俺は笑顔を引き攣らせながら、ローテーブルから身を乗り出して詩音の頭を撫でた。


「大丈夫、例え話だよ。詩音以外に催眠かけたりしないから」


 それを聞いた詩音は、頬を膨らませながらぷいっと拗ねたように顔を背けて言った。


「分かってますよ、当たり前のこと言わないでください。……好き」


 最後に自分の口から漏れた言葉に、詩音は驚愕をあらわに目を見開いた。俺は身体を引いて身構えながら、小さく吹き出した。


「先輩!!!」


 噛み付くように詩音が叫ぶ。


「うん。『好きと思ったら勝手に口からでちゃう催眠』」


 口元を押さえて笑いながらネタバラシをする。そんな俺を正面から睨みつけながら詩音が怒鳴る。


「好き!」

「あははは!」


 追撃にお腹を抱える。詩音はぶんぶんと頭を振って言い直す。


「なんて催眠をかけてくれたんですか!好き……なわけないじゃないですか!こんな、こんな催眠で私を辱めて喜んでる先輩なんて!……好きぃ……」

「ひ、ん、どっ!」


 俺は大笑いして、詩音は机に突っ伏した。恨みがましげに上目遣いで見つめながら詩音がいう。


「うぅ……好き、好き……。先輩は、こんな催眠をかけてまで私に好きって言われたいんですか?」


 詩音が、また自分の口から出た言葉に驚いたように目を見開く。俺も息を呑んだ。詩音が弾かれるように身体を起こして言った。


「先輩はこんな催眠をかけてまで私に好きって言われたいんですか!?!?」


 詩音がひときわ大きく息を吸い込む。


「好き!!!!!!」


 目の奥にハートが見えた気がした。詩音がローテーブルを踏み越えるようにして乗り越える。後ずさりして逃げる暇もなく、膝の上に乗られて首にしがみつかれる。


「好き、好き、先輩大好き」


 息と共に詩音の言葉が脳に直接流し込まれる。多幸感に脳が溶けそうになる。詩音が愛を囁きながら、唇と舌で耳をなぶる。


「ひぇんはい。しゅきぃ」


 俺は腰が抜けるようにして後ろに倒れた。馬乗りになった詩音の目は妖しく光っていた。


 ——


 ベッドの上で荒く息をする。


「えへへ」


 俺の隣にピッタリと添い寝した詩音が照れたように笑って言う。


「先輩、すき、すきって言いながら……『すきすき』するの、気持ちよかったですね。私が好き、好きって言うたびに、先輩がナカでビクン、ビクンってなって」

「っ〜〜!」


 俺は真っ赤になって押し黙る。詩音は俺の胸板に頬擦りしながら言った。


「……すきぃ」


 まだ催眠は解いていないから、詩音の意思とは関係なく漏れる言葉なのだろうけど、もう躊躇はないようだった。俺は詩音を仰向けに倒しながら、覆い被さるような体勢になる。


「先輩、すき……」


(早く、催眠を解かないと——)


 生命の危機を感じた理性がそう言うのを聞きながら、俺は詩音にのしかかり、身体を重ねる。


 ずぷぷ、ずぷ


「あぁん!すきぃ!」

「…………好き」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る