第98話 淫紋催眠

 バタン


 高校の帰り道から、半ば引きずられるように連れ込まれた後輩の詩音の部屋の扉が閉まる。


「先輩が……先輩が悪いんですからね……」


 頬を紅潮させながら荒く息をする詩音が、制服のリボンをむしり取るように外し、ワイシャツがはらりとベッドの上に落ちる。ベッドにぺたりと座り込んだ詩音は、なおももどかしそうにブラとスカートを脱ぎ捨て、靴下とショーツを残して裸になる。白い太ももの間からのぞくそれには、割れ目がぴったりと浮かび上がるように濡れたしみができている。そしてその上に視線を移すと、へそとパンツの間、柔らかそうなお腹に刺青のようなものが浮かんでいる。左右対称な、ハートを模したような、それでいてどこか刺々しさのあるピンク色の紋様。見る人が見れば、ひと目で『淫紋』と呼ばれるものだと分かるだろう。


「先輩がこんな催眠をかけるから、一日中エッチなことしか考えられなくて——」


 詩音が自分の身体の火照りを冷ますように、なだめるように手を這わせながら、咎めるように俺を見つめる。


 とはいっても、この淫紋は催眠術の結果として身体に現れているわけではない。単なるタトゥーシールだ。催眠術は魔法ではないのだから、身体に変化を起こすようなことは原則できない。俺がかけたのは、『淫紋タトゥーシールをつけている間は発情してしまう』という催眠だ。


 ——


 パァン


「先輩、なんですかそれ?」


 トランス状態から目を覚ました私は、先輩が持つ『それ』を見咎めて訊ねた。


「『淫紋タトゥーシール』」


 先輩は、扇状に4枚くらい広げながら自慢げな顔で答える。まあ、言われてみればそうとしか見えない。エッチなイラストとかでよく見るやつだ。


「今日は、これをつけている間は発情して止まらなくなる催眠をかけた。さ、貼ってあげるからお腹出して?」


 そう言ってにっこり笑いながら手招きする先輩に、私は真っ赤になりながらワイシャツの裾を押さえる。


「なっ!?そんなこと言われて『貼ってください……』ってお腹を出すわけがないじゃないですか!!自分で貼りますから、先輩はそれ置いて帰ってください!」


 そう言われた先輩は不満そうに口を尖らせながら、しぶしぶといった様子でローテーブルに1枚置いて帰っていった。


 お風呂に入ってパジャマに着替えた、もう寝るというタイミング。私は、そのままローテーブルに置かれていたタトゥーシールを横目でちらっと見た。それから一度大きく息をして、覚悟を決める。濡らしたティッシュを用意する。ベッドに腰をかけると、パジャマを捲り上げてショートパンツを少し下げて、シールを貼り付ける。その上から濡らしたティッシュで押さえて、シールが転写されるのを待つ。……この体勢は、少しあれなことを連想する。そろそろかと、シールの台紙を剥がす。慎重に貼っただけに、タトゥーシールは鮮やかに転写されていた。


「……えっちだ」


 無意識に漏れた言葉に心臓が飛び跳ねる。吸い込まれるように、滑り込むように、自分の右手がパンツの中に這入ってくる。


「んっ!」


 声を噛み殺しながらベッドに倒れる。いやらしい水音が頭の中で反響する。


(これっ、まずい!)


 真っ白になる頭の中で僅かに残った理性が警報を鳴らす。熱い息が漏れる。早く、できるだけ早く先輩に催眠を解いてもらわないと。先輩に、この発情した私を——


 ベッドに仰向けになりながら荒く息をする。身体中が、もう何で濡れているのか分からないくらいぐしょぐしょになっていて、快感が身体の中で反響する。身体の芯はまだジクジクと熱いのに、身体に力が入らなくて、びくんびくんと痙攣して、動けない。私は首だけ動かして、ベッドの脇に座る先輩をなじるように見つめながら言った。


「先輩は、満足ですか?こんな催眠で、一日中焦らして、こんなにいっぱいエッチなことして——」

「んー……」


 先輩は何かを考えるようにそう言って、私に背中を向けて自分のかばんをがさごそと探り始めた。それから液体の入ったビンをちゃぽんと振りながら取り出すと、コットンに浸して私のお腹につけた。


「ひゃうんっ!」


 冷たさに思わず声が漏れる。お腹越しに赤ちゃんの部屋を押さえられて、ナカがきゅんきゅんと締まるのを感じる。鼓動が速くなる。息が上がる。身体をよじる。ふともも同士を擦り合わせる。そんな中、先輩はコットンを一度強く擦りつけるようにしてから私のお腹から離した。


「先輩——」

「今回の催眠って、本当にヤバかったら解かなくても無効化できたんだよね。タトゥーシールってほら、落とせるから」


 そう言って先輩は、ピンク色になったコットンを私に見せた。私は身体を僅かに起こして、真っ白になった自分のお腹を見た。愛欲に覆い隠されていた理性と羞恥心が姿を表して、私は真っ赤になる。


「た、単に思いつかなかっただけです!」

「ほんとかなぁ?」


 噛み付くように言った私に、先輩は笑いを含んだ声でそう言って、私の頭を撫でた。


「っ〜〜!!」


 私は真っ赤になって俯く。それから、這いずるようにベッドの上で動いて、ベッドに対して直角な方向に横になると、だらしなく両脚を広げながら、先輩にお腹を突き出した。


「詩音?」

「………次は、ちゃんと、自分で落としますから——催眠を解く前に、もういっかい貼ってください——」

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