第96話 透視催眠

 パァン


「どうしたんですか?先輩」

「いや、なんでもない」


 ローテーブルの向こう、正面に座る後輩の詩音に気取られないように目を逸らす。


(とんでもない催眠を開発してしまった……)


 全男子垂涎の『服が透視できるようになる催眠』。横目でちらっと見ると、詩音はあられもない、一糸纏わぬ姿に見えていた。まだ開発の途中だから、ONOFFも加減もできないのだ。本能と反射で詩音の白く滑らかな肌の中で2箇所だけ色が濃い部分に視線が引き寄せられる。詩音が首を小さく傾げる。


「おほん」


 わざとらしく咳払いしながら、俺は正面に顔を向け直した。勝手に下がろうとする視線を押さえつけて、真っ直ぐ正面を向く。こうしていれば詩音にも怪しまれないだろう。


「そうだ先輩!この間新しいパジャマを買ったんですよ。見てもらえますか?」


 パン、と手を叩きながら詩音が立ち上がる。


「いきなり立つな!!」


 俺は両腕で目を覆いながらひっくり返った。一瞬、視線の直上にイケナイ場所があったような気がする。


「どうしたんですか?先輩」


 そんな俺を見て、詩音が不思議そうに俺を覗きこむ。両膝に手をついて、前屈みの姿勢で。当然、眼前には重量で強調された——


「なんでもない!なんでもないぞ!」


 俺は弾かれるように立ち上がった。詩音はだいぶ怪しんでいるのか眉間に皺を寄せていたけれど、一度ため息をつくと俺の後ろに回って背中を両手で押した。


「さ、パジャマに着替えるので先輩は外で待っててください」

「あ、ああ」


 なすがままに部屋の外に押し出されて、ドアが閉まる。


「あ、覗かないでくださいね?」


 ドアをわずかに開けて詩音が念を押す。


「のぞかんわ!!」


 俺がそう返すと、いたずらっぽい詩音の笑みを残してドアが閉まった。一度深呼吸をする。


「いいですよ〜」


 少しすると、部屋の中から詩音の声がした。ドアを開けると、自慢げな顔で詩音が立っている。


「さあ先輩。どうですか?」


 両腕を広げて詩音が感想を求める。しかしあまりに、あまりに間が悪いことに、今の俺には『透視催眠』のせいで裸の詩音にしか見えていない。


「お姫様みたいでかわいいですよね。いつもより、大人っぽい感じで」


 そう言いながら詩音は肩紐を直すような仕草をする。


「あ、ああ」


 どう反応したものか困って、俺は目を逸らしながら曖昧に同意した。


「むー!先輩、ちゃんと見てください」


 そんな俺の様子を見咎めて、詩音が頬を膨らませる。ギ、ギ、ギ、ギと詩音の方を向くと、詩音は小さく吹き出して、少し前屈みになりながらいった。


「まあ、先輩が何を考えてるかくらい、言わなくても分かるんですけどね。顔、真っ赤になってますよ?先輩のヘンタイ」


 からかうようにそう言ってから、詩音はくるりと反対を向く。


「背中なんてこーんなに開いちゃってるんです。どうです?先輩。嬉しいですか?」


 背中を反らせるようにして詩音が振り向きながら言う。背中、腰、お尻、太ももが一連の美しい曲線を描く。


「っ〜〜!」


 真っ赤になって押し黙る俺の反応に、詩音はにんまりとした笑みを浮かべた。それからもう一度正面に向き直って、スカートをつまむような仕草をする。


「さらにですね、このパジャマはかわいいだけじゃなくて、触り心地もさらさらですごく気持ちいいんです」


 そういうと詩音は、俺に向かって両腕を伸ばして言った。


「さあ先輩。ぎゅってして、触り心地を確かめてください」


 ごくり。俺は息を飲み、冷や汗を首筋にかきながらゆっくりと詩音に歩みよる。それから詩音の背中に腕を回して、軽い力でなでる。


「もう、なんでそんなにおっかなびっくりなんですか?……もっと、下まで触ってもいいですよ?」


 咎めるように詩音に言われて、俺は詩音の背中をなでる手をゆっくりと下ろしていく。しっとりとした詩音の肌の感触。丸く柔らかなお尻に触れる。


「んっ」


 詩音が艶めいた声を漏らす。頭がショートしそうになる。それから——


「ぷっ」


 腕の中の詩音が小さく吹き出した。


「あはははは!!」


 堰を切ったように笑い出す詩音に、意味が分からず目を白黒させていると


 パチン


 耳元で指パッチンの音がした。これは、催眠解除の。


「先輩。催眠で女の子の服が透視できるようになるわけ無いじゃないですか。催眠は魔法じゃないんですよ?」


 詩音が俺を見上げながら言う。頭の中でピースが繋がる。


「あ゛ーーー!!」


 思わず頭を抱えてうずくまる。詩音が大笑いする。


「あははは!かわいかったですよ?先輩、必死に目を逸らしてても、どーしても我慢できなくてチラッ、チラッて見てて。先輩のヘンタイ。むっつりスケベぇ」


 俺は涙目になりながら、お腹を抱えて笑う詩音を見上げて言った。


「——つまり、詩音は最初から裸だったのか」

「あははは、は——」


 詩音の笑いが止まって、固まる。顔が耳まで、いや、全身が真っ赤になる。それから詩音は両腕で大事なところを隠しながら、しゃがみ込んで叫んだ。


「先輩のエッチ!!!」

「なんっでだよ!!!」

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