第91話 なでなで催眠
パァン
後輩の詩音が手を叩く音で、俺は目を覚ました。今日の催眠は、まあ分かりやすい。詩音との距離はいつもより近くて、膝を突き合わせるようにして座っている。そして何より、俺の右手は詩音の頭の上に置かれている。
「今日の催眠は、なでなで催眠です」
「ひっ……!」
詩音の発言に、俺は肩をビクッと震わせながら悲鳴のように小さく息を吸った。
「ず、頭蓋骨……」
「先輩?どうしたんですか?なんか、想像してたリアクションとだいぶ違うんですが」
俺の様子を見て、詩音が訝しげに眉をしかめる。
「……いいこいいこ催眠じゃダメか?」
「いや、別にそれでもいいですけど。何か違うんですか?」
「なんでもない。完全にこっちの話だ。ここでする話じゃなかった」
俺は咳払いをして、首を軽く左右に振る。気を取り直した俺は詩音に尋ねる。
「それで、これはどういう催眠なの?」
まあ、聞かなくても大体分かるのだけれど。俺の問いかけに詩音は、自慢げに目をつぶりながら答えた。
「なでなで……んんっん。いいこいいこ催眠は、私の気が済むまでいいこいいこしないと先輩の手が私の頭から離れなくなる催眠です」
「まあ、そうだよな」
そう言って俺は、詩音のつむじの上に置かれた手を小さく左右に動かした。詩音は目をつぶったまま、呆れたような声音でいう。
「先輩、もっとちゃんといいこいいこしてください。じゃないと、先輩は一生私の頭の上に手を置いて過ごすことになりますよ?」
詩音の言葉に、俺はぐっと息を飲み込んだ。それからゆっくりと息を吐いて顔を上げる。
「いいこ、いいこ」
さっきよりもずっと長いストロークで詩音の頭を撫でる。詩音の口元が、気持ち良さそうに少し緩む。
「いいこ、いいこ」
そんな様子を見ながら、俺は頭を撫で続ける。
「詩音の髪、柔らかくて気持ちいいね」
手のひらで、細く滑らかな感触を味わう。指で髪をかき分けて、地肌に触れて。半ばヘッドマッサージのように。
「気持ちいい、気持ちいい。いいこ、いいこ」
「んっ」
詩音が小さく喘ぎ声を漏らす。俺は詩音の頭に手を置いたまま、腰を浮かせて詩音の背後に回る。こっちの方が、腕を伸ばさなくていい分楽だ。自由に動く左腕を詩音のお腹に回して、抱き寄せながら頭をなでる。
「いいこ、いいこ」
右手で頭の右側を撫でながら、左側は顔をうずめるようにして頬擦りする。詩音は耳を真っ赤にしながら小さく震えている。
「いいこ、いいこ。いいこ、いいこ、いいこ」
パチン
指パッチンの音が聞こえて、俺は少し目を丸くした。詩音が一度大きく息を吐いて言った。
「はい。催眠は解きましたよ。これで頭から手が離れるはずです」
言われた通りに手を持ち上げてみると、確かになんの問題もなく離れた。俺は自由になった両手で詩音の腰の辺りを掴むと、ひょいっと向き直らせた。
「先輩?」
意外そうな顔をする詩音の背中に左腕を回して、右手で詩音の頭を撫でる。
「いいこ、いいこ」
「先輩!?もう催眠は解きましたよ!?」
目を丸くする詩音に、俺は口元に笑みを浮かべながら言った。
「うん。だからこれは詩音がいいこなご褒美」
「何が、ですか」
快楽に抗うように目をぎゅっとつむりながら、詩音がいう。俺は答えた。
「さっき、『もっといいこいいこしてください』って言ってただろ?素直におねだりできて、えらいえらい」
「あれは——」
反論しようとする詩音の唇を唇で塞ぐ。抱き寄せるように、後頭部をなでる。
「ぷはっ!先輩、キスしながら頭撫でるのやめてください!」
唇を離した詩音が、真っ赤になりながら少し涙目で言う。
「どうして?」
「それは……。先輩にそれをされると、変な気持ちになっちゃいますから」
「ふふっ。正直に言えてえらいえらい」
俺は小さく笑ってそう言った。それから、頭に手をそえながら詩音を床に押し倒す。頭を撫でながら、のしかかるようにキスをする。
「先輩、だから——」
批難のこもった眼差しで俺を睨む詩音に、俺は耳元で囁いた。
「変な気持ちになった時に、『何をして欲しいか』も、言えたら、もっと『いいこいいこ』だよ?」
「先輩の、ばか」
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