第89話 脱衣催眠4
パァン
「うぐっ!」
小さく苦悶の声を上げる。目を見開く。身体が震える。そんな俺の様子を、この催眠を俺かけた後輩の詩音が、にやにやと悪い笑みを浮かべて見つめていた。
「う……ゔぐわぁぁ!!!」
ついに耐えきれなくなった俺は、絶叫しながら立ち上がり、できる限りの速さで——服を脱ぎ始めた。
「——はぁ、はぁ」
俺は涙目になりながら服を脱ぎ終わると、尻餅をつくように床に腰を下ろして膝を抱えた。荒くなった呼吸を整える。
「はい、先輩。お疲れ様でした」
微笑みながらねぎらう詩音を腕越しに睨む。
「もう、なんで睨むんですか」
「こんな催眠をかけられたら誰だって睨むだろ」
この催眠には心当たりがある。いうなれば『布恐怖症』になる催眠だ。身体に布が触れるということを考えるだけで、全身に鳥肌が立って頭がくらくらする。ちらっとベッドの方を見やる。
(俺がかけた時は『服恐怖症』だったんだが……)
布団も毛布も同じくらい気持ち悪い。布団にくるまって身体を隠すこともできないというわけか。いつも床に敷かれているカーペットがどけられているあたり、これも詩音の意図したところなんだろう。
「まあ、それもそうですね」
睨まれて不服そうにしていた詩音だったが、俺の言い分に納得したようにうなずくと、おもむろに立ち上がってブレザーを脱ぎ、ワイシャツのボタンを外しだした。
「な!?なんでお前まで脱ぐんだよ!!」
腕に顔を埋めるようにして目を塞ぎながら叫ぶ。
「先輩、私が先輩ひとりを裸にさせるわけないじゃないですか」
「意味が分からない!!」
俺の絶叫を気に留めた様子もなく、衣ずれの音は続く。やがてそれが止むと、息がかかるくらい近くから囁き声が聞こえた。
「先輩、お耳真っ赤ですよ?発情する催眠なんてかけてないのに。私の裸を想像して、興奮してるんですか?それとも——裸を見られて興奮してるとか?」
俺は黙ったまま、腕に顔を擦り付けるように首を横に振った。詩音が小さく笑う。
「でも……そんなに無防備でいいんですか?」
「?」
詩音の言葉の意味が分からず戸惑っていると、詩音は短く声を上げた。
「えいっ」
とんっ、と軽い衝撃とともに、丸めた背中に詩音の身体の柔らかさが押し付けられる。
「!!」
「ぎゅー。むぎゅー」
声に出してそう言いながら、膝と胸の間に腕を滑り込ませて抱きつく。
「先輩がそうやって丸まってると、こんなふうに、誘惑できちゃいますよ?」
そう言って詩音は俺の背中に、どこか猫を思わせるような動きで身体を擦り付ける。詩音の裸の滑らかさと、いろいろなやわらかさがありありと伝わってくる。落ち着いていた呼吸がまた荒くなる。
「あ、いまちょっといいかもって思いましたね?」
「なんっ」
「ごまかそうとしても無駄ですよ。先輩がどきどきしてるの、分かってますから。男の子がそんな格好で、本音を隠せるとなんて思わないでください」
骨盤のあたりを詩音の太ももが挟む。俺の太ももに詩音のつま先が触れる。
(靴下……!!!)
布から逃れようと、抱えていた膝を脊髄反射で伸ばしてしまう。その機を逃さず詩音が俺を床に仰向けに押し倒して、馬乗りになる。
「いいですよ。先輩が満足するまで——先輩の理性が蕩けるまで、誘惑してあげます。どうせ今の先輩は、逃げることも、隠れることも、隠すこともできませんからね」
そう言いながら詩音は、身体全体を押し付けるようにして俺にのしかかって、唇を重ねた。それだけで俺の頭はホワイトアウト寸前だった。
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