第80話 うさ耳催眠
「さて先輩。今日はどんな催眠をかけてくれるんですか?」
詩音の部屋。ローテーブルの前に座った詩音はそう言うと、スクールバッグからうさ耳のついたカチューシャを取り出して頭に付けた。
「え?」
うさ耳のついたカチューシャを取り出して頭に付けた。……なんで?
「どうしたんですか?先輩」
詩音が小首を傾げるのに合わせてうさ耳が揺れる。
「……いまから俺が催眠をかけるんだよな?」
「はい、そうですけど」
「……もしかして、詩音なにかもう俺に催眠かけてる?」
「いえ?というか、かけてたら『かけてます』とは言わなくないですか?」
その言葉にむう、とうなる。確かにそうだ。
「まだ俺は催眠をかけてないんだよな?」
「なんで私に聞くんですか。先輩がかけてないんならかけてないんじゃないですか」
それも確かにそうだ。だんだん頭の中がこんがらがってきて、眉間にしわを寄せて俯く。そんな俺を、詩音が怪訝そうに覗き込む。
「どうしたんですか先輩?なんか、今日は様子が変ですよ?」
「いや、変なのはお前の方だろ」
「私がですか?何かおかしなところがありますか?」
「はっきりおかしいだろ。そのうさ耳は……何?」
俺がそう訊ねると、詩音は小さく目を丸くして、頭からうさ耳カチューシャを外して目の前に持ってきた。
「ああ、これですか?これはですね」
俯くようにしてカチューシャを見つめながら詩音が続ける。
「私が突然、何食わぬ顔でうさ耳カチューシャを付けたら先輩がどんなリアクションをするかという実験です」
詩音が顔を上げると、そこには煽るような笑みが浮かんでいた。
「いや〜、思ってた通り面白いリアクションしてくれましたね。撮れなかったのがもったいないくらい。先輩、催眠術のやりすぎで現実と催眠の境目が曖昧になってるんじゃないですか?」
「……なるほど。このさき妙なことがあったら催眠だけじゃなくて単なる詩音の奇行という可能性も考える必要があるというわけか」
ちょーーっとイラッと来ながら俺は言う。
「奇行とは失礼ですね。別にかわいいじゃないですか、うさ耳」
むっとしたように頬を膨らませた詩音の手からうさ耳カチューシャをスッと取り上げる。
「先輩?」
詩音はさっきより大きく首を傾げた。
パァン
トランス状態から目を覚まして、だらんと垂れていた詩音の首に力が戻る。
「あれ?先輩、私いつのまに——」
詩音の言葉には答えずに、俺は催眠をかける前に詩音の手から取ったうさ耳カチューシャを眺めながら言った。
「詩音は、なんでバニーガールがうさぎの耳をしてるか知ってる?」
「え?それは……可愛いからじゃないですか?」
「人間以外に、特定の発情期を持たず一年中繁殖できる動物というのはうさぎくらいなんだそうだ」
「そうなんですか」
唐突な蘊蓄に詩音はあまりピンと来ていないような相槌をうつ。俺は顔を上げて詩音の顔を真っ直ぐに見た。
「それでうさ耳というのは……『いつでもエッチできますよ』というサインなんだそうだ」
言い終えると、俺はそのカチューシャを両手でスポッと詩音の頭につけた。詩音が目を丸くする。両手で自分の身体を抱きしめるようにして身を捩る。
「せん、ぱい」
苦しげな声で詩音はそう言うと、飛びかかるようにして抱きついてきた。それから首筋に、耳たぶにキスをする。唇と舌の湿った感触と、耳にかかる熱い息にぞくぞくした感覚が背筋を走る。詩音は身体を俺に擦りつけながら、怒ったように言った。
「先輩、なんて催眠をかけてくれたんですか。『うさ耳を付けると強制発情』だなんて」
「御明察」
それから俺は詩音と唇を重ねた。強く抱き合いながら、舌を絡ませる。身体をまさぐると詩音がビクビクっと震える。
「先輩の、ヘンタイ」
唇を離した詩音は、俺のふとももに押し付けた腰をくいくいと動かしながら、恨めしげな目でそう言った。俺は小さく笑いながら答える。
「嫌ならうさ耳をはずしてもいいよ。『発情する催眠』はかけたけど、『外せなくなる催眠』はかけてないから」
それを聞いた詩音は、顔を生え際まで赤くしながらぎゅっとひときわ強く俺に抱きついて言った。
「本当に、先輩はイジワルです」
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