第78話 添い寝催眠

「ん……」


 深い眠りの底から、ゆっくりと意識が目覚めるのを感じる。外はもう日が落ちている気配だ。寝返りを打つと枕が妙に硬いことに気づいた。


「うん……?」


 目を擦りながら身体を起こし、ベッドの右側を見る。そこには、月明かりに照らされた先輩の寝顔と、剥き出しの肩があった。


「なっ!?なんで先輩が!?しかも裸!?」


 しかも、私もすっぽんぽんだ。毛布を引っ張って胸を隠しながら、ベッドの上を後ずさる。顔が真っ赤になり、心拍数が異常に上昇するのを感じる。私は混乱した頭で記憶を辿る。そう、昨日、ちょうどこの毛布で——


——「はぁ!?」


 先輩が真っ赤になって後ずさる。私は毛布をかぶったまま先輩にジト目を向けた。


「なんですか、その反応は。先輩もしかして童貞ですか?」

「童貞だろうがなかろうがこの反応は自然だと思うが!?」

「添い寝してほしいって言ってるだけじゃないですか。そんなに騒ぐことですかね?」

「その格好で添い寝してほしいって言われたら騒ぐだろうよ!」


 そう言う先輩の視線は、ベッドから投げ出された私の脚と、太ももと、その先の毛布が作る陰に向けられていた。


「先輩のエッチ」

「それはこっちのセリフだこのスケベ後輩め!」


 興奮する先輩に、私は上目遣いで言う。


「だって……とっても気持ちよさそうじゃないですか?布越しじゃなくて、直接お互いの体温を感じながら寝るなんて」


 先輩が短くうっと言いながらのけぞる。その様子を見て、私はベッドに横向きに横になった。


「じゃあ、先輩。安眠誘導の催眠をかけてください。私が寝たら、そのあとで先輩が入ってきてくださいね。……そうでもしないと、ドキドキして眠るどころじゃなさそうなので」


 私は毛布で口元を隠しながら続けた。


「実は、今も結構ドキドキしてます」

「待った!分かったから1日準備する時間をくれ!」


——


 経緯を思い出した私は手でひたいを押さえた。なんでも何も、完全に私の希望通りだった。それからふと思いあたって、先輩の身体にかかった掛け布団の中程を掴んだ。持ち上げて、息を殺しながら覗き込む。


「なんか、新鮮な感じ。あんまりこの状態って見ることなかったし」


 布団から顔を上げて私は言った。呼吸と鼓動が妙に荒い。何かしらの変なスイッチが入りかけている気がして、私は頭をぶんぶんと振ってから、先輩の顔をにらんだ。


「というか、なんで先輩はすやすや寝てるんですか。普通、どぎまぎして寝られないところだと思うんですが——」


 と、言いながら、私は視界の端の、ローテーブルの上に気になるものがあることに気づいた。あれは……薬?


「!?」


 ベッドから飛び降りて箱と錠剤を見る。


「なんだ、市販の睡眠導入剤か……。良かった。用量も守ってるみたい」


 睡眠薬のオーバードーズとかだったら洒落にならない。私はベッドに向き直る。


「それで先輩は眠れていると。なるほどです」


 それから私はベッドの横まで歩いて、先輩の顔を覗き込んだ。


「でも先輩?そんなものを使ったら、私にイタズラされても起きられないんじゃないですか?」


 そう言って私は、寝息を立てる先輩の唇に唇を重ねた。熱い息を漏らしながら、脇腹を撫でるように右手を滑らせて、骨盤の上に手を置く。それから私は、もう一度布団に入りこんで先輩に抱きついた。先輩の体温を感じて、先輩の匂いに包まれて。ほら、思ってた通りとっても幸せで、気持ちいい。


「ぐっすり寝て、早く起きてくださいね?私の我慢が限界になる前に」


 そう言って私は先輩の胸に顔を埋めた。暴れていた私の心臓が、先輩のゆっくりしたリズムに引き寄せられていくのを感じた。

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