第77話 お風呂催眠リターンズ
パァン
水着である。今度はビキニではない。普通の、ハーフパンツタイプの水着だ。
「先輩ったら妙なところにこだわるんですから。裸くらい、もうお互い見飽きるくらい見てるでしょうに」
「いや、それでも一緒にお風呂に入るのはまた別じゃないか?」
俺の答えに、風呂椅子に俺に背を向けて座った後輩の詩音は大きなため息をついた。今日は、詩音が「また一緒にお風呂に入ってください」と言ったので、一緒にお風呂に入っているところだ。もちろん最初は拒否したのだけれど、水着を着るという譲歩を引き出して妥協した。当然、詩音も水着を着ている。
「それに……」
「それに?」
詩音が首を傾げる。俺は、自分が言おうとしている言葉に照れて目をそらしながら言った。
「詩音の裸を見飽きる、なんてことはこの先もずっと無いと思う」
だって、今だってこんなにどきどきしている。水着を着てるのに。詩音は俺の言葉に少し目を丸くして、頬を緩ませながら俯いた。
「それは、ちょっと嬉しいですね。この先もずっと……ですか」
「……」
意図したことではないが、浴室にむず痒い空気が充満する。その中で顔を上げた詩音は、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「こんな風に照れ照れで赤くなってる先輩も、なんか可愛いですね。久しぶりに見た気がします」
「うっせえわ。とっとと済ませるぞ」
そう言って俺はナイロンタオルにボディソープをつけた。憎まれ口を叩いたことで、詰まっていた呼吸が普段通りに近づいた気がする。まだ心臓は暴れているけれど。ボディーソープを念入りに泡立てていると、詩音がからかうように言った。
「洗うのは背中だけでいいですからね?前は自分で洗えますから」
「言われなくてもな!?」
ツッコミを入れて、一度大きく息を吸ってから詩音の背中に目を向ける。
「じゃあ、始めるよ」
詩音がうなずいて、合わせて体が揺れる。背骨の浮き出た、白くて華奢な背中。腕を回せばすっぽりと収まってしまう。意識的に深く呼吸をしながら、俺はナイロンタオルで詩音の背中に触れた。
「んっ」
詩音が小さく声を漏らす。滑らかな肌を傷つけないように、泡だけで触れるように。
「ふふっ。なんか、背中に触られてると、不思議とほっとしますね」
「猿だったころの名残か?」
俺が茶々を入れると、詩音が頬を膨らませた気配がした。
「なんてこと言うんですか、毛繕いですか」
詩音の言葉を流しながら、弱めの水流にしたシャワーで背中を流す。
「じゃあ、次は私の番ですね」
詩音に促されて、今度は俺が椅子に座る。密やかに泡が弾ける音。人肌よりわずかに温かい泡が背中に触れる。なるほど、ほっとするというのも分かる気がする。そんなことを考えていると、背中にしっとりと柔らかな感触が触れて目を見開いた。
「な、なんのつもりだ!」
両手で俺の肩を掴んで、身体を押し付けながら詩音はくっくと笑う。
「愛情表現ですよ。だって、今日はなんか嬉しいんですもん。私のわがままを聞いてくれたお礼ですから、心ゆくまで堪能してくれていいですよ?」
耳元でそう囁かれて、気休め程度でも水着を着ていて本当によかったと思った。
——
「身体拭き終わったら、俺が先に出るから、それから詩音が着替えるといい」
バスタオルで身体を拭かれながら、詩音はうっとりと目を細めていた。
「分かりました。じゃあその前に催眠を解いちゃいますね」
「……え?」
催 眠 ?
ま た こ の パ タ ー ン か
いやでも、今回はちゃんと水着を着ているのだし——
パチン
脱衣所に詩音の指パッチンが響く。
「んああぁあぁああ!?」
ああ、確かに詩音はちゃんと水着を着ていた。——しかしビキニではない。普通の、ハーフパンツタイプの水着だ。普通の、というのは男性が着るならばの話だ。
「なんでちょっと油断したら性癖をこじ開けようとしてくるんだよお前はぁ!!」
「いや、先輩が何言ってるのかちょっと分からないですね。たぶん性癖の意味間違ってますよ?」
そう言って詩音は太ももに手を突いて前屈みになる。完全に無防備な上半身が——
「なんで特殊な趣味を植え付けようとしてくるんだよ!!『男物の水着を着た女の子が好き』だとか不毛地帯もいいとこだろうが!」
俺の言葉に、詩音は目を丸くして、小さく吹き出して、それから俺に抱きついた。
「いいんじゃないですか?好きなものが多いことはいいことですよ」
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