第76話 浴衣催眠
「彩芽!やっほー!」
待ち合わせの鳥居の前に立って、左手首の内側に付けた腕時計を見ていた皐月彩芽に、春野詩音が大きく手を振った。顔を上げた彩芽が頬を緩ませる。
「詩音」
「その浴衣、すっごく似合ってるね!可愛いよ!」
屈託の無い詩音の褒め言葉に、彩芽は頬をわずかに上気させる。彩芽は、大きな花柄の華やかな浴衣を着ていた。対照的に詩音は、無地で無彩色の甚平を着ている。
「ありがとう。詩音の甚平も可愛いけど……浴衣もちょっと見たかったかな」
「おいおい、あまり無理を言ってやるなよ」
からんからんと下駄の音を立てながら割り込んできた声に彩芽は眉間にしわを寄せる。
「着てみて分かったんだが、暑いし動きにくいし着崩れるしで、およそ実用的ではないな、浴衣というものは」
やれやれとばかりに首を振りながら先輩は言った。言葉の通りに先輩は、青地に黄色のアクセントの入った浴衣を着て、下駄を履いていた。彩芽は敵意を隠すこともなく、挑発的に首を傾げながら言った。
「おや、先輩。お早いお着きですね。あと1440分くらい遅れていただいても良かったんですが」
「1440分……?って明日になってるじゃねえか!」
「先輩、そんなこと言わないでくださいよ。和服男子……なかなかいいものですよ」
嘆息するようにそう言いながら、詩音は舐めるような視線を向けた。先輩が照れたように顔を背ける。彩芽の眉間のしわが深くなる。
「彼女さん!俺はどうっすか!カッコいいっすかね?」
数歩遅れてやってきていた秋山が詩音に呼びかける。こちらはグレーの甚平だ。部活で鍛えられた健康的な手脚が露わになっている。彩芽の眉間のしわが更に深くなる。
「うん!こう、たくましさが全面にアピールできてていいと思うよ。こう、モリッとしてて」
「バカのバカらしさが全面に出てていいわね」
「いや〜、そんなに褒められるとなんか照れちゃいますね」
頭をかく秋山に、今のを褒め言葉と受け取るかと彩芽の右眉が吊り上がる。バカには皮肉が通用しないか。詩音は口元を手で押さえて笑いながら、先輩の方をちらっと見て秋山に言った。
「ただ……秋山くんに並ばれると先輩が可哀想かも」
その言葉に秋山はキョトンとした顔をした。秋山より明らかに背が低くて線が細い先輩が、眉を吊り上げて詩音に噛み付くように言う。
「悪かったなインドア派もやしで!秋山、お前もう帰れ!」
「なんでですか師匠!?俺、師匠の彼女さんに呼ばれてきたんですけど!?」
その様子を見ていた彩芽は、深いため息をついたあとに穏やかな笑みを浮かべて詩音に手を伸ばした。
「バカたちはあのままイチャつかせておいて、私たちはお祭りに行こうか」
「イチャついてないわ!」
神社の境内では、小規模ながら典型的な縁日が開かれていた。参道の両側に屋台が並んでいて、りんご飴やらわたあめやら、夏祭り特有の品々が売られている。1人だけ年長者という立場をこれ幸いとばかりに使われて、先輩の特別多いとは言えない小遣いがどんどん減っていく。
「師匠、座らないんですか?」
縁台に腰を下ろした秋山が首を傾げる。縁台には、3人が座ってもまだ座れるだけのスペースがあった。
「いや、俺はいい」
焼きそばを口に運びながら先輩は答えた。トレイを持つ左手の小指と薬指の間にはりんご飴の棒が挟まれている。あまり納得のいかない様子で秋山はイカ焼きをかじって、もう一つの疑問を口にした。
「彼女さん、なんで俺を誘ったんですかね?2人でデートじゃなくて良かったんですか?」
「それは、そっちの方が詩音が楽しいから……だろうな」
「ふうん。まあ、誘ってもらえて俺も楽しいですけどね」
そんな2人のやりとりを、彩芽が不審そうに目を細めて見ていた。
「じゃあ、私は先輩を家まで送っていくから」
詩音がそう言って2人と別れて、先輩の部屋に着くと詩音は後ろ手でドアを閉めた。
「まったく、もう少ししっかりしてください。秋山は全然気づいてなかったみたいですけど、彩芽は怪しんでましたよ?」
咎めるように詩音が言う。先輩は、なにかかなり消耗したように荒く息をしていた。その様子を見た詩音が小さくため息を吐く。
「まあ、仕方ありませんね。先輩、私の脚大好きですもんね。興奮するなという方が無理がありましたか」
やれやれとばかりに言う詩音に、先輩が非難がましい目を向ける。意に介した風もなく、詩音はベッドを右手で指し示した。
「では先輩、ベッドに仰向けに寝てください。帯と催眠を解きますから」
いつもなら文句のひとつも言いそうなものだけれど、先輩は言われるがままにベッドの上に、無防備に横になった。詩音は、それを見て満足げな笑みを浮かべると、ベッドの上に腰掛けた。それから細い指を帯にかけて、ほぐすように解いていく。袂を広げると、浴衣の下から先輩の裸体が露わになった。布一枚で隠されていた、上から下まで何も纏わない裸体。先輩が顔を背ける。詩音が先輩の上に覆い被さって、右手を耳元に近づける。
パチン
「……詩音に催眠かけられてなけりゃ、いくら浴衣でも下に何も着ないなんてことは」
先輩が目を逸らしたまま、頬を膨らませて言う。
「着崩れたら公然猥褻一直線でしたもんね。私も直せませんし。よくここまで我慢しましたね、えらいえらい」
笑いを含んだ声でそう言いながら、詩音は甚平の紐を解く。はだけた甚平からは、繊細なレースの装飾がついたブラに支えられた胸がのぞいた。それから、詩音は先輩の唇に唇を重ねた。先輩も目を細めてそれを受け入れる。左手で先輩の胸をまさぐりながら、1分近く続いたキスを終えて詩音はハッとしたように言った。
「先輩、さっきまで外を歩き回ってたせいで、結構匂うかもしれません。先にシャワー浴びた方がいいですかね?」
「いい。このままで」
先輩は詩音の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめながら言った。詩音は小さく笑うと、もう一度キスを再開して、その先にまで——
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