第73話 ビキニ催眠
パァン!
「水着回です!夏なので!」
楽しげな声で後輩の詩音が言う。ベッドの上には、3種類のビキニが広げられていた。柄や装飾に違いはあるけれど、いずれも布の量が心許ない点は共通している。
「こんなにどこから湧いて出たんだ?」
「彩芽に買ってもらいました」
その言葉に俺は目を丸くしながら飛び上がる。
「だからそう便利に使ってやるなって言わなかったかなぁ!さすがに可哀想だろう!」
「む、私より彩芽の心配とか、先輩はどっちの味方なんですか?」
「正義の味方だわ!」
俺の言葉に詩音は不満げに頬を膨らませる。
「いいんですよ。彩芽には私がそれを着た写真を、気が済むまで撮ってもらいましたから。ギブアンドテイクってやつです。ああ、それとも……」
詩音は意味深に言葉を切ると、俺に煽るような笑みを向けた。
「もしかして先輩、彩芽が先輩より先に私の水着姿を見たんでやきもち焼いてるんですか?」
「それもある!!」
「ぶはっ」
俺の返事に詩音は吹き出して身体をくの字に曲げた。
「あははは!そんなことあんま力強く言わないでくださいよ!お腹いたっ!」
「いやだってそうだろう毎度毎度!今度隙を見て記憶を根こそぎにしてやろうか……」
「いやぁ、難しいでしょうね。彩芽が相手じゃ」
目尻を拭いながら詩音が言う。俺が睨むような視線を送ると、詩音は気を取り直したように背中を伸ばして言った。
「今日はどれかひとつだけです。先輩、選んでください」
そう言われて、俺は視線を水着に落とす。
「あ、でも同じ水着を先輩も着るんですからね?そこを踏まえて選んでください」
「わかってるよ」
俺は顎に手を当てながら考えた。3種類の中にも布の量は差があって、一番面積が狭いのはほぼ紐である。これを詩音はもう着てるのか…。
「これ」
「お、先輩。置きにきましたね」
「その反応はなんだ!」
俺が選んだのは、3つのうちで一番布が多い水着だった。腰回りや谷間にフリルがついていて、セクシーというよりは可愛い方向の水着である。だからまあ、『置きにきた』という詩音の反応もわからなくはないのだけれど。
「いいですよ。なんとなく先輩ならこれを選ぶんじゃないかと思ってましたし。残りはまたの楽しみにしましょう。さ、私は着替えますから、先輩も外で着替えてください。」
そう言って詩音は、俺の手に水着を押し付けて部屋から押し出す。
「あ、入る時はノックしてくださいね?偶然を装って私の着替えを覗こうなんてダメですよ」
「しないから!」
詩音の笑顔を最後に残して部屋のドアが閉まる。
「……男子は外で着替えればいいって風潮おかしいと思うんだよな」
呟きながら俺は服を脱ぐ。タオル無しで水着に着替えているせいか、なにか心許ないような違和感がある。
「あれ?どうするんだっけ?」
下は着替え終わって、上の水着に肩を通したのだけれど、うまく止められない。これを背中で止めるんだと思うんだけど、腕が背中に回らない。いつもはどうしてたんだっけ?去年の夏から身体が硬くなったとか?
「先輩?まだですか?」
詩音がドアをノックする。部屋の内側からノックされるとか、なにげに珍しいシチュエーションだな。
「いや、背中のホックが止められなくて」
「はぁ。分かりました。私が止めますよ。もう下は穿いてますよね?」
「ああ、助かる」
そういうとドアノブがガチャリと下がった。俺はドアに背中を向ける。
「まあ、仕方ないですよね。慣れないことでしょうから」
「そうだな。言われてみればいつもパンツタイプの水着だからな」
詩音の細い指が背中をかすめて、パチンパチンと水着を止める。
「さ、できました。こっちを向いてください」
そう言って詩音が手を引いて、俺を振り返らせる。
「どうですか?先輩」
そう言って詩音が小首を傾げる。まだ日焼けしていない白い肌、柔らかなくびれと曲線、普段より明るい色遣いにフリルも相まって、ひときわ可愛らしい姿だった。
「こうやって、谷間を強調してみたり」
そう言いながら詩音が前屈みになる。
「あ、ああ。可愛いと思うよ」
目を逸らしながら俺がいうと、からかう声音で詩音が答える。
「先輩、平静を装ってても興奮してるのバレバレですよ?」
「どこ見て言ってんだよ」
「……ぶふっ!!」
不機嫌に俺が答えると、にやにや笑っていた詩音が堪えきれなくなったように吹き出した。
「なんで笑うんだよ。」
「あははは!あは!はぁ!すみません、ポリコレ的に笑っちゃまずいかなとは思ったんですが、先輩のビキニ姿面白すぎて」
詩音はお腹を抱えながら指を鳴らした。
パチン
目を見開く。違和感を覚醒が薙ぎ払う。催眠が解けて、自分の姿を自覚する。フリルのビキニを着た自分を。
「くそがあぁあぁあぁぁぁっ!!!!」
「あははは!あははは!あははは!」
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