第71話 耳かき催眠
「先輩。何ぼーっと突っ立ってるんですか?」
ベッドに座る後輩の詩音が、俺を見上げながら呆れたように言う。その言葉に我に返った俺は、盛大に目を泳がせた。
「い、いや。あんまり性癖に刺さるシチュエーションだったからつい」
「そりゃそうでしょう。『耳かきして欲しい』ってお願いしてきたのは先輩じゃないですか。あと、性癖という単語の使い方間違ってますよ?……そんなことより、早くお膝に頭乗せてくださいよ。私が風邪ひいたらどうするんですか?」
そう言って詩音はふとももをぽんぽんと叩いた。俺は一度大きく息を吸い込んだ。理性と罪悪感が今ならまだ引き返せると叫ぶ。けれど視線は艶やかなふとももに奪われていた。結局俺は、誘惑に負けて詩音のふとももに頭を預けた。ぴったりと押し付けた頬から、ふとももの滑らかで弾力のある感触が伝わってくる。そんな俺の頭を詩音が優しく撫でた。
「はい、先輩。いいこ、いいこです」
ぞくぞくしたものが背中を走り、心臓がきゅっと縮む。詩音の手が離れて、耳かき棒を取り上げる。
「では、耳かきを始めていきますから、動かないでくださいね」
詩音がそう言って、耳かき棒の先が耳のひだに触れた。軽い力で擦られて、全身から力が抜けるのを感じる。
「耳かきをするのも、これで2回目ですね。あの後、先輩に気持ちよくなってもらえるように勉強したんですよ?先輩が膝枕と耳かきが大好きな甘えん坊さんだってことは、分かってますから」
だめだと分かっていても口元が緩んでしまう。胸が熱くなるような喜びと少しの恥ずかしさで身体が小さく震える。
「ちゃんと『耳かきしてください』ってお願いできたのはいい成長ですね。先輩、割と察してもらいたがりなとこがありますから。して欲しいことは言葉にしないと」
そんなことを言いながら詩音は耳掃除を続ける。耳穴の浅いところから深いところまで順番に。耳垢が取れていくのが感覚として分かる。ふわふわの梵天が耳の中に詰められて、ぐるぐると回される。その圧迫感が無くなったところで、耳に詩音の息がかかった。
「はい、右耳は終わりましたから、反対側の耳を上にしてください」
至近距離から囁かれて、思わず身体がビクッと震える。詩音から笑いが漏れる。俺は暴れる心臓をおさえたまま寝返りを打った。
「お腹、あんまりじろじろ見ないでくださいね——って先輩なんでそんなに強く目をつぶってるんですか!?顔くしゃくしゃになってますよ!?」
なんでと言われても、説明のしようがない。俺が黙っていると、詩音が少し躊躇いながら言う。
「その、じろじろ見ないでとは言いましたけど、少しくらいなら見ていいですからね?男性からしてみれば『いい眺め』というやつだと思いますし。……先輩も、結構期待してたんじゃないんですか?」
そう言われながら、心拍数がどんどん上がっていくのを感じる。俺は恐る恐る、ゆっくりと薄目を開けた。至近距離で見上げる詩音は、言っていた通りの『絶景』だった。
「さ、左耳の耳かきを始めていきますから、動かないでくださいね?」
詩音はそう言うと、右耳と同じように外側から耳かきを始めた。思わず目を細める。喜びと気持ちよさと興奮と後ろめたさが混ざり合って、名状しがたい感情になる。わけもなく泣いてしまいそうだ。
「耳かきだけでそんなに照れないでくださいよ。耳まで真っ赤ですよ?」
からかうように詩音が言う。
「お顔もそんなにとろけて。こんなふうに甘えて後輩の母性本能をくすぐるなんて、先輩も案外策士ですね?」
そんなふうに煽られても、俺は熱い息を漏らすことしかできない。ただひたすらに快感に身を委ねる。
「先輩」
梵天が終わり、詩音に呼びかけられてトリップしかけていた意識が戻る。その瞬間、耳の中を細い風が走った。
「ふーっ」
「!?!?」
思わず身体が跳ねる。詩音が笑う。
「はい、耳かきはおしまいです。先輩が喜んでくれたみたいで、私も嬉しいです」
詩音の膝から降りた俺は、壁に額を押し付けて胸を手で押さえながら息を整えた。そんな俺を見た詩音は、ベッドに座ってワイシャツのボタンを留めながら呆れたような声色で言った。
「だから、たかが耳かきで興奮しすぎじゃないですか?いくら先輩が耳かき好きだとはいえ」
「……ああ、そうだな」
腹を括った俺は詩音の方に向き直る。詩音が不思議そうに見上げる。幸せな時間には代償がいるし、催眠は解かれなければならないのだ。
パチン
詩音の顔が首から生え際まで順に赤くなる。俺は深く息を吐き出す。今日かけた催眠は、『常識改変:耳かきをするときは裸で』というものだった。詩音が頬を膨らませながら睨む。
「ちょっとは成長したかと思ってたんですが、やっぱり先輩は先輩でしたね」
怒られることは想定していたけれど、催眠を解くなり引っ叩かれることくらいは覚悟していたのでこの反応にむしろビクついてしまう。詩音は不機嫌そうにプイっと顔を背けて言った。
「裸で耳かきしてほしいんなら、催眠なんて使わずにそう言ってくれればいいじゃないですか」
「……え?」
予想外の言葉に脳がフリーズする。固まっている俺を詩音がさらに険悪な目で睨んだ。
「なんですか?何か文句でも?」
「い、いや!そうだな、次からはそうする」
「分かればいいんです。次からそうしてください」
怒気を収めて詩音は言った。……次があるのか?そんなこと思っていると、詩音が上目遣いでこちらの様子を伺うように言う。
「それで——先輩、もしかして今したいことがあるんじゃないですか?」
「それは——」
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