第65話 脱衣催眠3
パァン
「っーーー!?!?」
手を叩く音でトランス状態から目を覚ました後輩の詩音は、声にならない悲鳴をあげながら飛び上がった。そのままベッドの中に飛び込む。おお、思っていたより冷静な行動だ。布団がもぞもぞと、と表現するにはだいぶ激しく、中に手負いの獣がいるかのように暴れたあと、詩音が着ていたものをパンツまでぺっと吐き出した。それから詩音は首だけを亀のようににゅっと出して俺を睨んだ。
「先輩の、変態。性格の陰湿さが催眠に現れてますよ?いくら私の裸が見たくて仕方がないからといって、こんな催眠はないんじゃないですかね」
「まったくもって返す言葉もないな」
頭を掻きながらそう答えて、俺は詩音のベッドに掛け布団の上から腰を下ろした。今日かけた催眠からしたら、詩音の反応は当然だからだ。
今日詩音にかけた催眠は、ひとことで言うなら『服が着ていられなくなる催眠』だ。今の詩音にとっては、着ていた服は蛇の死骸やなめくじの大群と同じくらい、触れるどころか近くにあることにさえ嫌悪感を覚えるものなのだ。とはいえ、羞恥心が無くなるわけではない。そういうわけで詩音は、裸を隠すために布団をかぶらざるを得ない状態なのだ。けれど、『裸が見たくて仕方がない』という動機については、半分くらい間違いだ。本当は、もっと陰湿なところにある。
布団の端を口元でしっかりと掴んで警戒した様子で見上げる詩音の頭を撫でる。
「怒ってる顔も可愛いよ」
「ははぁ、先輩は私に怒られるのがお好みですか。それならお望み通りいくらでも罵倒してあげますよ。先輩のバカ、変態、マゾ、陰湿催眠術師、ミドリゴケ。そんなんだから友達ができないんですよ」
なにやら特徴的なものも混ざっていたような気がする詩音の罵倒を聞き流しながら詩音の頭を撫で続ける。詩音は目元は睨んでいるけれど、恥ずかしさで頬は少し赤くなっているし、口元は緩むのを抑えられていない。複雑に感情が入り混じった表情を見ていると、胸がきゅんと狭くなるのを感じる。撫でていた手の場所を移動して、詩音の耳を優しくつまむように揉む。詩音の目が一瞬気持ちよさそうに細められて、ハッとしたように睨み直す。俺は小さく笑って、詩音の耳元で囁いた。
「それで、俺は布団に入れてくれないの?」
「なっ!?入れるわけないじゃないですか何考えてるんですか先輩のバカ!!」
「そう」
まくし立てる詩音をよそに俺はベッドを降りて脱ぎ捨てられた詩音の服を拾い上げた。
「な、何をするつもりですか」
「いや、しわにならないように畳むだけだけど?」
横向きに寝直して不安げに見つめる詩音を横目に、粛々と服を畳んでいく。スカートとブラウスを畳んで重ねて、パンツをつまみ上げる。
「……可愛い下着だね」
「そ!それは!別に期待していたとかそういうわけではなくて、先輩のことだからどうせエッチな展開になるんだろうなと想定して選んだだけです!!」
「いや、可愛いとしか言ってないんだけど」
「もう知りません!何もかも先輩が悪いんです!」
そういうと詩音は反対側を向いて俺に背を向けた。俺はパンツを畳んで重ねて、ブラもその上に置いてから立ち上がる。それから詩音を後ろから掛け布団ごと抱きしめた。
「先輩っ……!」
「ひょっとして、ちょっと興奮してない?」
「そんなわけ無いじゃないですか!」
詩音が気色ばむ。俺は掛け布団越しに詩音の身体をまさぐり、抱きつぶす。
「せんぱいっ……!変なとこ触らないでください!」
「おお。当たってたか。でも、布団越しだし許して欲しいな」
「先輩の、エッチ……!」
わずかに息を上げながら詩音は言った。
パチン
耳元で響いた音に、詩音は驚いたように目を丸くしながら振り返った。これは、催眠を解くためのトリガーの指パッチンなのだから。
「先輩……?」
「ごめん。詩音が可愛すぎてほんとに我慢できなくなっちゃった……布団に入れて欲しいな」
顔を寄せながら、半ば懇願の混じる声で俺がいうと、詩音が呆れたような声音で言った。
「……先輩は悪魔のような人ですね」
「そんなにだろうか」
「いえ、悪いという意味ではなくてですね。招かれないと入って来られないところがです。……無理矢理布団を剥ぐくらい、簡単なことのはずなのに」
後半は独り言のようで、よく聞き取れなかった。詩音は頬を膨らませながら俺に目を合わせる。
「こんな催眠で無理矢理裸に剥いておいて、そんなことをする気になると思ってるんですか?」
その答えに胸に痛みが走る。詩音は目を伏せながら続けた。
「だから、その……先輩がごめんなさいのキスをしてくれるなら——いいですよ、入ってきても」
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