第64話 安眠誘導2
——水の中に浮かぶような、闇に溶けるような、ふわふわとした感覚。ああ、なんだっけ?俺は普段の1/10も動かない頭で思い出す。確か、今日は後輩の詩音が安眠誘導をしたいって言い出して、それで、ベッドで……。布団に包まれて、温かい。胸のあたりをぽんぽんと叩く、心地よい感触がある。
「……先輩、もうぐっすりですね」
寄り添うように横になった詩音が、ひそやかな声でそう言った。ぐっすり。そう見えてるんだろうか?いや、そうにしか見えないだろう。実際、身体は完全に眠っていて自分の意思で動かすことができない。身体から切り離されて、意識だけがわずかに目を覚ましている、金縛りとか幽体離脱に近い状態だ。そんなことを考えていると、詩音が少し身体を起こして、カシャッという音が聞こえた。
「寝顔、撮っちゃいましたからね。まったく平和な顔をしちゃってまあ。起きたら存分にいじってあげますからね」
それは嫌だなぁと少し思うけれど、眉間にしわを寄せることもできない。それからもう2、3回シャッター音が聞こえてから、ずしっと身体に重さが乗った。自分のものと違う体温と、柔らかさ。
「こうして先輩を好きなだけぎゅってできるだけで、私はとっても幸せなんですよ」
そう言って詩音は腕に力を込めて、俺の胸のあたりに顔を擦り付けた。満足げな息遣いまで感じられる。
「……先輩がこんなに無防備な姿を見せてくれるのって、きっとそれだけ私に心を許してくれているってことなんですよね」
そうつぶやくと、詩音は身体を擦り付けるように移動して、俺の頬にキスをした。
「好きです。大好きですよ、先輩」
切なげな声で囁くと、詩音は力無く半開きになった俺の口に唇を重ねた。熱い息と舌が入ってくる。静まり返った部屋の中で、鼓動とキスの音だけが響いていた。
——「先輩。先輩。起きてください」
いつのまにか甘く溶けていた意識が、詩音の声に形を取り戻す。胸元を揺さぶる手の体温を感じる。
「すみません先輩。とても気持ちよさそうに寝ていらっしゃいましたし、起こすのも可哀想かなとは思ったんですが、そろそろ良い時間なので」
「ん、あぁ。大丈夫だよ。ありがとう」
目を擦りながら身体を起こすと、詩音が煽るような笑みを浮かべた。
「それにしても先輩、ずいぶん可愛らしい寝顔でしたね。撮ってあるんで見ますか?」
そう言って詩音はスマホに目を落とす。俺は、寝ていたはずの間のことを思い出して口元を片手で押さえながら目を逸らした。
「先輩?どうかしましたか?」
俺の様子を見て、詩音が首を傾げる。俺は息を一度大きく吸ってから言った。
「シラを切るのもしんどいから言っちゃうけど……もう少し催眠を練習した方がいい」
その言葉に、詩音の顔が一気に真っ赤になる。
「な!ななななな、わ、私がそんなことするわけないじゃないですか!夢でも見てたんじゃないですか?先輩の変態!」
「いや、もし本当に夢だったとしても、俺はどんな夢を見たのかひとことも言ってないんだが?」
「あ」
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