第58話 裸エプロン催眠

 ガチャ


「お待たせしました。先輩」


 部屋のドアから現れた後輩の詩音の姿に、俺は飛び上がりそうになるのを必死で堪えた。


「どうしました?先輩」

「いや、なんでもない」


 俺の返事に、詩音は腑に落ちない様子で首を傾げながらも俺の正面に座った。それからローテーブルに右手に持っていたポットをローテーブルに置いた。


「紅茶がおいしく淹れられると、なんかかっこよくないですか?私も最近始めたばっかりで、味の違いというのは分からないんですが。あ、でもアールグレイは好きですね」


 そう言いながら、詩音は2つのティーカップに紅茶を注ぐ。俺は、ごくっと喉を鳴らした。いや、申し訳ないが紅茶のいい匂いが広がったからという理由ではない。その……今の詩音は裸エプロン姿なのだ。『常識改変』の催眠でなんの疑問も抱いていないみたいだけれど。


「ああっ!すみません、砂糖を持ってくるの忘れました」


 詩音が弾かれるように立ち上がって、部屋を出ようと振り返る。完全に無防備な背中が目の前を横切る。


「大丈夫だから!」


 俺が慌てて引き止めると、ドアノブを握った体勢で詩音は止まった。


「……それもそうですね。なら先輩、お願いしていたお菓子を出してください」


 そう言って詩音はローテーブルの前に戻ってきた。ひとまずエプロンで体が隠れて俺は息をつく。もう、露骨に顔が熱いんだけど。


「『紅茶に合うお菓子』って言われてもよく分からなかったんだけど……」

「スコーン!確かに紅茶といえばというイメージがありますよね」


 俺がテーブルに上げた箱の中身を見て、詩音は歓声を上げた。もちろん、小麦粉で作ったケーキとクッキーの中間みたいな方のスコーンだ。とうもろこしの方じゃない。めいめいの皿の上にスコーンを置いて、カップを手に取る。


「では、いただきます」


 詩音がスコーンを半分にちぎって口に運ぶ。


「イメージよりさっぱりしてますね」

「ジャムとクリームを付けて食べるともっと美味しいらしいね。クロテッドクリーム、というのが何なのかは分からないけど」

「でも、これはこれで美味しいですね。ほんのりとした甘さがあって。紅茶の味がよく分かる気がします」


 そう言いながら詩音はカップのふちに口をつける。俺もスコーンを食べるが、詩音が裸エプロンでなければもっと味が分かったと思うのだけれど。半分を食べ終えたところで、何を思ったのか詩音が俺の隣に座ってきた。俺は思わずビクッと固まる。詩音は自分のスコーンを指先で小さくちぎると、俺の口元に突き出した。


「はい、先輩。あーんです」

「スコーンはあーんには向かなくないか?」

「確かにそうですけど、先輩が自分で選んだんですから我慢してください。あーん」


 引き下がる様子もない。必然的に見下ろす形になり、きわどい谷間に目が惹きつけられる。目を泳がせながらも俺は口を開けて、詩音が差し出したスコーンを食べた。詩音が満足げに小さく笑って、もとの場所に座り直す。


「もう、照れちゃって。先輩かわいいですね」


 いや、照れているわけではないのだけれど。反論するわけにもいかずもぐもぐと口を動かした。



「ふうっ!ごちそうさまでした」


 紅茶を飲み終わった詩音が飛び込むようにベッドに倒れ込んだ。思わずビクーンと飛び上がる。


「まろびでる!!!」


 詩音が笑いながら横向きになる。


「ふふっ。先輩、私が何年女の子をやってると思ってるんですか?パンツが見えない身のこなしくらいお手の物ですよ」


 そういった詩音は、太ももの間にエプロンを挟み込んでいた。たしかにこれなら翻ることはないだろうが


「そういう次元の問題じゃねえよ!!」


 パンツが見えないも何も、今パンツ履いてないんだからな?吠える俺に、詩音は身体を起こしてベッドに座ると呆れたようなため息をついた。それから両腕で身体を庇うようにして、ジト目でこちらを見ながら言う。


「先輩、今日なんか私のこといやらしい目で見過ぎじゃないですか?さては先輩……」

「うっ」


 さすがに催眠のことを勘づかれたか。詩音が続ける。


「さては先輩、〇〇禁中ですね?」

「ごはぁっ!?」


 予想外の反応に鳩尾を殴られたようなリアクションになる。詩音はやれやれとばかりに頭を振って、諭すように言う。


「先輩。たしかに体にいいという話もありますが、基本的には科学的な裏付けのない俗説ですからね?あまり過度な期待はしてはいけませんよ?」

「〇〇禁なんぞしとらんわ!!!!」

「えー?ほんとぉですかぁ?じゃあ、最後にしたのはいつです?」

「昨日だ昨日!!」


 思わず叫んでから、はっと我に帰る。詩音の顔を見ると、すごく悪い笑みを浮かべていた。ハメられた。


「へえぇぇ〜。昨日されてたんですね。それなら単純に、先輩の性欲が強すぎるだけですね」


 そう言うと詩音は、ベッドを下りてこちらに向かってきて、俺を抱きしめた。


「欲求不満も分かりますが、ひとまず私をぎゅっとして落ち着いてください、エッチな先輩」


 詩音が耳元で囁く。ああ、もう我慢と理性の限界だ。俺は右手を持ち上げると、指パッチンをして催眠を解いた。


 パチン


「……どうしたんですか?先輩。いきなり指パッチンなんかして。もう理性が限界なんですか?」

「…………え?」


 想定外の詩音の反応に体が固まる。詩音が笑いながら言う。


「催眠が解けた私が真っ赤になって飛び退くとでも思ってたんですね。まったく先輩ったら」


 それから、詩音の指パッチンが耳元で響く。


 パチン


 俺は目を見開いた。いったい俺は、


「先輩、大好きな後輩が目の前で裸エプロン姿でいるってだけで興奮しすぎですよ。もっと自制心を養ってください。先輩の変態」


 詩音がなじるようにねっとりと耳元で囁く。俺は、詩音の剥き出しの背中に腕を回して力を込めた。


「先輩?」

「……自分で進んでこんな格好するってことは、押し倒されても文句はないだろうな?」


 その言葉に、詩音は今日初めて焦った様子を見せた。


「せ、先輩?相手がどんな服装をしていても合意があるとは限りませんよ?」

「駄目なら押し倒さない」


 そう言いながら、右手を詩音の背中を滑り下ろしてお尻を撫でた。詩音が腕の中でビクッと縮みこんで、俯きながらか細い声で言う。


「駄目、じゃ、ない、です……」

「じゃあ、押し倒す」

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