第53話 とびっこ催眠

 パァン


 目を開けると、先輩が目の前で左手で頬杖を突いていた。何やら自信ありげな笑みを浮かべている。


「それで、先輩。今日はどんな催眠をかけたんですか?」

「まあ、すぐに分かるよ」


 その言葉に私の頭に疑問符が浮くより早く、背骨をぞくぞくとした感覚が駆け上がった。


「……っ!せんぱいっ!なっ、なんですかこれっ!」


 一番敏感なところを、集中して刺激される感覚。触れられてさえいないのに。声を詰まらせながら先輩を問い詰めるが、先輩は笑みを浮かべるばかりで答えない。その間にも、自分の息がどんどん熱を帯びていくのを感じる。これは、今までの催眠の中で一番ヤバいと肌で感じる。背中を丸めて、声を噛み殺して快感に耐える私の肩を、先輩の手が優しく抱く。それから先輩が耳に息がかかる距離で囁いた。


「きもちい?」

「うぐぅっ!」


 だめ。ただでさえいっぱいいっぱいなのに、こんな、ぎゅうって。ぞくぞくって。


「はぁっ……はぁっ。先輩、一度とめてくださいっ!」

「どうして?」


 私の懇願に先輩は体をピッタリとくっつけるように抱き寄せて、甘い声で、とぼけて聞き返した。


「いっちゃ、逝っちゃいますからぁ……!お願い……!」


 先輩がうなずく気配と同時に、快感が小さくなっていった。足りなくなっていた酸素を補うために、一度大きく息を吸い込む。と、その時、突然いままでの倍ほどの大きさの快感が全身を貫いた。


「ひぐうぅぅっっ!!」


 腰を跳ね上げるように反らせながら私は悲鳴じみた喘ぎ声を上げて絶頂した。そんな私を先輩の腕がきつく抱き止める。


「我慢なんてしないで、好きなだけ逝っていいんだよ」


 涙目で荒く息をする私の頭を先輩の手が撫でる。快感の波が引き、恍惚の感覚が収まってくると、代わりに羞恥心と腹立たしさのようなものが首をもたげた。私は少し頬を膨らませながら、タックルするように体重をかけて先輩の上に馬乗りになった。


「詩音?」


 先輩が不思議そうに見上げる。


「先輩、ちょっと催眠術が上達したからって調子に乗ってるんじゃないですか?こんなに辱めるなんて、空っぽになるまで謝っても許してあげませんからね?」


 私はそう言って、上体を倒して先輩の服を脱がせにかかる。と、その時。


「やぁんっ!?!?」


 背中が痙攣する。さっきまでと同じだけの快感が、いまだ絶頂の余韻で火照る体を襲う。


「何を許さないって?」

「せんぱいぃっ!イった、イったばっかだからぁっ!きちゃう!おっきいのがきちゃぁ——」


 許しを乞う私の口を先輩の唇が塞ぐ。舌が絡まる。頭が真っ白になる——


 ぐったりと床に倒れて、私は荒く息をした。服はもうほとんどはだけてしまっていて、かろうじて引っかかっている程度だ。あの後私は、反撃の意思を見せるたびに絶頂させられて、身体中を先輩に思うさまいじられて、まさぐられて、快感漬けにされた。まるで猛獣の調教のようだった。


「先輩……」


 我ながら弱々しい、媚びの混ざったような声で先輩に呼びかける。私の心の中は快感の余韻と、敗北感と、『支配されている』という感覚でいっぱいだった。それは倒錯的な快感にも似ていて。先輩は私の声を聞いて、私の頬に手を添えた。たったそれだけで私は小さな喘ぎ声を漏らしてしまう。


「……ぁ」

「詩音、ごめんね。詩音の言うとおり、少し調子に乗ってたかもしれない。こんなに疲れ果てるまで責めるのは、よくなかったね」


 後悔の滲むような声で先輩が言った。私はなんと答えていいのか分からなかったけれど、不用意な答えをすればまたあの快感が襲ってくるのではないかと頭のどこかで考えて、目が泳ぐのを抑えることができなかった。先輩がそれに気づいたかははっきりとしないけれど、先輩はそのまま右手を私の耳元に持ってきた。


「催眠を解くよ」


 パチン!


 至近距離で指パッチンの音が響く。と、私は何やらパンツの中に硬い違和感を覚えた。半ば無意識のうちにパンツの中に指先を滑り込ませ、違和感の原因を取り出す。


「……え?」


 手のひらに収まる程度の大きさの、ピンク色の、カプセル型のもの。これは、エッチな漫画とかでよく見かける、3つくらいの代表的な形状のひとつで、つまり。


「ただのリモコンローターじゃないですか!」

「あははは!!」


 私の反応を見て、先輩はお腹を抱えて笑った。


「いや、だってトランス状態ならともかくこんなに意識がはっきりした状態で強制絶頂催眠なんてできるわけないじゃん」

「むーー!」


 私は頬を膨らませる。つまり、私があそこに刺激を感じていたのは催眠のせいではなく、このピンクなものが実際に刺激していたのだ。今日かけられた催眠は『リモコンローターに気づかなくなる催眠』ということだろう。不思議な安堵感と共に、ほんのわずかだけ残念に思うような気持ちが混ざって、私は先輩を小突いた。

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