第52話 市民プール催眠

 待ち合わせ場所には、後輩の詩音が既に待っていた。少し暖かくなり始めたこの季節らしい、柔らかな色合いのカーディガンと、フレアミニスカート。手には簡素な作りの布バッグを下げている。


「おはよう詩音。よく似合ってるよ。かわいいね」

「せ、先輩!?不意打ちとは卑怯ですよ!」


 俺の第一声に、詩音は真っ赤になって飛びのきながら怒ったように言った。ほめたのに。


「まったく、どうからかってあげようかと考えてたのに出鼻を挫かれちゃったじゃないですか」

「ごめんごめん……ってそれで俺が謝るの理不尽じゃない?」

「理不尽じゃないです。先輩は反省してください」


 そう言いながら詩音が頬を膨らませて、俺は頭をかいた。そんな俺の様子を見た詩音は一回大きく息を吐くと気を取り直したように言った。


「それで、インドア派の先輩が外での遊びに私を誘うなんて珍しいですね。珍しい、ですね」


 意味深に言葉を切りながら詩音が言う。


「インドア派はお互い様だろ」


 俺のツッコミをスルーしながら、詩音は目の前の建物を見上げた。


「市民プールですか。来たのは小学生以来かもしれません」


 そう、今日の待ち合わせ場所はお互いの自宅から大体徒歩1時間くらいのところにある市民プール。


「不満?」

「いえ、とんでもない。お財布にも優しいし、先輩の運動不足も解消できるし素晴らしいと思います」


 そう言いつつも、詩音はにやにやとした笑いを浮かべながら覗き込むようにして俺に顔を近づけた。これは、来るぞ。


「海回のビキニでは飽き足らず、可愛い後輩の競泳水着姿まで味わい尽くそうという魂胆ですか。それとも、先輩は競泳水着派だったりします?」

「なっ!?!?そんなわけないだろ!!」


 ほら来た。いや、予測可能回避不可だけれど。真っ赤になって腕で顔を隠す俺に詩音が続ける。


「ごまかせると思ってるんですか?下心が見え見えですよ。それとも、純粋に水泳の練習に来たとでも言うつもりですか?」

「……ノーコメント」


 目を逸らす俺に詩音が距離を詰める。


「先輩」


 呼びかけられて顔を詩音の方に向けると、素早く動いた詩音の右手に視線が誘導された。右手の指先がスカートを一瞬つまみ上げる。スカートの中の詩音の白い脚と、黒い三角形が目に焼きついた。


「!?!?!?」

「あははは!真っ赤になっちゃって、先輩可愛いですね。パンツかと思いました?残念、水着でした。せっかくなので、着てきちゃいました」


 楽しげに笑う詩音を前に俺はボディーブローを食らったように身体を曲げた。


「だからって、たくし上げはズルいって」


 抗議しながら、暴れる心臓を押さえつける。


「もう、先輩。いつまでもこんなところで前屈みになってないでください。泳ぐ時間が無くなっちゃいますよ」


 そう言って詩音はプールの方に足を向ける。俺は、誰のせいだと思った。




「先輩、お待たせしました」


 落ち合う約束をしていた更衣室の出口で、後ろからの詩音の声に振り向く。すらっと伸びた白い脚、ピッタリとした生地で強調されたしなやかなボディライン。競泳水着姿の詩音が惜しげもない様子で立っていた。言葉を失う俺に、詩音が猫のように近づいて耳打ちする。


「先輩。舐めるように見ていただけるのは別に構わないのですが、あまり興奮しすぎると股間の膨らみを隠せなくなりますよ?」

「社会的に抹殺したいのかなあ!?」


 意識しちゃうだろそういうこと言われたら。俺のリアクションに満足したのか、詩音はクスクスと笑ってプールの方に目をやった。


「さて、まずは何をしましょうか。市民プールとはいえ、流れるプールにウォータースライダー、それにサウナまであるなんてちょっとしたレジャー施設じゃないですか」


 プールサイドを歩き始める詩音の手を引いて制止する。


「先輩?どうしました?」

「まずするのは、準備運動だ」



 大体2時間くらい、一通り泳ぎ終わった俺はプール出口のベンチに座って頬杖をついていた。詩音とは一緒にあがったのだけれど、30分待っても詩音は更衣室から出てこない。頬が緩む、というかにやける。今が今日イチで楽しいかもしれない。


 ブー ブー ブー


 と、スマホがバイブ音を立てる。詩音からの通話を着信していた。のらりくらりとした動作でスマホを耳に当てる。


『先輩!』


 ボリュームを抑えたささやき声ながら、怒気を孕んだ詩音の声がスマホから聴こえてくる。


「詩音。いい加減観念して出てきなさい」

『その反応……やっぱり先輩が!!馬鹿!変態!陰湿サディスト!今回催眠が出てきてないし、ずいぶん健全なデートだからおかしいと思ってたら、まさかこれが狙いだったなんて……!』


 そのリアクションに、思わず笑いが漏れる。


「とりあえず俺にはどうすることもできないから、更衣室から出てくるといい」

『……先輩、バカ!』


 そう言って詩音の通話が切れた。数分後、プールの出口から顔を真っ赤にした詩音が出てきた。少し内股になりながら、恨みがましそうに涙目で睨んでいる。


「おかえり詩音。かわいいね」

「……先輩、あとで蹴っ飛ばしますからね」


 怖いことを言う詩音が逃げないように手を握る。


「それで、このまままっすぐ帰るか、途中のどこかで買うこともできると思うけど、どうする?」

「……まっすぐ帰ります」

「分かった。そっちの方が俺も助かる」

「……何が助かるんですか、馬鹿」


 不機嫌そうな声色で詩音が応えた。そんな詩音の真っ赤になった耳元に口を寄せて、俺は囁いた。


「朝みたいに、スカートをたくし上げて見せてくれたりしないの?」

「ほんっとうに、馬鹿!!」

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