第50話 ルームウェア催眠

 パァン!


 手を叩く音に目を開けると、目の前には詩音がぺたんと座って挑発的な笑みを浮かべていた。


「どうですか、先輩?大好きな後輩がこんなにエッチな格好をしてるのに、催眠のせいで服を脱がすことができないなんて。すごいもどかしいんじゃないですか?」


 ニヤニヤと笑いながら言う詩音の言葉に、俺は奥歯を噛み締めた。詩音の言う通り、今の詩音の服装はすごくエッチだった。長袖の、ピンク色のパーカー。ぬいぐるみみたいにふわふわな生地でできていて、少しオーバーサイズなのか手首まで隠れている。そして下半身には、何も履いていない。白い太ももがパーカーの裾が作る闇に吸い込まれている。見方によっては極ミニのワンピースともいえるかもしれない。詩音が袖口を口元にやって笑う。


「先輩。いま私、これ一枚しか着てないんですよ?」


 その言葉に否応なく心臓が飛び跳ねる。そんな俺の反応を見て詩音は、首元のファスナーに手をかけた。


「こうやって、誘惑してみたり」


 そういいながら詩音がゆっくりとファスナーを下ろす。鎖骨が、谷間が露わになる。詩音がくすくすと笑う。


「先輩、釘付けって感じですね。まったく」


 俺がぶんっと目をそらすと、詩音が吹き出した。


「今日は、こうやって思いっきり焦らしてあげますからね?先輩」


 く、なんて邪悪な催眠なんだ。そう思っていると5秒くらいの変な間の後に詩音が続けた。


「……というのは冗談です。あ、いやそういう催眠をかけたのは本当ですが」

「へ?」


 思わず顔をあげると、詩音が自慢げな笑みを浮かべていた。さっきまでとほとんど変わらない表情なのだけれど、煽り成分が抜けて若干ニュアンスが違う。


「このルームウェア、最近買ったんですけどとっても可愛くてお気に入りなんです」

「……たしかに」


 無意識に俺が漏らした言葉に詩音は少し目を丸くして、頬を赤くしながら目をそらした。


「それでですね、ただ可愛いだけじゃなくて触り心地もすっごくいいんです」


 そう言いながら詩音が自分の腕をさする。なるほど、見るからにふわふわで気持ちよさそうだ。


「なので、この気持ちよさを先輩にも味わって貰おうと思いまして、こういう催眠をかけたというわけです」

「なるほど」


 俺が応じると、また詩音の笑顔のニュアンスが変わった。


「せっかく気持ちいいのにすぐ脱がされたらもったいないですからね。先輩はおっぱい大好きですから脱いで欲しいかもしれませんけど」

「その話今回まで引きずる!?」

「というわけで今日はこれを着たままいちゃいちゃしますからね。先輩どうぞ」


 俺の抗議を華麗にスルーして詩音は両腕を俺に向けて広げた。俺は少し躊躇しながら、詩音の左手を取って袖口を頬に当ててみた。


「ほんとだ。気持ちいい」


 マイクロファイバーというのだろうか、ごく細い毛が肌を優しくくすぐり、思わず目を細める。


「……先輩、いまだにチキンですね」

「はぁっ!?」


 うっとりしてただけなのに唐突に飛んできた嘲笑に、反射的に目を見開いて叫んだ。詩音は、恥ずかしげな様子でそっぽを向いていた。


「その、もっと大胆にしてくれてもいいんですよ?私たち、恋人同士なんですし」


 詩音の言葉に心臓が跳ねる。


「あ、ああ」


 そう応じると俺は詩音の体に腕を回して、抱き寄せるようにして詩音の胸に顔を埋めた。


「んっ」


 詩音の甘い喘ぎ声が微かに漏れて、俺は飛び退いた。


「ごめん!変なとこ触っちゃった?」


 詩音は目を丸くしていたが、少し俯いてからくぐもった声で言った。


「先輩ならいいっていつも言ってるじゃないですか」

「へ?」


 俺が聞き返すと、詩音は顔を真っ赤にして言った。


「ああもう!これじゃ私がおねだりしてるみたいじゃないですか!先輩がスケベなことくらいもうわかってますから、どーんとくれば良いんです!」


 訳のわらからないタイミングで逆切れされたことに困惑しながらも、気を取り直して詩音の前に座る。それからもう一度、詩音の巨乳というわけではないが形の整った胸に顔を沈めた。詩音の身体が小さく震える。ルームウェアのふわふわなやわらさと、詩音のふわふわなやわらかさの、ふたつの柔らかさをいっぺんに味わう。温かくて、微かに甘い匂いがする。ああ、これは、これはしあわせだ。背中をまさぐりながら頬擦りし続ける俺の頭を詩音が撫でる。


「どうですか?先輩。気持ちいい?」


 俺は答えないで、詩音の腕の中に潜り込むようにしてキスをした。もっと、もっと触れ合いたい。服を脱いで抱きすくめる。腕も、お腹も、胸も、上半身全部が気持ちよくて頭が真っ白になりそう。詩音の背中やら脇腹やらを腕全体を使って撫でまわしていると、詩音がもぞもぞっと動いてパーカーのフードを被った。


「……詩音?」


 行動の意味するところが分からなくて詩音に呼びかける。恥ずかしくて顔を隠したとか?フードからはうさぎの耳がペロンと垂れていた。詩音は俺の疑問には答えずに、鎖骨のあたりにキスをした。


「!?」


 愛しくて、抱きしめる力が強くなる。フード越しに詩音の頭を撫でる。詩音が甘えた声で喘ぎ、足を絡める。背中をまさぐる手を下ろしていくと、うさぎの丸い尻尾に手が触れた。それからルームウェアをはみ出して、詩音のお尻を直接撫でた。


「んんっ!」


 詩音の身体が跳ね、しがみつく力が強くなる。俺はそのまま詩音をベッドに押し倒した。



「気持ちよかったですか?先輩」


 腕まくらされながら詩音は訊ねた。


「うん。すごく」

「よかった」


 背中を撫でながら俺がそう答えると、詩音は満足げに笑った。それから


「じゃあ次は先輩の番ですね」


 ……え?


「ちょっと待っててくださいね。先輩はベッドから下りないでください」


 そう言って詩音が俺の腕をすり抜けてクローゼットに向かう。


「まてまてまて!俺の番って何が!?」


 嫌な予感がして詩音を追いかけようとしたところで、膝と両手がベッドから離れないことに気づいた。そうか!まだ今日の催眠は解かれていないから、さっきの詩音の言葉がキーになって。そんなことを考えていると、目当ての物を引っ張り出した詩音が振り返って言った。


「さあ!今度は先輩がこれを着て私を気持ちよくしてください」


 その手にあったものは、詩音が着ているのとまったく同じデザインの、詩音のものよりさらにサイズが大きいルームウェアだった。つまり、俺用のふわふわうさ耳ピンクパーカーだった。


「いやいやいやいや!うさ耳パーカーとかムリ!!」

「おやぁ?先輩、まだ催眠状態で逃げられるとでも思ってるんですか?」


 邪悪な笑みを浮かべながら詩音がジリジリと近づいてくる。


「おま、お前、まさか最初からそのつもりで催眠を……!や、やめ、やめろぉ!!ああぁぁぁ——」

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