第46話 わかめ酒催眠

 パァン!


「……詩音、ほら」

「いやですよ!やるわけないじゃないですか、先輩の変態っ!」


 後輩の詩音がひどく嫌そうな顔をして体ごとそっぽを向いた。催眠のせいで、下半身は裸、上半身もブラだけの姿になっている。


「そうは言っても、せっかく催眠をかけたんだし」


 そういいながら俺は、どろっとした白濁液の入った水差しを持って詩音の正面に回り込む。いや、いかがわしいものではない。単なる飲むヨーグルトだ。


「だから!見せないでくださいって言ってるじゃないですか!今私がそれを見たら——」


 詩音の言葉が途切れ、水差しを凝視して、まるで手だけが夢遊病になったかのように俺から水差しを受け取った。


「やだやだやだやだ!ほんと、ほんとに無理だから!」


 半べそをかく詩音をよそに、詩音の右手はからくり人形のように動いて、左胸にゆっくりとヨーグルトを注いだ。


「つめたっ!」


 詩音が身体を震わせる。ヨーグルトは細い筋を引きながら、胸の谷間からへそを通り、ピッタリと合わせられた両脚の間に溜まっていく。詩音の身体を白い雫が伝っていくさまは、果てしなく淫靡だった。


「……先輩は、先輩はこれで満足ですか?」


 溢れかけるほど注いだ後で、詩音の手は水差しを置いた。真っ赤になりながら上目遣いで、恨みがましそうににらんでいる。これは古の淫蕩遊戯『わかめ酒』。女体を盃とし、秘所に注がれた清酒に陰毛が揺蕩う様からその名がつけられたという。今日は『飲み物を見たらわかめ酒にしなくてはならない』と思い込む催眠をかけたのだ、俺が。


「何をじーっと見つめてるんですか、先輩の変態。早く、はやく飲んでくれないと漏れちゃいますから」


 そんなことを考える俺を詩音が急かす。いや、その発言はべつの意味で卑猥に思えてしまう。じゃなかった。我に帰った俺は詩音の目の前に座って、はたと気づいた。


「これ、どうやって飲むんだ?」

「知りませんよ。言っておきますけど、私は動けませんよ?」


 首を傾げる俺に険悪な詩音の声が飛ぶ。いや、詩音を持ち上げることができない以上、飲み方なんてひとつしかないのだけれど。


「……じゃあ、いただきます」


 覚悟を決めた俺は、詩音の脚の間に顔を突っ込むように身体を倒した。唇を突き出して、ヨーグルトをすする。


「ばか。ほんとバカ。変態」


 詩音の涙声の罵倒が聞こえるが、一心不乱に飲み続ける。ただの飲むヨーグルトだ。卑猥なものではない。身体を伝って注がれたからといって、微かにしょっぱさが加わっているとか、女の子の匂いがするなんてことはない。ないはずだ。気のせいのはずだ。


「んっ!あっ!」


 詩音が微かに喘ぎ声を漏らす。男性もかなり卑猥で屈辱的な体勢を取ることになるのに、なんでこんなプレイが好んで行われたのだろう?


「よし!飲み切ったぞ!」


 最後の一滴を音を立てて飲んで、俺は顔を上げた。詩音も俺も、駅伝を走り切ったかのように息が上がっていた。


「……飲むだけじゃ、終わりじゃないですよ?」


 詩音は顔を真っ赤にしながら言う。その言葉に、俺の頭は真っ白になった。


「先輩のせいで、身体中べたべたなんですから。ちゃんと、先輩が舐めて、綺麗にしてください」


 恥じらうように顔を伏せながら、詩音はぴったりと閉じられていた、裸の脚を広げた。


「ぐっ!?」


 俺は詩音のふとももに、へそに、胸にむしゃぶりつこうとする身体を、全力で抑え付けた。それから、今日ここまでずっと感じていた違和感を言葉に紡ぎあげる。


「いいけど、その前に、濡れ衣を晴らしてもらおう。俺にかけた催眠を解くんだ」


 それを聞いた詩音は目を丸くした後、目を逸らした。


「な、なんのことでしょう?今日催眠をかけたのは先輩じゃないですか。こんなエッチな催眠を」

「そうだ。そう自覚している。でも、そんなはずはないんだ。『詩音の意思を捻じ曲げるような催眠はしない』って、約束したから」


 詩音が嫌がることを無理矢理させるような催眠を、俺がするはずがない。


「そんな根拠で……」

「詩音」


 なお言い逃れしようとする詩音をたしなめると、詩音は観念したように右手を上げ、指パッチンをした。頭にかかっていたモヤが晴れ、俺は深くため息をついた。やっぱり。今日の催眠は『詩音に『わかめ酒催眠』をかけたと思い込む催眠』だ。見ると、詩音は頬を膨らませて、多分さっきまでとは違う理由で顔を真っ赤にしていた。


「だって、せっかくいろいろ練習したんですし……」

「詩音の変態」


 俺は詩音の耳元で囁くと、さっきの詩音のご希望通りにすることにした。

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