クリスマス特別編『星のアルペジオ』
ちゅ ちゅ ちゅ、ちゅ ちゅ ちゅる〜……
メトロノームが響く部屋で俺はギターを抱えていた。
「……なんで?」
首を傾げて、とりあえず3回アルペジオしてみて壁に立てかける。ギターなんて全く弾けないんだけど……ラブソングでも歌うつもりだったのか?
「自分で思ってる以上に浮かれてる、のかな」
そう呟きながら部屋を眺める。折り紙で作った紙鎖が壁から垂れ、そこそこ立派なクリスマスツリーが部屋の隅に置かれている。いつものローテーブルにはささやかなクリスマスのご馳走に1.5Lのペットボトル、それにとんがり帽子と鼻眼鏡。ベッドには「クリスマスに必要になるので」と詩音が持ち込んだぬいぐるみたちが笑っている。部屋の様子は間違いなく浮かれていた。自分でやったとは信じられないくらいだ。……自分でやったのか?なんで鼻眼鏡?
「まあ、浮かれるのも無理はないか。2人での初めてのクリスマスだし」
そうひとりごちる。そう、鼻眼鏡くらい大した問題じゃない。問題なのは
「どうしてまだ詩音は来ないんだ……!」
頭を抱えながら詩音のためのプレゼントの箱を持って見つめる。詩音がどうしてもというからパーティの予定を1日早めて23日にしたというのに。なのに、まだその詩音が来ない。窓の外は日も暮れて星が出ているというのに連絡さえも来ない。既読もつかない。
……何か、奇妙な既視感のようなものを感じる。
「はぁ……とりあえず、電話かけるか」
プレゼントを置いて立ち上がり、スマホを取り出す。
呼び出し音。1回、2回……留守電につながる。
(このご時世に留守電て!)
「もしもし?今日はどうかした?このメッセージ聞いたら連絡ください」
メッセージを残して電話を切り、うなだれる。
「どうして電話も出ないんだ……」
何か俺、悪いことしただろうか?詩音だってノリノリだったはずなのに。この日のために何ヶ月もアルペジオを練習したのに……いや、してないな。アルペジオは練習してない。さっきからちょくちょく存在しない記憶が混ざってくるのなんだ?
1人なのに間がもたない。楽しげな部屋の飾りが目にしみる。詩音が遅刻してきたら悪いから食べ物には手がつけられないし、飲み物だけ飲んでる。もうペットボトルが一本空になった。手持ち無沙汰で鼻眼鏡をかけてみる。
「どう?」
振り返ってぬいぐるみに意見を求める。ぬいぐるみは答えない。
『あははは!先輩、可笑しすぎます!』
そんな詩音の笑い声が頭の中に響く。これを買った時の俺は、そんなことを期待していたんだろうか?
「鼻眼鏡が、そんなウケるわけねえだろ」
度のないレンズに雫が落ちる。もう、踊るしかない。
ベッドの上に立ち、身体を90度に曲げて尻を叩く。脚をクロスするステップで左右に動きながら奇声を上げる。
「ヘイ!ヘイ!」
虚しさを噛み締めながら、飽きたら正月の準備しようと思っていたその時。
「あはははははは!!」
1人だけのはずの部屋に男の笑い声が響いた。ビクゥッと身体をすくませて振り返るけれど、やはり誰もいない。いや、誰かがいるのに気づけない?それが証拠に、誰もいない場所から声だけが聞こえて来る。
「ちょっと、秋山のせいでバレたみたいなんだけど」
「だって、だってあの師匠が、ヒィ、ヒィ」
「まあまあ、どのみちクライマックスだったしいいでしょ。じゃあ、ちゃんと催眠解くから」
パチン。指パッチンの音が響く。
さっきまで誰もいなかった部屋の隅に、詩音、皐月、秋山がてんとう虫のように固まっていた。詩音が何食わぬ顔で立ち上がって言う。
「改めまして、メリークリスマスです。先輩」
「お、お前らいつからそこに」
「もちろん、『はじめから』ですよ。先輩」
震えながら指差す俺に詩音が平然と答える。これは、いつだったか俺が詩音にかけた「相手の存在に気づかなくなる催眠」か。
秋山はまだ腹を抱えて笑っているし、皐月は心底馬鹿にしたような目で俺をみている。怒ろうにも安堵やら何やらで胸の中がごちゃごちゃになって、仕方ないから俺は大きなため息をついた。
「『星のアルペジオ』か」
「ご明察です。さすが先輩」
『星のアルペジオ』は、ロックバンド、BUMP OF CHICKENの楽曲だ。一見ロマンチックなタイトルだが、内容としては「好きな子にクリスマスパーティーをすっぽかされた男の子が鼻眼鏡をかけて踊る」というものだ。俺はその歌の内容をなぞる催眠を詩音にかけられていた、ということだろう。妙な既視感はそのせいか。
「さ、少し遅くなっちゃいましたがパーティーを始めましょう?『えとわーる』でちゃんとケーキも買ってきましたから」
そううながす詩音に、俺はもう一度深くため息をついて目尻をぬぐった。
「秋山」
「はひ?なんですか師匠」
「あとで殴る」
「なんで!?」
「もう、先輩いつまでへそを曲げてるんですか?そんなことじゃ、サンタさんが来ませんよ」
宴もたけなわといったところで、まだ口を尖らせていた俺に、隣に座った詩音が言った。いや、あんな仕打ち1週間くらいはへそを曲げていたいところだけれど。聖夜に1人尻を叩いて自分でも驚くようなダンスをさせられたんだぞ?いや、それよりも
「だって、せっかく付き合い初めてから最初のクリスマスなのに」
俺がそう答えると、詩音は小さく息をのんで、耳元でささやいた。
「本番は明日、2人だけでしますから。ね?」
⭐︎⭐︎
「デレデレのところ申し訳ありません、先輩」
「うわっ!いきなりどうした皐月」
「次回の更新は26日の通常更新です。『本番回』なんてありません。残念でしたね」
「なんだその業務連絡!!」
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