第32話 私は催眠にかかってたんです!
パチン
指パッチンの音に、意識が深いトランス状態から浮上する。いつも通り、ローテーブルの向こうには先輩が座っている。今日は何やら楽しげに微笑んでいる。
「それで、先輩。今日はどんな催眠をかけたんですか?」
先輩は私の質問には答えずに、ニコニコ笑いながら、あぐらの膝をぽんぽんと叩いた。
「おいで」
それから両腕を広げる。怪しみながらも私は先輩のところに歩いて行った。猫を呼ぶような仕草だけど、今日は別に四足歩行にはならない。少し躊躇いながら、私は先輩の膝の上に座って、抱きつくように体重を預けた。
先輩の腕が私を抱きしめる。男の人の腕。胸板も見た目よりたくましくて、安心感とドキドキの混ざった温かい気持ちになる。先輩が右手で頭を撫でる。好きな人になでなでされるとどうしてこんなに気持ちいいんだろう。
「詩音。今日も可愛いよ。大好き」
ゼロ距離で甘い言葉をささやかれて、私は顔が熱くなりぎゅっと胸に顔を押しつけた。
「そ、そんなに言わないでください。照れちゃいます」
「詩音」
頭を撫でていた手が頬に触れる。反射的に顔を上げると、先輩が私の顔を覗き込んでいた。近づく、触れる。優しく唇だけで触れ合うキス。一度離れて、もう一度。今度は舌が絡まる。熱い息を交換する。甘い、甘い。頭が痺れる。背中を撫でていた手はかなり下がって、お尻を撫でていた。少しぞわぞわするけど、嫌じゃない。たぶん世界で一人だけ、先輩だから。
「先輩……もっと触れ合いたいです」
熱く甘く媚びた声で私はねだる。
「うん、俺もだ」
と、いうわけでベッド脇に立って脱衣タイム。少しでも早く先輩に抱きつきたい。
「終わりました!」
靴下を放り投げて振り返る。それから、小さく跳ねて先輩に飛びついた。
「先輩!」
私を抱きとめた先輩はそのまま後ろにベッドに倒れた。私が先輩にのしかかるような形になった。私は身体をぎゅっと先輩に押しつけて、女の子のアピールをする。直接肌と肌が触れ合うと、熱だけじゃなくて湿度まで伝わってくる。身体を擦り付けながら先輩の体を上って行って、もう一度深い深いキスをした。
——
上がっていた息もだいぶ落ち着いてきた。空気が重くなったような、心地よい倦怠感を感じながら、私は先輩に腕枕されていた。顔がにやける。世界がふわふわして見える。きっと、お酒に酔ったらこんな感じなんだろうか?
「詩音」
先輩が私を呼びながら私の髪をなでる。ぞくぞく気持ちよくて目を細める。髪をなでていた手が、指で耳を嬲る。
「今日の催眠なんだけどね」
ああ、そういえばそうだった。そろそろ催眠を解かないといけないだろう。なんというかとても楽しい催眠だったから、もう少し続けても私はいいのだけど。ともあれ、指パッチンの音に備えて目をつぶる。先輩は少し大きく息を吸って、言った。
「——今日は特に何もかけてないんだ」
「……へ?」
あ、れ?先輩は今何を言ったのだろう?数秒のフリーズの後、氷水をかけられたように急速に酔いが覚めた。
「……これ、素面ってことですか?」
「うん。素だね」
先輩が、温か〜い目で微笑む。私は一気に真っ赤になった。
「違う!!!!」
「あいたっ!」
勢いよく身体を起こした私に両手でパーの手形をつけられた先輩が叫ぶ。構わず私は続ける。
「先輩が今日直接暗示をかけなかったとしても!これまでの前例蓄積から考えて『先輩が何かエッチな催眠をかけたんだ』と認識するのが自然であって!私は『先輩がエッチな催眠をかけたと思い込む催眠』にかかってたんです!じゃなかったら私は、わたしは……」
頭から湯気を吹き出しながら目をぎゅっとつぶって叫んだ。
「私はエッチな女の子じゃありません!!」
「いてて……」
先輩が少し遅れて手形をさすりながら起き上がって、私をなだめるように抱きしめた。
「うん、そうだな。詩音の言う通りだ」
「お、大人の対応しないでください!それじゃまるで、私が駄々っ子みたいじゃないですか!!」
「そんなことないぞ。うん。大丈夫だからな」
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