第31話 先輩は帰宅しました
パァン
「……先輩?」
私は目を開けると首を傾げた。ローテーブルの前に座っていたが、部屋には私1人しかいない。
「もう帰ったんだっけ」
口にするとそんな気がする。ただ、よく思い出せない。たしか何かの催眠をしていたのだけど。でも、エッチなことは特にしてないのは確かなはずだ。
「せっかく来てくれたんだし、もっと一緒にいたかったな。……エッチなこともしたかったのに」
私は呟く。まだいつも帰る時間よりずっと早いのだし。と、ローテーブルの向こう側、先輩が座っていたはずの場所に何かがあるのを見つけた。少し歩いて、それを拾い上げる。
「これ、先輩のブレザーだ」
忘れていった?ブレザーを?そんなことあるか?
「まあ、あれでドジっ子なところあるからなあ」
あり得るかもしれない、と思い直した。それからブレザーに顔を埋めて、鼻から息を大きく吸う。
「ふふ、ちょっとくさい。先輩の匂いだ」
そう言って小さく笑う。礼儀として、消臭剤くらい使って返すべきなのかな?ちょっともったいない気もするけど。そのとき、名案が閃いて私はブラウスのボタンに手をかけた。そのまま勢いよく下着まで脱いで、それから先輩のブレザーを羽織った。硬い生地が敏感な部分に擦れて少しくすぐったい。
「お、いい感じ」
スマホのカメラを起動して、自分の姿を確認した。サイズの大きいブレザーが、おしりをギリギリ隠すくらいの超ミニスカートのようになっている。彼シャツならぬ、彼ジャケット。萌え袖、谷間、太もも、チラリズム。先輩が喜ぶこと間違いなしだ。何故なら先輩はエッチだから。微妙に角度を変えながら何枚か写真を撮る。
「そうだ。後ろからもいいかも」
そう思って部屋の姿見の前に立つ。背中を向けて撮った一枚と、前から鏡に全身を写した一枚。一旦撮影を切り上げて、出来栄えを確認する。
「……これは練習がいるな」
結局、インカメラで直接撮った写真を一枚選んだ。それからメッセージアプリを起動する。
『先輩。ブレザーを忘れてましたよ』
その文言と一緒にさっきの写真を選ぶ。
「きっと、右手が止まらなくなってしまいますね。先輩のエッチ」
そう言って送信ボタンをタップする直前に、我に帰った。それから写真を見返して、赤面する。
「ちょ、ちょっと過激かな?これじゃ、まるで私が痴女みたいだ」
写真を送るのは保留にした。どうにも欲求不満らしい。と、いうことは、私がこうなってるのは先輩のせいでは?うん、そうに違いない。
「これは先輩のせいですからね。……ちょっと使われたくらいで文句なんて言わないでくださいね?」
そう言って私は、ベッドにダイブした。自分で自分の身体を抱きしめる。うりんうりんと身体をよじる。ブレザーからは先輩の匂いがして、なんだか先輩に包まれているような気分になる。
「えへへ、せんぱい」
左手を口元に持ってきて匂いを嗅ぎながら、右手でその、えっと、あれをあれする。
「あんっ!せんぱいっ!ぎゅってしてください」
「ごめん——可愛すぎ」
え?
パチン。私ひとりのはずの部屋で、耳元で指パッチンが響いた。
この指パッチンを私が聴き間違えるはずがない。私は固まって、関節の錆びたロボットのように首をねじって振り返る。そこには、表情筋が溶け落ちたような先輩がいた。
「……いつから居ました?」
「もちろん、初めから」
先輩はこともなげにそう答えると、ベッドに寝る私に抱きついた。
「はい、ぎゅーっ!」
顔が真っ赤になる。頭が沸騰する。全部見られてた。全部聞かれてた!こんなの、だって、私は、先輩が、これは、エッチなのは、催眠が、私が、先輩の——
「う、う、うなーーーー!!!!」
私はグルグル目で怒りの声を上げた。
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