第30話 常識改変2

 パァンッ


 手を叩く音が部屋に響き、俺はゆっくりと目を開ける。いつものように、ローテーブルを挟んで向かい側には後輩の詩音が座っていた。


「おはようございます。先輩」

「おはよう詩音」

「よかった。催眠はうまくいったみたいです」


 詩音は頬杖をつきながらいたずらっぽく笑う。


「今、先輩が何を考えてるか当ててあげましょうか?」

「?」

「ずばり、エッチなことで頭がいっぱいですね?」

「なぁっ!」


 その言葉に飛び退くように立ち上がってしまったのは、図星だったからだ。さっきから俺は調子が変だ。身体は熱いし、心臓はバクバクいってるし、詩音の身体のエッチなところにばかり目を引かれてしまう。


「バレバレですよ。そんなにほっぺた真っ赤にして」

「そ、そういう催眠なんだろ」


 俺は顔の熱を感じながら、目をそらして座り直す。俺の言葉に、詩音は首を横に振った。


「いえいえ。今日の暗示は抑制系ですよ。それなのにこんなに発情するなんて、先輩のエッチ、変態。スケベ、スケバー、スケベスト」

「誰がスケベだ。比較級変形するな」


 目をそらしながら反論するが、本能的にちらちらと詩音を見てしまう。顔を曲げて無防備に伸びた首筋を詩音が撫でた。


「!?」

「では、先輩。ゲームをしましょうか。いま先輩がどんな催眠にかかっているかを当てられたら、エッチな先輩の望みを叶えてあげます。エッチなこと、たくさんしてあげますね?もし分からなくても『俺とエッチしてください』って可愛くおねだりできたらエッチしてあげます。ダメなら今日はエッチなしです。やりますか?」


 悪魔の囁きのような提案に俺はゆっくりうなずいた。詩音が楽しげに立ち上がる。


「では、ヒントです!今日の催眠は、私の格好に関することです。よく見て、どこがおかしいか考えてください」


 そう言って、詩音は両手を広げたポーズをとった。ざっと見たところだと、違和感を感じる部分はない。というか、それどころじゃない。上から下まで、詩音の肌色の部分全てがエロく感じる。そのせいで頭が回らない。


「わからないですか?もっと近くで見てもいいですよ?」


 言われるがままにローテーブルの向こうに歩いていく。


「あ、でも触るのは無しですからね。いまの先輩、絶対やらしく触るんで」

「ぐっ!」


 我ながら反論できない。腰を曲げるようにして顔を近づける。上から舐めるように見ていくと、興奮がどんどん高まっていく。おかしい、ただ詩音を見てるだけなのに。比較的興奮が少ないお腹を見つめて俺は止まった。


「もう、あんまりお腹をじっくりみないでください。恥ずかしいです」


 そう言って詩音は庇うように身体を揺らす。正直に言って、押し倒さないよう身体を押さえるのでいっぱいいっぱいだ。


「先輩。下半身は見なくていいんですか?ふとももとか、つま先とかに秘密があるかもしれませんよ?」


 詩音が促す。俺は、一度唾を飲み込むと意を決して視線を下ろした。おへその下、詩音の大事なところが目線の高さにくる。


「一回回ってみますね」


 そう言って詩音がその場でゆっくりターンした。詩音のお尻が目の前を横切る。心臓が飛び上がる。


「先輩、そんなにはあはあ言って、ワンちゃんみたいですよ?この駄犬、エロ犬」


 しゃがみ込む俺に詩音の罵倒が降ってくる。どうやらサディスティックスイッチが入ってしまったようだ。


「それで先輩。わかりましたか?」

「……いや、わからない」


 ずっといっぱいいっぱいだったが、違和感がある箇所はなかった。


「えー。大ヒントだったんですよ?」


 呆れたように詩音は言った。


「じゃあ、特大ヒントです。先輩、立ってください」


 そう言って詩音は俺の手を引いて立ち上がらせると、両手を広げた。


「さあ先輩。ハグさせてあげましょう」

「なっ」


 その言葉に俺は目を泳がせた。だって、いまハグなんかしたら


「むー!本当はハグしたくてたまらないくせに、一丁前に焦らさないでください」


 詩音が頬を膨らませて急かす。俺は躊躇いながらも誘惑に勝てず詩音を抱きしめた。


「んっ!先輩、お尻の触り方がエッチです」

「ご、ごめん!」


 詩音が小さく喘ぎ、詰るように言った。俺は慌てて手を退けた。


「あっ」


 詩音が少し残念そうな声を上げる。


「……先輩、その、やめなくても大丈夫ですよ。エッチな先輩も私は好きです」


 少し恥ずかしそうに顔を伏せながら詩音は言った。俺は、おずおずと腰の辺りまで手を戻し、軽い力で詩音のお尻を撫でた。


「ふにゅっ、はぁっ」


 詩音が身体をビクッと震わせながらくすぐったそうな声を出す。俺はもう一方の手に力を込めた。


「あっ、先輩、気持ちいいです……先輩にぎゅってされて、はんっ!幸せです。先輩も、気持ちいいですか?」


 蕩けた顔で見上げながら詩音が言った。俺は目を強くつむり——


「……さい」

「先輩?」

「もう、我慢できないです。エッチさせてください」


 それは降伏宣言だった。その言葉を聞いた詩音は、数秒の沈黙の後に言った。


「先輩、『俺は変態です』って言ってください」

「…………俺は、変態です」


 羞恥に身体が震える。


「『俺はスケベストです』」

「……俺はスケベストです」


 だって、仕方ないじゃないか。本当にスケベストなんだから。それを聞いた詩音は満足げな鼻息のあと、俺を離した。


「やりました!完全勝利です!」


 詩音が飛び跳ねるのに合わせて胸が揺れる。


「じゃあ先輩、服を脱いで毛布に入ってきてください。ほら、急いで!」


 そう言って詩音はベッドに飛び込んで毛布から顔だけ出した。見られながら着替えるのに恥ずかしさはあったが、仕方ない。


 毛布に入った俺は、素早く詩音を抱きしめて首筋に貪るようなキスをした。


「あんっ!先輩!ちょっと待ってください!いま催眠を解きますから。この瞬間がエッチな催眠の醍醐味ですからね」


 そう言われて俺は一度身体を詩音から離すと目をつぶった。耳元で指パッチンが弾ける。


 パチン


 記憶にかかっていたモザイクが一気に弾け飛ぶ。今日見た光景のエッチな意味が滝のように流れ込む。これは、『常識改変』。俺はまた真っ赤になった。


「はい、というわけで正解は、『きょう私は初めから裸だった』、でした」

「変態はそっちじゃんか……!」

「いいえ。変態なのは先輩です。自分で言ったんですから。スケベスト先輩」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る