第29話 お姉ちゃん催眠

 パァンッ


「はぁ。自分ちなんだから飲み物くらい自分で持ってこいよ」


 俺はそう言いながらジュースの乗ったお盆を置く。


「いいでしょ、別に。弟を好きに使えるのは姉の特権なんだから」


 そう言って詩音は床に寝転がりながら足をバタバタさせた。手にはコントローラーが握られている。それを見た俺は深いため息をついた。


「そんなんじゃ嫁の貰い手がつかないぞ」

「え〜、その時は冬夜がもらってくれるんじゃないの?」

「弟がもらってどうすんだよ……」


 そう言って俺はもう一度深くため息をつく。その様子を見た詩音は頬を膨らませた。


「冬夜くん、最近冷たいよね。昔はあんなに『お姉ちゃん、すきすき〜』って甘えてくれたのに。お姉ちゃんは悲しいです」


 そう言って詩音は目尻を拭う仕草をする。俺は赤面しながらのけぞった。


「昔のことはどうだっていいだろ!」


 というか、いつのことだろうか?でも、詩音が言うんならそういう時期もあったんだろう。


「そうだ!また一緒にお風呂に入ろうか!頭洗ってあげるから」


 さも名案を思いついたという顔をしながら詩音が立ち上がる。


「誰が入るか!!もう高校生なんだぞ!お互いに!!」


 頭から湯気を吹き出しながら俺は叫んだ。もう喉が枯れそうだ。


「そんなこと言ったって、こないだ入ったでしょ?」

「あれは……!姉さんが催眠術で無理矢理入らせたんだ!俺はすっごく恥ずかしかったんだ!とにかく!家族でそういうことしちゃダメなんだよ!」

「でも……もっとすごいこと、たくさんしてきたでしょ?」


 そう言って詩音が自分の下腹に手を滑らせて、ミニスカートの裾を掴む。それを見た俺の鼓動は滅茶苦茶なビートを刻む。たしかに覚えていた。俺と詩音がしてきたことを。たぶん、ひとつ残らず。


「そ、それだって姉さんが催眠で裸の俺をベッドに引き摺り込んだせいじゃんか!初めてだったんだぞ!?キスも、何もかも!」

「え?初めての相手が私じゃいやだった?」

「そ、それは……」


 詰め寄られて、思わず言葉に詰まる。嫌なわけがない、こんなに好きなのに。


「ひとの気も知らないで!こっちがどんな思いで姉さんが好きなのを隠してたと思ってるんだ!」


 苦し紛れに放った言葉に、詩音ははっとしたように目を見開いた。


「……そうだよね。やっぱり辛かったんだ……」


 悲しみを帯びた声色で俯く詩音に、俺は内心慌ててフォローの言葉を探す。すると、詩音は顔を上げて抱きついてきた。


「もう隠さなくて大丈夫だよ!私も冬夜くんのことが大好きだから!すきすき、だーいすき!」

「はーなーれーろ!」


 俺は少しほっとしながら詩音の肩を押し返した。引き剥がされた詩音は、本日2回目のむくれ顔で座りこんだ。


「むー!いいもん!勝手に我慢してれば!!」


 そう言い捨てると、詩音はまた寝転がってゲームを再開した。ほっと撫で下ろしたはずの胸は、0.5秒後に飛び上がる。


「尻が見えてる!!」


 パシィィンッ!反射的にひっぱたく。ミニスカートがめくれ上がって、完全に丸出しになっていた。


「いったい!!」


 お尻でいい音を響かせた詩音が、涙目になりながら振り返る。


「な、何?お姉ちゃんのお尻で、興奮しちゃったのかな?」


 たぶん用意していたセリフなのだけれど、痛みで息が荒くなっていたせいで余裕の演出には失敗していた。ということは、スカートがめくれていたのはわざとか。


「おまえなぁ」

「しないよね?お姉ちゃんのお尻で興奮なんて」


 そう言って、左手でスカートをまくり上げながら体勢を戻してゲームを続ける。空色の、スタンダードなパンツに包まれた、丸くて大きなお尻が剥き出しになっている。こんなの……


 ボフン


 俺は詩音のお尻に顔を突っ込んだ。こんなの、我慢できるわけがない。胸とはまた違った、柔らかい中にもハリがある感触に顔が包まれる。


「んはぁっ!」


 詩音がくすぐったそうな声を上げる。俺は鼻面でパンツを下ろしながら、ポケットからゴムを一袋取り出した。今日こそ、俺が弟である以上に男であることを分らせてやる。



 結局、またぐずぐずのドロドロになったベッドの上。詩音は俺を抱きしめながら幸せそうに笑っていた。


「ふふふ、いっぱいすき、すきって言ってくれたね。お姉ちゃんは嬉しいです」


 その言葉に、俺は抱きしめる手に力を込めた。目も眩むような幸福感と、灼けるような罪悪感でわけがわからなくなっていた。


「姉さん……俺は……」


 あれだけ好きといいながらも、また姉さんを穢してしまったのだ。


「もう。そんな泣きそうな顔しないで?催眠解いてあげますから」


 詩音がそう言うと、耳元で指パッチンが響いた。鋭い音に目眩がして、もう一度目の焦点が合った時には詩音が俺の顔を覗き込んでいた。


「はい。弟はこれでおしまいです。可愛かったですよ?先輩くん」


 面白がるような口調で、後輩の詩音は言った。


「意外にもツンツンになるんですね。それが先輩なりの甘え方ということでしょうか?」

「あ、あ、あ」


 俺は完全に語彙力を失って口から無意味な音を出した。たくさんの感情が出口でぶつかって渦を巻いている。行き場を失った感情は、目から大粒の涙になって流れ出した。


「せ、先輩!?ごめんなさい、まさか二話連続で泣かせることになるなんて思ってもいなくて——」


 そういう言い方をされると前回の涙がかなり軽くなる気がするからやめてほしい。まだ息はうまく出来ないけれど、少しずつ頭は回り始めてきた。何よりも大きいのは安堵だった。ああ、自分は肉親を犯したわけではないのだ、という。それから恥ずかしさ。肉親への甘えで、隠していた本音をつい見せてしまったような気がする。加えて決して結婚できない相手だという切なさからの解放、そして愛しさ。ここまで頭で理解してもやっぱり言葉にはならなくて、強く強く抱きしめた。


「よかった……よかったぁ……」

「先輩、大丈夫ですよ。大丈夫ですからね」


 詩音が頭を撫でる。催眠が解けてじわじわと効いてきたのだが、姉じみた振る舞いをする詩音が、『歳下の姉』というニッチな性的嗜好に深く深く刺さっていることに気づいた。

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