第28.5話 こぼれ話

「じゃあ、頼んだから」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 図書館を後にしようとする2年生の先輩を引き止める。露骨に嫌そうな顔で先輩は振り返った。


「なに?」

「いや、ひとりで納得しないでくださいよ!俺なんもわかんないっすよ?」


 それを聞いた先輩は大きなため息を吐いた。


「どうせ聞いても分からないから。ややこしい事情だし、あとでLINEで説明する」

「や、先輩俺のLINEなんて知らないっすよね!?」


 俺がそう言うと先輩は苛立たしげに頭をかいた。


「じゃあ、早くスマホ出しなさい」


 俺はため息を吐きながらスマホを出して、LINEの友達登録画面を表示させて渡す。作業をしている先輩に俺は問いかけた。


「先輩」

「ん?」

「先輩は、なんでこんなに一生懸命になれるんすか?」


 だって、下級生とはいえ男子をぶん殴ったのだ。友達追加を終えた先輩は俺のスマホを返しながら、首をかしげて微笑んだ。


「好きな人に笑顔でいて欲しいって思うのがそんなに不思議?」


 そう言い残して、先輩は図書室から出ていった。


「……え?え?」


 **


「じゃあ、行くよ。詩音」

「うん」


 そう答えたけれど、詩音は椅子から立たなかった。


「詩音?」

「その……いまはいつもより勇気が少なくて」


 その言葉に、私は膝をついてもう一度詩音と目線を合わせる。


「詩音、思い出して?先輩があなたを好きになったのは、まだ眼鏡をかけていた頃でしょ?」

「……うん」

「変わった詩音も、変わる前の詩音も先輩はどっちも好きだったってことじゃん。私もだよ。よく似合ってる」

「…………ありがとう」

「どっちも詩音なんだから。……だから、眼鏡をそんな心を誰かから守るための防具みたいに使わないで?これも詩音の魅力のひとつなんだから」

「そう、なのかな」

「そうだよ。——今度は三つ編みも見せて?回想じゃなくて。私、そっちはまだ見てない」


 **


「師匠」


 廊下に出たところで秋山が後ろから小声で呼び止める。


「どうした?」

「あの……師匠とこけし先輩ってどういう関係なんですか?」


 その疑問に俺は眉間にしわを寄せる。どこからそんな疑問が出てきたんだろう?しかし、改めて聞かれると困るな。なんといえばいいんだろうか?


「どうって——友人の友人?」

「そ、そんなうっすい関係なんすか?」


 と、横から皐月がにゅっと顔を出して、言った。


「穴兄妹だけど?」

「言い方ァッ!!!!」


 俺は激しくツッコんだ。


「…………言い方?」


 秋山は少し離れて首を傾げた。


 **


「そういえば先輩。ひとつ気になることがあるんですが」

「皐月。どうした?」

「先輩が詩音に『勇気が出る催眠』をかけたのって、私たちが1年の頃じゃなかったんですか?」

「ん?ああ。一年経つからかけなおしてたんだよ。解けたらまずいことになる暗示だったからな」


「……本当は、解けて欲しいって思ってたんじゃないですか?」

「……お前はほんとうに」

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