第25話 ツンデレ催眠

 パァン


 もうパターン化した手を叩く音で、私は目を開ける。目の前には先輩が、いつになくだらしない笑顔で頬杖をついている。


「それで?先輩、今日はどんな催眠をかけたんですか?」


 先輩は催眠術師で、私の恋人だ。私たちはこうして、主にお互いの家でエッチな催眠の可能性を探求している。


「ん〜」


 私の問いかけに先輩は答えず、質問を返してきた。


「詩音は俺のこと好き?」

「……はあぁぁ!?」


 思わず顔を真っ赤にして立ち上がる。いきなり何を言わせようとしているんだこの先輩は。


「馬鹿じゃないですか!好きなわけないでしょう!!」


 思わず言い放ってから左手を口に当てる。これは明らかに失言だった。けれど、先輩は気にした様子もなく、くすくすと笑いながら立ち上がった。


「ん〜、それは残念だなぁ」


 そう言って歩いてきた先輩が、ゆっくりと私を抱き寄せる。背中に先輩の、私よりごつごつした手の感触。手にまでえっちさを感じるようになったのは、先輩のせいだ。


「何するんですか。訴えますよ」


 両腕を互いの身体の間に挟んで、わずかに抵抗しながら私は言った。


「いいだろ。恋人なんだからこれくらい」

「それは先輩が——」


 言葉が途切れる。私の唇を先輩がふさいだ。抱きしめる力が強くなる。気持ちよくて、嬉しくて、体が熱い。もっとして欲しいのに、して欲しくない。荒く息をしながらどんどんえっちになっていく私を、先輩に見られてしまう。そう考えるだけで、鼓動が早くなる。


「先輩のえっ——ひゃあ!」


 唇が離れ、抗議しようとした私の言葉はまたもや途切れた。先輩の唇が、今度は私の首筋に触れたからだった。その姿はまるで吸血鬼のようだった。ぞくぞくする快感。とけてしまいそう。


「ね、ベッドいこ?」


 先輩が、私の頭を撫でながら耳元で囁く。


「先輩の、変態」


——

「むぅ」


 そうして、私はベッドに横になっている。先輩は私の後ろからゆるっと抱きついている。まったく、今日の先輩ときたら。いやだって言っても服を全部脱がせるし、恥ずかしいから電気消してって言っても消してくれないし。結局、いくところまで全部見られて、恥ずかしくて顔から火が出るかと思った。今日の先輩はずいぶん強引だ。……それでいつもより気持ちよかった気もするけど。


「先輩」


 腕の中で寝返りをうって振り返る。


「ん?」


 先輩は小さく疑問の声を上げると私を見た。顔が近い。心臓がばくばくする。でも、これは言わないと。


「先輩、あの、さっき私先輩のこと好きじゃないって言いましたけど、あれは勢いというか、その……私も、先輩が好き……です……」


 ううーー!!これ、恥ずかしくて頭が沸騰しそう……。それを聞いた先輩は目を丸くして、それから笑い出した。


「あっはっはっは!」

「わ、笑うところじゃないですよ」


 抗議する私を抱き寄せながら、先輩は目尻を拭いた。


「ごめんごめん。そういえばまだ催眠を解いてなかったね」


 そう言って先輩が私の耳に右手を近づける。そうだった。それどころか、先輩が今日どんな催眠をかけたのかさえ知らないんだった。私は目を閉じて音に備えた。直後、鋭い音が耳に響く。それから私はゆっくりと目を開けた。


「あの、先輩?」

「ん?」

「何も変わってないんですが」


 私がそういうと先輩は小さく吹き出して、説明を始めた。


「今日かけたのは、羞恥心を増大させる催眠だったんだよ。だからいきなり好きかなんて聞かれても、恥ずかしくて答えられなかったってだけ」


 なるほど。確かに今は心拍数が落ち着いている。そうか、催眠のせいだったかとほっとしていると、先輩は続けた。


「でも、ツンデレのツンの部分が増えるのは予想してたけど、催眠にかかってた方が素直なんじゃないか?すっごい恥ずかしいのに、好きって言ってくれたんだろ?」


 そう言われて私は、先輩の胸に顔を埋めて顔を隠した。


「先輩きらいです」

「ほら!なぁ!」

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