第23話 お風呂催眠

「先輩!早く早く!」

「わかってるから急かすな。ふたりで使うには狭いだろ脱衣所は」


 たのしげに急かす後輩の春野に背中を向けたまま答える。それからパンツを下ろして既に畳んでいた服の上に重ねて置く。そうこうしてるうちにガチャりと引き戸が開き、熱くて湿度の高い空気が流れこんできた。一足先に春野が浴室に入って俺を待っている。俺も小さくため息をつきながらタイルの床に足を下ろす。


「お風呂催眠ね——」


 そう呟きながら浴室を見回す。いたって一般的な戸建てのお風呂といった様子だ。棚に置かれているボディーソープにシャンプー、リンスまではわかるとして他は何に使うんだろう?


「別にバスタブが外にあったりお湯がゼリー状だったりはしないんだな」

「ん?なにか言いましたか先輩?」

「いや、こっちの話」


 そう答えると春野は少し首を傾げた後にんまりと笑って言った。


「といいますか先輩……もう全開なんですね、エッチ」

「仕方ないだろお互いに裸なんだぞ!!」


 俺の叫び声が風呂場に反響した。努めて意識しないようにしていたが、目の前には春野が一糸纏わぬ姿で立っていて、なんなら脱衣所に入った時点から俺は立ちっぱなしだった。


「仕方なくなんかないですよ〜。先輩がエッチなことばっかり考えてるせいです。先輩のエッチ、変態」

「そういうこと言ってると我慢するのやめるぞ」


 いたずらな笑みを浮かべる春野にすごむ。


「それは困りますね。先輩に襲われる前にちゃんとお風呂に入らないと」


 そう言って春野が手でバスタブを指し示した。


「さ、先輩どうぞ」

「ん?どうして俺が先に?」

「だって、私が先に入ってたら先輩が入れないじゃないですか」


 まあ、たしかにこのバスタブは高校生2人が入るには少し小さいけど。


「じゃあ、失礼して」


 そう言って俺は右足からバスタブに入る。特別熱すぎるということはなく、むしろぬるいくらいだ。そういうドッキリの可能性も考えたのだけれど、杞憂だったみたいだ。


「では、私も」


 そう言って春野もバスタブを跨ぐ。ん?2人で入るには小さいのだけれど?


「よいしょ」


 春野は俺のふとももの上に腰を下ろして身体をもたれかけさせた。


「!?!?」

「ふふっ、先輩。『一緒にお風呂入ってたら、間違えて挿入っちゃった』って漫画の広告ちょっと前に流行りましたよね」


 知らない。というかそんな余裕はない。春野の柔らかくて丸いお尻が体にぎゅうぎゅうと押し付けられているのだから。


「あれれ〜?先輩どうしたんですか、黙り込んじゃって」


 そういいながら春野は左右に腰をふる。


「〜〜〜!?」


 それから春野は俺の上で振り返った。今度は胸が直接押し当てられる。


「!?!?」

「ふふふ、気持ちいいの必死で我慢してる先輩可愛いです。久しぶりに見ました」


 そう言って笑うと春野は、身体を擦り付けるようにして口を耳元に寄せた。


「辛いかもしれませんが、せっかく湯船に入ったんですし10秒は我慢してください。私が数えてあげますから」


 春野が息を吸い込むのが聞こえる。そして


「じゅう、きゅう、はち、なな」


 耳に息を吹きかけるようなカウントダウンが始まった。ゾクゾク、バクバクする。まずい、こんな状態でカウントダウンなんてされたら。


「ろく、ごう、よん、さん、にい」


 目をきゅっとつむってゼロにそなえる。


「いち!」


 そう言って春野はざぱっと立ち上がった。そのままバスタブをでて、椅子に腰を下ろした。


「へ?」

「先輩なにしてるんですか?もう10秒経ちましたよ。私、先輩とお風呂に入ったらやってもらいたいことがあったんですよね〜」

「あ、ああ。なに?」


 無事にやり過ごした安堵と肩透かしを食らった困惑で頭をふらふらさせながら俺もバスタブから出る。風呂から俺がでたところで、春野が俺にシャンプーボトルを手渡した。


「さあ、先輩。私にシャンプーしてください」

「え?」


 真っ当すぎる要求に虚をつかれた。なんかこう、すごくエッチな要求が来るかと思っていたのだけど。


「む。納得いかないって顔ですね?髪は女の子の命ですから。それを任せてもらえるなんて光栄に思ってください」


 なるほど、わかったようなわからないような。とにかく、ボトルのポンプを押してシャンプーを手に取る。微かにフローラルな香りがする。


「じゃあ、やるよ」


 両手でシャンプーを泡だてて、つむじのあたりから泡を置いてゆく。爪を立てないように指の腹で。自分でやるときの3倍丁寧に。


「んっ、あっ」


 春野が艶めいた声を漏らす。おいおい頭洗ってるだけだぞ。


「目、閉じててね」

「うん……」


 鏡に映る春野の顔が蕩けている。


「どこか痒いところはない?」


 ひととおり洗い終わって俺は、春野に決まり文句で声をかけた。


「あ、うん。えーっとね、うなじの辺りがかゆい」


 その言葉に少し目を丸くする。このセリフに具体的はかゆいところが返ってくるパターンがあるとは知らなかった。まあ、かゆいんなら仕方がない。春野が俯いて伸びたうなじの、生え際の辺りをシャコシャコシャコと洗う。


「ぁ……気持ちいい……」


 おもわずといった風に春野が呟く。その声が色っぽくて、心臓がどきりと縮むのを感じる。


「他は?」

「大丈夫です」


 それを聞いて俺は、シャワーで泡を洗い流した。名残惜しく感じているのはたぶん春野もだろう。俺は春野の耳元でささやいた。


「おまけで身体も洗ってあげるね」


 ——


 春野のベッドに仰向けで倒れ込んだ。風呂ってものは疲れを取るために入るものだと思っていたのだけれど、こんなに疲れるとは。あのあと、ボディーソープを手に取って春野の身体を抱きしめるようにして洗ったところまではよかったのだけれど、終わった後の攻守交代フェイズが辛かった。控えめに言っても暴発寸前だった。


「とう」


 そんな俺の上に春野がうつ伏せで乗っかる。


「どうですか先輩、お風呂上がりの私は。温かくて、柔らかくて、いい匂いがしますよね」


 その言葉に、俺は春野の背中に手を回しながら鼻から息を吸った。同じシャンプーを使ったはずなのに、確かに春野には甘いミルクのような匂いが混ざっていた。


「ほんとうだ」

「あの、先輩。もうベッドの上なので、我慢しなくてもいいんですよ?」


 はずかしそうに顔を俺の胸に埋めながら春野が言った。


「うん。でも、せっかくお風呂に入ったのにすぐドロドロになったらもったいないから、もう少しだけこのままでいよう」


 そう言って俺は春野の背中を撫でた。春野が気持ち良さそうに目を細める。


「わかりました。その間に催眠を解いちゃいますね。」

「え?」

 

 催 眠 ?

 春野の手が俺の右耳に伸びて、鋭い音で指パッチンが響く。


「あぁあぁあああぁあああっ!!」


 俺は真っ赤になって叫んだ。なに当然みたいに春野と一緒に風呂に入ってんだ俺!?


「こうでもしないと、先輩恥ずかしがって一緒にお風呂に入ってくれませんでしたから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る