第21話 後輩ちゃんたちと海
熱い夏の日差しが水面に反射して、
「海だー!!」
飛び跳ねながら春野がはしゃいでいる。
「…………」
もう1人の後輩、皐月は対照的に不満げに頬を膨らませていた。
「あの、先輩。なぜ私も誘ったんです?」
「なぜって、そっちの方が春野が楽しいだろうから」
皐月は、眉間にしわを寄せながら俺を見上げるように睨んだ。
「先輩、私にとって先輩は『敵』だということを忘れていませんか?」
「そりゃこっちも同じさ。非がこっちにあるってのを認めただけで、別に許したわけじゃないからなこの女狐」
「皐月〜!早くはやく!」
ふたりの間で高まっていく緊張感を春野が遮る。
「うん。行こう春野」
一瞬で表情を緩めた皐月が歩き出す。俺はふうっとため息をついてふたりについて行った。すると皐月が凍てつくような視線で振り返って言った。
「なんで先輩ついて来てるんですか?」
「なんでっ!?」
誘ったの俺なのに
「なんでって……男子更衣室はあっちですよ?先輩。」
**
1、2、3、4……手持ち無沙汰を紛らわすためにアキレス腱を伸ばして準備運動する。
「せんぱーい!お待たせしました!」
その声に振り返る。ただでさえ眩しい夏の日差しがさらに強くなったように思えた。春野が手首まで隠れる大きな袖を振って、大きく手を振っている。腰まで覆った白のパーカーの下からは、白くてすらっとした生脚が伸びている。パーカーの下には水着を着ているのだろうけど、なんとなく危ない格好のようにも見えた。
「おっ?先輩、私にだけ見惚れてますね?いいですよ〜皐月もこんなに可愛いのに。正しい反応です」
「バカ言ってないで水飲んで」
背筋をくねらせてセクシーポーズ(たぶん)をとってはしゃぐ春野に皐月がスポーツドリンクを押し付ける。春野に言われて、初めて意識が皐月に向いた。オフショルスタイルのビキニ。フレアデザインの白いブラ、紺のパンツには大きめのボタニカルプリントが入っている。普段の姿からするとずいぶん華やかな装いだった。
「たしかに可愛いな」
俺がそういうと皐月は自分の身体を庇うように抱いて冷たい視線を浴びせた。
「何見てるんですか。訴えますよ?」
「褒めたんですけどぉ!?」
反論する俺の手を春野がぎゅっと握る。
「だめです、ギルティです。罰として先輩は、砂埋めの刑です」
砂埋めの刑?ああ、なんか漫画とかでよく見る奴だ。海水浴の定番ではあるか。
「それいいね。やっちゃおう」
「はいはい先輩、横になってくださいね〜」
両側から押さえ込まれて、俺はなす術もなく熱い砂浜に倒される。いや?例え2人がかりだとしても男は負けないが?ふたりが楽しそうだからあえて乗ってやっただけだが?
「先輩はリラックスしててください」
そう言ってふたりで俺をスコップで埋める。いや、どこから湧いたんだそのスコップ。
「顔までは埋めないんで安心してください」
「右手に力を入れて、ぎゅー。力を抜いて、だらーん」
みるみるうちに身体が埋まっていく。
「「完成!」」
俺の身体の上空でふたりがハイタッチした。
「先輩、せっかくですんで胸を盛っておいてあげますね」
そう言いながら皐月が俺の胸に砂山を作っていく。
「くびれもつくっちゃいますか」
春野は脇腹の砂を棒倒しのように削っていく。
「まあ、こんなもんですかね」
「どうですか?ナイスバディになった感想は」
ふたりが頭の横で言った。皐月は仁王立ちで軽蔑の混ざった視線を降らせていて、春野はしゃがみ込んで楽しそうに俺の顔を覗き込んでいた。
「その……」
これを言ったら大変になるだろうということは十分予想できたが、衝撃が大きすぎて思わず口を突いて出た。
「アングルがやばい」
地に倒されて見上げる景色は、白いふとももの先にある2つの黄金の
一拍の沈黙。
「「先輩の変態!!」」
皐月の足が目に降ってきた。
「目ガァッ!!」
「立てっ!今すぐ立て!!」
言われなくても立つ、というか立たないと命の危険を感じる。急いで身体を起こそうとするが、身体が重くて動かない。変だな、それほどの量の砂ではないはず……
「詩音お前どさくさに紛れて催眠かけたな!!」
「海だーー!!」
詩音はそう叫びながら海岸線へ駆けていく。
「まてコラ!……くそっ!」
皐月の追撃を耐えながら、なんとか自己暗示で上書きして身体を起こす。
「ふう、ひどい目にあった」
「先輩」
そんな俺に目線を合わせるように皐月がしゃがむ。
「あぁん?」
俺が睨むと皐月はジト目を返した。
「先輩、詩音がパーカーを脱がないのって、先輩の催眠のせいですね?」
その言葉に俺は目を丸くした。それから波打ち際で波と戯れる詩音を見遣って答えた。
「大事な彼女の水着姿を、やすやす見せてやるわけにもいかないからな」
「保護欲なのか、独占欲なのか……」
皐月は呆れたようにため息をつく。
「先輩の気持ちも分かりますけど、春野は泳ぎたいんじゃないかと思いますよ。……せっかく海に来たんですし、ね?」
「……やっぱりお前を呼んで正解だったよ」
砂を払って立ち上がり、春野の方へ向かう。皐月も一緒に。
「おーい、春野」
手を叩きながら呼びかける。春野がこちらを向く。
「そろそろ泳ごうか。パーカー預かるよ」
催眠が解けた春野に手を伸ばす。
「そうですね。これ結構暑いですし」
そう言って春野はパーカーのファスナーを下ろし、パーカーを脱ぎ捨てた。黒一色で、細身のビキニが露わになる。すらっとした体型と熱い夏の日差しにそれは良く映えて。
「鼻血がっ!」
口元を手で押さえた。
皐月が。
「いやおかしいだろ!?」
「なんで先輩じゃなくて皐月が!?」
ふたりで驚いていると、皐月の身体が大きく傾いて——
——眩しい。真っ暗な中から意識が浮かび上がる。
「あ!気がついた」
ビーチパラソルの陰。声が上から降ってくる。目を開けると、2つの山越しに春野の顔が見えた。
「春野?」
「まだ身体を起こすな。……熱中症みたいだな。他人の心配ばかりして自分が水飲まないからだ」
そう言って先輩がスポーツドリンクを握らせる。その時初めて私は自分が春野に膝枕されていることに気づいた。私は恥ずかしさ8割に少し嬉しさも混ざった感情で、身体を仰向けから横向きにして春野のふとももに頬ずりした。
「どうだ。羨ましかろう」
「もっと言うことがあるんじゃないか?」
「……ごめんなさい。ありがとうございます」
我ながらしおらしく言った。春野が言う。
「先輩、あんまりやきもち妬かないでください。その……先輩にはふたりきりの時にたっぷりしてあげますから」
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