第16話 脱衣催眠2

「おはようございます。先輩」


 いつもの後輩の部屋。けれど、後輩の姿はいつも通りではなかった。


「というか、早いですね。約束の時間の2時間前っていうのは早すぎないですか」


 空色のワンピースに透け感のある白いカーディガンを羽織っている。いつもよりも、まつ毛が長い。休日のデートということで、おしゃれをしてくれたのだろう。端的に言うと、可愛かった。


「それで、もう出ますか?私はいつでも出発できますが」


 俺はその言葉に、無言で後輩のベッドに入って、隣をポンポンと叩いた。後輩は、困ったように眉を下げながらへにゃっと笑った。


「もう、先輩は仕方がないですね。でも、ちょっとイチャイチャするだけですからね。着崩れても困りますから」


 そう言いながらいそいそと布団をかぶる。それから俺の方を向いて目をつぶって唇を突き出した。


「すげえ可愛いよ、詩音」


 ——


 パァン。暖かな闇の中に手を叩く音が響いた。ゆっくりと目を開けると、目の前に先輩の顔があった。何をしていたんだっけ?先輩の視線を辿ると、私の胸に行き着いた。服を着ている私の胸に。


「先輩のえっち。あんまりまじまじと見ないでください。いくら恋人同士とはいえ、服を着てるところをそんなに見られたら恥ずかしいです」


 そう言いながら先輩に背中を向ける。まったく、ちょっとイチャイチャするだけって言ったのにこうなるんだもんな。それを聞いた先輩は笑うような咳込むような声を出して身体を起こした。


「さて、そろそろいい時間だし出るか」


 そういって私の体をまたいでベッドを降りた。


「ちょ、ちょっと待ってください!私、服を脱がないと!!」


 掛け布団で胸を隠しながら身体を起こす。それを聞いた先輩は、膝を立てて私に視線を合わせながら言った。


「これから出かけるんだから服を脱いじゃダメだろ」

「へ?」


 何を言っているんだこの人は。


「なあ、詩音。『常識置換』の催眠を覚えてるか?」

「はい?ええ。あんな無茶苦茶なの忘れるわけないじゃないですか。確か『服を着ている』と『裸』に対する認識を入れ替えて——」


 そこまで言って、私は目を丸くした。先輩は、我が意を得たりとばかりにうなずいた。


「そう。今日も詩音にそれをかけた」

「……何故です?禁止だって言ったんですけど」

「恥ずかしがる詩音が可愛いから!」


 先輩は底抜けにあっけらかんと言った。


「先輩のバカ!!」


 そんなの可愛いって言われても全然嬉しく……ちょっとしか嬉しくない!


「さあ、行くぞ」


 そう言って先輩が私の手を引っ張った。



「頭が沸騰しそう……」


 先輩の腕にしがみつきながら歩く。そうでもしないと、恥ずかしすぎて真っ直ぐ歩けないからだ。世界中の視線が私に向いているような気がする。けれど実際に見てみるとほとんどの人はこっちなんて見ていなかった。こんなに恥ずかしい格好をしているのにそれは違和感が大きくて、すれ違った人全員に先輩が『外を出歩くときは服を着ているのが普通』と催眠をかけたのだと言われた方がまだ納得がいくくらいだ。


 着いたのは映画館だ。


「ドリンクだけ頼もうか。別にケチってるわけじゃないぞ?このあとパンケーキ食べる予定だもんな。お腹は取っておかないと」


 そう言って先輩がメニューを選ぶように促すけれど、私はそれどころじゃない。顔を伏せたまま適当に指差して選んだ。


「先輩、少しお手洗いに行ってきます」


 開場時間になり、シアターへのエスカレーターを登ったとこで私は言った。先輩がうなずくのを確認して、そそくさとトイレへ駆け込む。個室のドアをバタンと閉めて、私は大きなため息をついた。トイレの中なら、服を着ていても平気だ。


「こんなの、おかしくなるよ…」


 恥ずかしい姿のまま街を歩かされているうちに、身体の芯がエッチな熱を帯びていることに私は気づいていた。このままじゃ、私は変なことに目覚めちゃう。何か、せめて何か一枚でも脱げないか。


「そうだ」


 私はスカートをめくりあげて、パンツを脱いだ。


「もうぐしょぐしょになってるじゃん」


 適当なビニール袋に入れてバッグにしまい、トイレから立つ。まだ恥ずかしいが、ノーパンになって幾分かマシだ。


「すみません。お待たせしました、先輩」


 チケットに書かれた席に向かうと、先に行った先輩が座っていた。私のコーラもドリンクホルダーにセットされている。幸いにして映画館は暗くてほかの人の視線もない。だからといって恥ずかしくないわけではないけれど。


 映画が終わる。他のお客さんが出終わるまで私は席を立たなかった。


「そろそろ行こう?」


 そう言って立った先輩の裾を掴む。


「先輩……もう限界です」


 そして我が家。私の部屋。この後のカフェに行く予定を切り上げて帰ってきた。


「まったく、先輩のせいでデートが台無しです。映画の内容は全然頭に入ってこなかったし、パンケーキは食べそびれるし」


 私は頬を膨らませながらカーディガンとワンピースを脱ぎ捨てる。ブラも。先輩はローテーブルの前に座って笑った。


「俺は楽しかったけどな。詩音が恥ずかしがってるところたっぷり見られたし」

「やり直しを要求します!来週こそ真面目にデートしてください!」


 そう言って私は先輩の膝の上に座った。


「それで、先輩……こんなにエッチなことさせておいて、これからどうなるのかくらい分かってますよね?」


 私は先輩の首に手を回して唇を寄せる。


「待って。その前に催眠を解くよ」


 そう言って先輩は私の左耳に手を寄せて、指パッチンをした。催眠が解ける。狂っていたものが戻る。


「せめて脱ぐ前に解いてください!!」


 私は真っ赤になった。




「で、さっきパンツは履いてなかったみたいだけど……いつから?」

「先輩の……バカッ!!!!」

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