番外編 催眠後輩ちゃんと先輩
ある高名な魔法使いは言った。
「恋と戦争ではすべてが許される」
だから、私のこれだって誰も責められはしないのだ。
私は春野詩音。催眠術が趣味の、普通の女子高生だ。目の前で座って、うつらうつらしているのが柊木先輩。ここは先輩の部屋だ。
パチン
手を叩くと先輩の意識が戻る。ゆっくりと顔を上げた先輩は、私の姿を見て目を丸くしてのけぞった。
「ふ、古川先輩!?なんで俺の部屋に!?」
私はふんわりと、出来る限りふんわりと笑って答えた。
「柊木くん、テストがんばったんだってね。だから、今日はそのごほうび」
——
「先輩!テストお疲れ様でした。今日はそんな先輩に、とっておきの催眠をかけてあげましょう」
「とっておきの催眠ってなんだよ……」
テストの打ち上げと称して先輩の家に押しかけた私を、先輩は胡散臭そうににらむ。けれどため息をひとつ吐いて、先輩は私の前に座った。なんのかんのといいながら、先輩は付き合ってくれるのだ。
「ほら、やってみな」
——
私が頭を撫でると、先輩は馬鹿みたいに口を開けたまま震えていた。
「ねえ、何かしてほしいことある?ごほうびだもん、なんでもしてあげるよ」
古川先輩は、先輩の憧れの女性だ。私も何度か会ったことがある。緩くウェーブがかかったロングヘアと少し垂れ目な大きな目、そして、大きな胸が印象的な女の人だった。
「じゃ、じゃあ、ひざまくらとか、して欲しい、です……」
真っ赤になって縮こまりながら先輩は言った。ひざまくら、だってさ。スケベめ。
「いいよ。ほら、おいで」
私は口に手を当てながら笑ってから、ふとももをぽんぽんと叩いて先輩が膝に頭を乗せるように促した。自分で言っておきながら、先輩はひどく恐縮した様子でおずおずと私の膝に頭を乗せた。
「そんなにかたくならなくていいよ。リラックスして」
私は先輩の髪をかきあげるように頭を撫でて言った。割と毛が太いから、チクチクする。髪に隠れていた耳が露わになる。真っ赤だ。
「いつも君が頑張ってること、わたしはしってるよ。えらい、えらい」
私が撫でると、先輩は小さく震える。なんだか、犬みたいだ。チワワとか。そんなことを考えながら、肩から首まで撫でる。少し手持ち無沙汰だな。先輩がひざまくらして欲しいって知ってたら、耳かきでも持って来たのに。
「ね。こんどはこっちむこうか。はい、ごろーん」
私の促す声に合わせて、先輩が体を転がす。幼稚園児かな?先輩の顔が見える。懸命に表情を保とうとしているけど、口角が上がるのを抑えきれていない。なんともしまりの無い顔をしちゃってまあ。
「わたしのふともも、気持ちいい?」
「はい……」
絞り出すような声で先輩は答えた。私は笑って、自分のワイシャツのボタンに手をかける。プチン、プチン。
「私の彼氏になってくれたら、毎日でも膝枕してあげるのにな」
先輩の耳元で囁く。
「え?」
見上げた先輩の目が大きく見開かれる。その時にはもう、私のボタンは全部外れていた。
「古川先輩!?なななななな、何やってるんですか!!?」
超低軌道で飛び退いて先輩は言った。両手で顔を覆っているが、指の隙間から見ているあたりちゃっかりしている。私は、ワイシャツを足元に落とした。ブラもその後を追った。こんな胸も、今の先輩にはたわわな美乳に見えているはずだ。
「柊木くん、大好き。ずっと好きだったんだよ」
私は先輩を抱きしめながら囁いた。ズキン、と胸が痛む。ああ、こんな時ならこの言葉がすんなり出てくるのに。まあ、これは先輩にも悪い話ではないだろう。先輩は、催眠術でとはいえ憧れの古川先輩とエッチできる。私は、先輩との既成事実を手に入れる。
先輩はなんだかんだ言って真面目な人だ。女の子を傷物にしておいて責任を取らないようなことはしない。私はそう確信していた。
「ねぇ、柊木くん。えっち、しよう?」
熱い吐息を耳にかけながら私は言った。先輩は顔を覆っていた手を私の両肩にかけて言った。
「ごめんなさい。できません」
そう言って先輩は私の体を引き剥がした。少し意外だけど、想定の範囲内だ。先輩はスケベだけど、真面目だから。
「大丈夫だよ。ちゃんと準備してきたから」
そう言って私はミニスカートを脱ぐ。先輩がビクーンと飛び上がり、目を背ける。そんな様子を横目に見ながら、私はスカートのポケットから、小さな小包装の袋を取り出した。今日のために買っておいたコンドームだ。
「えへへ」
口元を隠しながら笑う。
「そういうことじゃなくて!」
先輩が顔を真っ赤にしながら叫んだ。私はショックを受けていた。ここまでしたのに、こんなことまでしたのに先輩はしてくれないのか。それは、私が本当は古川先輩じゃないから?
「じゃあ、どうして?」
ぎゅっと手を握りしめて、うつむきながら私は言った。
「その……好きな子がいるんです」
…………は?古川先輩じゃなくて、他に?
「だ、誰ですか」
それを聞いた先輩は少し目を丸くしてから、柔らかく微笑んで言った。
「古川先輩も会ったことありましたっけ?後輩の、春野って子です」
それから人差し指を口にあて、“内緒”のジェスチャーをする。
「本人には言わないで下さいよ?どんないじられ方するかわかったもんじゃないんで」
「春野さん、知ってるわ」
本人ですし
「わ、私よりその子が好きなの?その子は私より優しいの?」
「そんなことはないですけど、その分俺が優しくなればいいんですよ」
「わがままで振り回されてばかりじゃない?」
「振り回されるのも好きなんです」
「胸も私よりずっと小さいのに?」
「……女性を胸で選ぶような男だと先輩に思われてたとしたら、かなりショックなんですが」
そう暗い声で言ったあと、先輩は慌てて言った。
「や!先輩の胸は魅力的ですよ!男子全員の憧れだと思います!!」
「…………バカ」
もう、いろいろごちゃまぜでとりあえず顔も身体も熱い。
「俺の知る限り、先輩は世界で一番完璧な女性です。でも、俺が世界で一番好きなのは春野なんです」
そして、先輩は深々と頭を下げた。
「だから、すごく嬉しいですが先輩の思いには応えられません!ごめんなさい」
「もう分かりましたから、その恥ずかしい口を閉じてください。先輩」
私は先輩の耳元に右手を近づけた。
「へ?」
先輩が顔を上げる。指パッチン。催眠が解ける。
「っ〜〜〜〜!?!?」
先輩は、飛び上がりながら両手で口を塞いで声にならない悲鳴を上げた。
「よいしょ」
私は、緩慢な動作で先輩のベッドに潜り込んだ。先輩の匂いだ。
「お、おい春野?」
「何してるんですか?世界で一番好きな女の子が、裸でベッドで先輩を待ってますよ」
私は笑いを堪えながら言った。先輩は真っ赤になってうずくまった。
「穴があったら入りたいんだが……」
「それはちょうどよかったですね。いいですよ」
「…………馬鹿野郎!!」
「それで、春野」
「春野じゃなくて詩音ですよ、先輩」
先輩に腕枕されながら私は言った。
「……詩音、お願いがあるんだけど」
「いいですよ。どうせエッチなお願いなんでしょ?」
「なんでそうなる!……その、さっきの『いいこいいこ』を催眠なしでやって欲しい、なぁって……」
意外性のあるその言葉に私は吹き出しそうになるのを堪えた。
「いいですよ」
そう言って私は先輩の腕の上に脇腹を乗せるようにして、先輩の頭に腕を伸ばした。
「先輩くん。いい子、いい子です」
すると先輩は、私をむぎゅっと抱き寄せた。先輩の顔が私の胸に沈み込む。
「くそっ!こんなの……!」
そう言いながら先輩は私に抱きついて頬ずりをしていた。口では何と言っていても身体は正直というやつですね、先輩。
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