なんでもヤンデレさんが物騒な魔女に進化したそうで

 ラグの上に友達が来たとき用の座布団を置き、『祝福の魔女』を座らせる。お茶でも出した方がいいかと思ったが、こんな時間だし勝手に押し掛けたのに申し訳ないとそれは彼女に固辞された。

 ちらりと見た壁掛け時計の時刻は午前三時半。明日が学校でなくてよかったとしみじみ思う。

 テーブルを挟んで『祝福の魔女』の向かいに座り、私は見た夢の内容を洗いざらい話した。あの男の首に犬のリードが引っ掛かって死亡という謎すぎる一連の流れにツッコミが入るかと思ったが、リアル美魔女はその美しい顔を険しいものにして私の話を聞いていた。

 全て話し終わった私は、懐中時計を『祝福の魔女』に見せる。そこに綴られた文字を見た彼女は表情を一層厳しく引き締めた。


「明後日……いえ、日付が変わっているからもう明日ね。良かった、間一髪だったわ。まったく、あの小娘も馬鹿なことしてくれたわね」

「あの小娘?」

「あなたより少し先に生まれた魔女よ。祝福はしていないから正式な魔女ではないし、魔力の質も単純だから私達のような称号持ちでもないけれど、本名が掴めていないから私たちは暫定的に『怨嗟の魔女』と呼んでいるわ」


 ……色々と訊きたいことはあるが、とりあえず。


「随分と物騒な名前ですね」

「その通り、物騒な魔女よ。自分を振った相手に死の呪いをかけてしまうような、ね」


 唖然となった私に、『祝福の魔女』はさもありなんと言った風に肩を竦める。


「歳はあなたと同じくらいかしらね、学生ということは判明しているわ。今時の肉食女子にも恐ろしいのがいるのね、思い込みの激しいナルシストタイプというか……過激お花畑というか……一方的ヤンデレ? 今の子がああいうのをどう表現してるのかはわからないけど、まあそんな感じの子みたい。ライバルを蹴落として外堀もいくらか埋めて、いざ告白したら見事に振られたそうよ」

「……はぁ」

「まあそれだけするんだから想いは強かったんでしょうね。可愛さ余って憎さ百倍みたいな感じで、生まれた狂おしいほどの嫉妬や憎悪の感情が自分の中の魔女の才を呼び起こして、呪いをかけるに至ったと。推測も含まれているけれど、連盟の調査にはそう記してあったわ」

「ちょっと待ってください。魔女の才を呼び起こすって、どういうことですか? 私、あの男のことは、……嫌い、ですけど、そのせいで魔女になるんならもっと前になってるはずじゃ」

「嫌い、って程度じゃ魔女にはならないわ。正確にはなれない。まず魔女の前提条件から説明ね」


 『祝福の魔女』によると、魔女には三つのパターンがあるという。一つは生まれながらにして魔力を持ち、寿命も一般人より遥かに長い先天性。これはそもそもヒトではなく、魔女という進化の系統樹から外れた別個の種族らしい。体のつくりは人間とそう変わらないとか。

 魔女は当然ながら女しかいないため、子孫を残すため、また異性と愛し合うためにはつくりの似た人間の男が必要となってくる。という訳で太古の昔から人間と魔女の交わりは続き、現在世界にいる人間は約八割が魔女との混血という状態になった。これ、数年前に連盟がちゃんと統計をとったらしい。

 昔は先天性魔女の子から先天性魔女が生まれもしたが、無論男児――男は魔力を持ちながらもそれを使うための回路がないらしい――を生むこともあり、人間と魔女の数の比もあり、現代ではほとんどの女が魔女を先祖に持つただの人間だそうだ。


「まあ、うっすらと魔力の名残みたいなのは残ってるんだけどね。それは丑の刻参りみたいに道具を用いて他者を軽く呪うだけしかできないから、魔力じゃなくて呪力って呼ばれてるの」

「軽く呪うって……」

「今回みたいな人の生死に関わるような呪いはできないってこと。せいぜいが四肢全てを複雑骨折させるくらいじゃないかしら」


 軽いのか、それ。


「ともかくそうやって今の人間がある訳なんだけど、ごく稀に例外があってね。それが残り二つ、後天性自己型と後天性触発型と呼ばれる魔女よ」


 後天性の魔女は、ベースが人間なので寿命はヒトと変わらない。二種類の魔女を隔てるのは魔女のなり方、その一点だ。

 後天性自己型は自らの強い感情によって呪力を活性化させ、魔力にすることで魔女になる。一方触発型は近く親しいものが受けた強力な呪いの影響で呪力が刺激され活性化し、魔力となって魔女になるそうだ。分類上『怨嗟の魔女』とやらは前者にあたる。

 後天性自己型で魔女になる際の強い力というのは、種類を問わないがとにかく気が狂いそうなほど激烈な感情の発露でないといけないらしい。憎い誰かを殺したい、使命を成し遂げたい、愛しい者を救いたい――そんな激流を受けて、呪力が魔力となるのだと。なるほど、確かにさしたる激しさもない私の「嫌い」では無理というものだ。

 まあ今回は一気に来たけど、本来なら狂わんばかりの激情にしても強力な呪いにしても絶対数が少ないから、魔女になるのは相当なレアケースなのよ。そう言って『祝福の魔女』は苦笑する。


「あなたは間違いなく触発型ね。彼にかけられた呪いが影響して、あなたの呪力が活性化された。触発型は得てして呪いをかけられた人物を救うための力であることが多いわ。だからこそあなたは未来を夢に見る、『夢見の魔女』になったのでしょうね」

「……なんで私が……」


 大嫌い、なのに。


「理由は様々あるけれど……例えば呪いと接触していた時間の長さとか明確なものもあれば、目に見えない繋がりといったものもある。呪われた当人の意思が絡んでいたりもするし、一概には言えない……というかわからないわ」

「……そう、ですか」

「ただ、あなたの予知夢のように時間に干渉する能力を持つ魔女というのは滅多に生まれない。時間を含めた自然の法則や概念に介入できる魔女はあなたの『夢見』や私の『祝福』のように固有名を与えられて称号付きと呼ばれるのだけれど……そうね、今の割合としては後天性の魔女千人に対して一人いるかいないかくらい。とても複雑で底無しに近い魔力が必要になるから、呪いと関わったからといってぽんと容易くなれるものではないの」

「え?」

「膨大な魔力を魔術として扱うために必要なのは、具体的なイメージを構築する想像力と、そのための幅広い事象のストック。呪いの影響を受け呪力が活性化する過程でもその二つは重要になってくるわ。扱いきれない魔力になっても困るもの、想像力は魔力の受け皿の大きさ、ストックの多さはそのまま魔力の複雑さに比例するのよ。……あなたには、十分すぎるほどそれらがあったのでしょうね」


 壁一面丸々使って設けられた本棚に目を遣って、彼女は優しく笑む。可動式の梯子付きの本棚壁は、このマンションに引っ越す時に両親がサプライズで注文してくれていたものだ。初めて見たときは嬉しさのあまり言葉が出なかったのを覚えている。


 ……本があったから、あの男と知り合って。本があったから、あの男を救う力を持つ魔女になって。

 今この瞬間も本が好きな気持ちに変わりはないけれど、何の皮肉かと思ってしまう。


 棚の一角、同じ装丁のハードカバーの並びが目に写って、急に胸が詰まった私は睫毛を伏せた。


「とにかくあなたは、彼を救う力を得た。それをどう使うかはあなた次第よ」

「……はい」

「呪いをかけた『怨嗟の魔女』は、連盟が捕縛しようと行方を追っている最中なの。想像力は相当に逞しかったみたいで魔力の量だけはとてつもなくて、おそらく半ば無意識の内に自分自信の痕跡と呪いをカムフラージュしていてね。魔女になるまでの……さっきあなたに語った顛末まではうちの魔女が辿ることができたのだけれど、そこから魔力が膨れ上がって……。振った相手は見えなかったと言っていたから、あなたがいなかったら呪いの被害者の特定さえ難しかったわ。本当にありがとう」


 ふるふると首を横に振った私の頭に、慈愛に満ちた表情で『祝福の魔女』は手を置いた。またよしよしと撫でてくる。


「あなたの魔力は『怨嗟の魔女』の呪いの影響を受けているから、全容はわからないにしろ私にもそのややこしさが少し感じ取れる。『怨嗟の魔女』が解呪すれば一発で終わるのだけれど、聞いた限りの性格では自ら解くことはまずないでしょう。彼を結界か何かで保護できるよう私達も努めるけれど……あまり大っぴらに動いて『怨嗟の魔女』に勘づかれるといけないから、捕えるまでは死の直接的、間接的な原因を取り除く対処療法でしのぐのが最善策ね」

「……はい」

「今日のように夢の内容を伝えてくれたら、私達も動ける。……でも、無理を、身勝手を承知で言うけれど、できればあなたに動いてほしいと、私達は思っているの」

「私に……?」

「彼の死の状況をその前後から細部までそのまま夢に見て感じ取っているあなたが、一番彼の死を回避させられる可能性が高いから。伝言だと言語化の過程で必ず情報量が落ちてしまうから、どうしたってあなたより正確に状況を把握することができないの。そして、欠落した情報が回避に不必要なことだとは限らない――」


 でも、強制はしない。あなたもある意味では呪いに巻き込まれた被害者だから。


「お願い。あなたのできる限りで、どうか、彼を助けてあげて」


 鮮やかな紅とはどこかミスマッチな、物柔らかな声音。時間の余裕なんてそうないだろうに、急に言われたって戸惑うわよね、ゆっくり考えてみてと彼女は言う。確かに私を被害者と認識しているのだろう。

 頷いた私に一通りの魔術の使い方を教えて、ついでにメッセージアプリで連絡先も登録して、彼女は私の部屋を去っていった。窓から、乗るところにふかふかのクッションを巻いた箒に乗って。

 ……そういえばどうやって入って来たか訊くの忘れた。

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