第五部、回向について語る

 兜率天宮で、金剛幡菩薩がたずねた。

「一切衆生を救済したいと大願していた菩薩魔訶薩の回向とは何であろう。」


 菩薩魔訶薩の回向のひとつ目は、一切衆生を支援しているが、衆生の待遇から離れたる回向である。

 菩薩魔訶薩は、忍辱(にんにく。ひたすら耐えている人)であったが、衆生の苦しみを除こうと決意していた。方便を衆生を導くために使おうと考えていた。怨みと親しみを平等に見ている人だった。

 菩薩魔訶薩は、一切衆生を究極の楽に導こうとしていた。

 一人の悪人がいても、あきらめずに全員を救済しようとしていた。

 しかし、善根(苦しみをなくす原因)によって衆生の苦を除こうとしても、善根の観察によって気が変わり、回向(立場を変えること)をした。

 菩薩魔訶薩は、善根の回向によって諸悪を離れ、仏の讃譚するところとなった。


 二つ目の回向は、不懐の回向である。

 菩薩魔訶薩は、壊れることのない信仰心(不懐の信)をもっていた。

 しかし、壊れることのない信仰心が壊れたのが不懐の回向である。

 菩薩魔訶薩は「一切の諸仏を供養して、火葬で残った人骨を供養して、行動(業)は幻のごとく、行動(業)の報いは雷のごとく、よく嘘(方便)を言って同業者の仲間になり、明らかに真実を見て、回向を悟り、嘘(方便)の力をもって行動を起こした。」

 これを菩薩魔訶薩の不懐の回向という。


 三つ目は、一切仏の回向である。

 菩薩魔訶薩は、過去、現在、未来の諸仏のすべての回向を学ぶ。

 これを一切仏の回向という。

 過去の仏の回向から学び、現在、未来の道者の回向から学ぶ。

 あらゆる功徳を余すところなく回向する。


 四つ目は、一切の虚ろに至る回向である。

 あらゆる仏を摂取しよう。

 あらゆる法を摂取しよう。

 あらゆる菩薩を摂取しよう。

 あらゆる仏の巧みな嘘(方便)を摂取しよう。大神力を示現するから。

 あらゆる衆生を摂取しよう。

 これが、一切の虚ろに至る回向である。


 五つ目の回向も同じようなものである。

 あらゆる善根を回向させよう。

 一切衆生をして大いなる智慧を実らせよう。

 一切衆生をして神力を得させよう。

 そんな回向である。


 願わくば、一切衆生をして善根を成就せしめよう。

 一切衆生をしてよくあらゆる諸仏に給持しまつろう。

 一切衆生の施し主となろう。

 一切衆生に慈愛を捧げよう。

 一切衆生に布施しよう。

 このような考えは、一切に従う堅固な善根回向という。


 不助の梵行、不破の梵行、不雑の梵行、無垢の梵行、不退の梵行、不壊の梵行、諸仏諸讃の梵行、無依の梵行、無所有の梵行、傾倒を離れ清浄にして三世の諸仏諸菩薩に随順して行ずるところの梵行、無礙の梵行、無取の梵行、無争の梵行、安住の梵行、無比の梵行、不動の梵行、不乱の梵行、無蓋の梵行を皆ことごとく満足する。

 己れ自身が梵行を行ずるように、一切衆生をして皆ことごとくこのもろもろの梵行に安住せしめる。

 菩薩魔訶薩の回向(立場を変えること)はこのようであった。


 仏教徒はよくこの回向を学んで、仏の説きたまう所の、菩薩の広大な殊勝の行いを成就しようと思うならば、よろしくこの回向をするがよい。

 その者たちを普賢と名付く。

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