消えた水の謎

人鳥パンダ

消えた水の謎

その日、コップの水が消えていた。


ある夏の日のこと。

「暑い、暑すぎるよ…」

いつものように嘆きながら、コップに水を注いだ。そして一気に飲み干す。その瞬間、体が、細胞が、息を吹き返したかのように感じた。この瞬間が好きだ。生きている心地がする。もう一杯と、体が求めているかのように、僕はコップに水を注いだ。すると、インターホンが鳴った。なんだろう。僕は来客を待たせぬように、急いで玄関に向かった。

玄関を開けると、

「おー!久しぶり!」

と、聞き馴染みのある声が聞こえた。一瞬戸惑ったが、それもすぐに喜びへと変わった。来客は、中学の時の同級生だった。社会人になってから、久しく会っていなかったが、親友とも呼べる存在だった。

「久しぶりじゃん!」

と言い、僕は部屋へと促した。


「広い家に住んでいるだなー」

「そんなことないよ」

「一人じゃ勿体ないくらいだ」

「余計なお世話だ」

「付き合ってる人はいるの」

「今は居ないかな」

何気ない会話が本当に楽しかった。気付けばもう日が傾いていた。空を見るとオレンジ色に変わっていた。

「じゃあ、そろそろ帰るわ」

と言い、友達は帰っていった。その瞬間、ある事に気付いた。

喉が渇いた。

ずっと何も飲まずに話し続けていたせいか、僕は喉が渇いていた。話に夢中で、気が付かなかった。それと同時に、僕は水をコップに入れていたことを思い出した。もうぬるくなっているだろうな、などと思いながら台所に向かった。すると、


コップが消えていた。


あれ、おかしいな…。僕は確かにコップに水を注いだ。記憶の片隅に、その映像が映し出された。どこだろう。僕は、コップの在り処を探す捜索を始めた。


まずは事件現場を見つけなければならない。現場はどこだ、リビング、寝室、浴槽、さらにはトイレ、家の隅々まで探したが見つからなかった。となると、残るはあと一つ。僕は思い切って玄関のドアを空けた。すると、そこには倒れて水が無くなったコップが転がっていた。事件現場を見つけた。次は犯人探しだ。


犯人はすぐに検討がついた。僕の家には僕ともう一人、いや、もう一匹の住人がいる。猫だ。僕は猫探しを始めた。しかし、それはすぐに終わってしまった。ソファで大胆に寝ていたのだ。猫探しを楽しみにしていた僕は、早く見つかってしまって少し残念だった。その気持ちが伝わったかのように、猫は目を覚ました。

「君がやったのか?」

僕は問う。しかし猫は「にゃー」と、鳴くばかりだった。それはそうだろう。そのくだりを3回ほど続けた後、僕は決断した。現行犯逮捕だ。


次の日、僕はミッションを開始した。まずはコップを用意し、それに水を注ぐ。大事なことは、いつも通りを演じ、犯人に不自然さを感じさせないことだ。だが、犯人は呑気に寝ているようだった。しかし油断はできない。そして僕はコップに水を注ぎ終え、その場から速やかに退散する。第一ミッションクリアだ。


意外にも、犯人の犯行は早かった。第一ミッションを終えてから10分後、猫が台所に現れた。僕は気づかれぬようにその姿を見ていた。そして遂に、猫がコップを咥えて、何処かへ逃走した。ただ持ち運んでいただけだが。よし、第二ミッション開始だ。


猫の後を静かに静かに追う。猫が向かった先は、玄関だった。そして猫がコップを置き、次の瞬間、猫はジャンプをして器用に玄関のドアを開けた。僕は驚きの光景を目にした。思わず「すごい…」と声が出てしまった。幸い、犯人には気付かれていない様子だった。猫はコップを咥えて、空いたドアから外に出た。


猫は何かを待っている様子だった。そして、その予想は的中した。テクテクと何かの歩く音が聴こえる。それは、小さな小さな猫だった。そしてその猫に、水をあげていたのだった。


その光景を見届け、部屋に戻り、ソファに腰掛けると、猫も戻ってきた。そして僕の膝の上で眠った。僕は猫を抱きしめ、この子をいつまでも大事にしてあげたいと思った。次第に猫は、苦しいといった様子で、腕からするりと抜けていってしまった。


コップの水は消えたが、僕の心は潤った気がした。

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消えた水の謎 人鳥パンダ @kazukaru

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