第16話ユルシてね〜☆

ユルシてね〜☆


 前書きに変えて、この書は世界初の本物の魔法使いになる為のハウツー本である。

今の時代漫画やアニメ、ライトノベル、ゲームには様々な異能力が存在する。異能力自体は前からあったが、近年は数も質も段違いに進化している。

二次元に存在する異能力を三次元……つまり現実に使えたらと誰もが思う事だろう。みんな子供時代に変身ヒーローや魔法少女やアニメキャラクターに憧れたはず。憧れを現実にする方法は学校の勉強と大差は無い。正しい知識を身につけて、正しい訓練を積めば道は開ける。


 実践的魔導書前書きより抜粋。


†††


 ただ、あなただけを待ち続けた。その日が来るのを待ち望んだ。そう、それだけが、わたしの全てだった。信じていたんだよ。


 おじさんは、地球に戻って、わたしの実家に帰った。泥魚の鱗を砕いて煎じた物を、子供の頃のわたしに飲ませた。


「あ、あれ、おじさん。おかえりなさい。」

「ユルシちゃん、目覚めたか、まだ熱はあるから、ゆっくり寝てなさい。」

「うん、そっちのお姉ちゃんは?」

「ユルシだよ、あなたと同じだよ。」

「そうなんだ。美人になれて良かった。」


 物分りの良さなのか、疑う事を知らないのか分からないけど、とりあえず納得してくれたみたいだ。


 しかし、なんで熱なんか出したんだろう?


「あら、ユルシちゃん目覚めたのね。良かった。」


 キッチンの方からお母さんが出て来た。何か目を白黒させている。よほど動揺したのだろう。


「シルシさん。今日は帰りが早いのですね。」

「アクマでもマジ!シャン!さんも良く無事に戻られましたね。」

「ユルシちゃんが熱を出した日は、帰りが遅かったですね? 何していたんですか?」

「いや、その、仕事だけど?」


 何やら雲行きが怪しい。なんだろうか?


「ユルシちゃんが熱を出した日に、魔法道具販売会社のサンタクロースから、バイオ兵器の横流しがありまして、ちょっと調べたらその横流しした人物からのタレコミで……後は言わなくても分かるんじゃないですか?」

「ちょ、わたしがユルシに何かしたって?」


 何か凄い展開になった。お母さん嘘でしょ?


「そのバイオ兵器の名は、泥天使の羽。高熱にうなされた後、七日なの晩が経つと、人体発火してしまう、恐ろしい毒です。この部屋にある。異常な羽の数は何ですか?」


 気になっていたけど、隅っこの方に、沢山羽がある。なんだろう? あれが、泥天使の羽かな?


「いや、これは、違うんだかんね? そんな毒なんかじゃ無くてただのインテリアなんだかんね?」


 その時だった。おじさんが軽く風魔法を詠唱して、羽をサラサラっと、お母さんの方に風で流した。


「きゃっ! 危な!」

「シルシさん? 危な? って何ですか? もう言い逃れ出来ませんよ?」

「う、違うんだかんね! 大体アクマでもマジ!シャン!さんが、わたしに全然靡かないから悪いんだかんね!」

「これは、ユルシちゃんは貴女の下には置いて置けませんね。知り合いに頼んで預かってもらいます。宜しいですね?」

「……」


 なんか、こんな事あったな。懐かしい。発熱じゃなかったけど、確かこんなやり取りあったわ。


「お母さん、ごめん。ユルシも、別の家に行きたい。」

「何でも良いよ。好きになさい……」


 思い出した。この後お母さん誰かに殺されるんだ……どうしよう。犯人が分からない以上手立てが無い。


「はあ、羽片付けないと。ぎゃっ!!」


 その時だった。お母さんが羽に向かった刹那。羽が小さく爆発して、お母さんが火達磨になった。

 どうしよう!?


「シルシさん!? アクマでもマジック! アイスホールド!」


 おじさんが、氷魔法を出したけど、間に合わない。お母さんは消し炭になってしまった。


「うわぁぁぁん、お母さん────!!」

「くそ、間に合わなかった!」

「お母さん、こんなの嫌だよ……」


 終わってしまった。わたしの幸せな家族はいなくなった。いや、お母さんはわたしが要らない子だったみたいだから、幸せな家族じゃなかったのかもしれない。


†††


 天獄町ハスハスショッピングモールに着いた。ゴッ殿お姉ちゃんに、子供の頃のわたしを預ける為だ。

 おじさんが、事実を説明していると、ファンサたんもやってきた。ファンサたんは、泣き止まない子供の頃のわたしに、ペットボトルのアップルジュースを差し出した。


 ファンサたんも姉貴分なんだけど、ファンサたんお姉ちゃんって呼ぶと嫌がるから、ファンサたんって呼んでる。

 ゴッ殿お姉ちゃんと、ファンサたんは、恋人同士、まあ女の子同士だけどね。


「んで? そっちの人は誰なん?」

「僕も知りたい!」

「ユルシだよ。未来から来たよ。お姉ちゃん達今の時代会うの久しぶり。」


 目を煌めかせたのは2人同時だったよ。


「え? そうなん?」

「えー、将来僕達結婚してる?」

「してるよ。」


2人ともテンション上がっている。そこにおじさんが本題をもう一度切り出す。


「天涯孤独になったユルシちゃんを預かってくれないだろうか? 勿論俺も何かあれば手を貸す。」

「しかし、シルシさん残念だったよ。友達だと思っていたのに。」

「うーん、まあ、預かるよ。責任持つからさ、5分のキョーダイの頼みを今回ばかりは無碍に出来ない。ユルシちゃんには、戦いの道が待っている事だし。」

「ユルシからもお願いします。ここで、蓮蓮家に預かって貰わないと、歴史が変わってしまう。」


 歴史が変わってしまうに反応した2人は、すんなりとユルシを預かる事に了承してくれたよ。


「なあ、キョーダイこれはでかい貸しだからな?」

「分かった。」

「シルシさんの葬儀も手配しないと。友達だったんだから、最後くらいは、きちんとお別れしなきゃ。」


†††


 灯街シルシ葬儀会場。


 葬儀は、ファンサたんが会場を確保してくれた。わたしも参列した。家族としてだと、過去を改竄する事になってしまう事に繋がりそうだから、その他大勢の内の1人として参列した。


 小さなユルシは、泣き止まなかった。心が痛かった。


 ああ、わたしってあんなに泣き虫だったんだな。


葬儀は無事に終わって、ファンサたんから呼び止められた。


「ユルシちゃん、実家残しておくけど、その、シルシさんから何か預かった物とか思い出せない?」

「預かった物ですか? 記憶に無いですけど。」

「そっか、それなら、ちょっと家捜ししてもいい?」

「どうぞ。」


 預かった物って言われても? それに、お母さんと、ファンサたんって友達にしては、歳が離れているよね?


「どんな物何ですか?」

「コップだよ。」

「それって魔法道具何ですか?」

「聖杯だよ。三日間魔法を掛けたら、頭の演算能力が上がって、頭使う系のギャンブルなら勝率100%になれる魔法のコップ。」

「それ凄いですね! しかし何で、お母さんにそのコップを?」

「シルシさんに仕事の世話したの、僕だよ?」

「え?」

「シルシさんパチプロだよ。」


 一瞬何を言われたのか分からなかった。お母さんの仕事が何か知らないままだった。今初めて聞かされた。しかし、まさか、パチプロだったなんて、でも、それはイカサマだった。


「あのコップが誰かの手に渡る訳にはいかないんだよ。」

「どんなコップですか?」

「ビーカーだよ。コーヒー用のビーカー。見た目は普通なんだけど、魔力に反応するから直ぐ分かるよ。」

「そのビーカーの名前とかありますか?」

「そのビーカーの名前は、ユルシレベルアップ。ユルシちゃんが受け継ぐ予定だったからね。」

「それってわたしはもう受け継ぐ事は出来ないんですか?」


 ギャンブルに勝てると言うのには興味が無い。大事な母の形見だから、持っておきたい。


「ユルシちゃんが成人したら渡す予定だよ。それまで、また預かるだけ。」

「そうですか、探してみます。」


†††


 実家に戻ると、魔法道具、ギャンブルに勝てるビーカー(ユルシレベルアップ)は見つかった。


 魔法を掛けると、勝率100%になるらしいが、試してみる訳にもいかず、ファンサたんのところに持っていく。


「ああ、見つかったね。じゃあ折角だし、これ預かって置いて、誰かに取られそうになったら、叩き割るんだよ。」

「ありがとうございます。大切にします。」


 こうして、ユルシレベルアップを貰う事になったけど、現代に持って帰って使ってみようかな?


 おじさんが表で待っていてくれた。私達は小さなユルシに、話をしなきゃいけない。


 小さなユルシを連れてファミレスに行った。


 ファミレスの店内に着くと、ユルシとおじさんはドリンクバーだけ頼み、小さなユルシはハンバーグ定食を注文した。料理が運ばれた後に、重い口を開く。


「あのね、ユルシ? おじさんはユルシと一緒に未来に行くからね。そこ了承してね?」

「嫌! ユルシと一緒がいい!」

「2人共喧嘩はやめなさい。」

「おじさんは、本当はこの時間には生きて無いの、未来に連れて行ったら、ユルシとの歳の差も縮まるし、良い事づくめなの!」


「嫌! 折角一緒に居られるのに、ここでおじさんが未来に行ったら、それこそ未来が変わっちゃうよ!」

「ふむ、困った事になったが、まあ、おじさんとしては、いつでも未来に行けるから、とりあえずは、ここの時間に残留でいいんじゃね?」

「仕方無いなぁ、じゃあ未来で待ってるよ。」


わたしは1人で未来に帰る事に決めた。


†††


 ────ユルシが帰る前の現代────


 地下闘技場はユルシさん不在の間、ユルシさんの妹分である、六花に預けられた。まだ高校生ながら、休まずに地下闘技場を夕方から開いている。


 連日満員とまでは言わないが、そこそこ盛況である。本日はメインイベントで、王座決定戦が控えている。前の王座だったヘコの不在により、空位になった王座にランキング1位テン。ランキング2位アゲハ……まあ因縁の対決である。


 一体どちらが強いのか? それを白黒付けたかった。ユルシさん不在の今だからこそのカードかもしれない。


 控室で、アンカリングから幻覚を呼び出し、ペットボトルのコーラに幻覚を向けた。コーラは凍ってしまった。多分向こうの控室でも同じ事が行われているだろう。


 ペットボトルを、少し力を入れて氷を砕き、コーラを少し飲んだ。美味かった。気合が滾る。


 控室を後にして、リングに向かう。セコンドは今日は付けてない。いつもなら、片目眼帯のおやっさんが付いているところだが、アル中で入院したのが昨日だった。まあいい、どうせ今日はスピード勝負だ。


 客も空気を読んでか、オッズが1Rに集中している。誰がみても短期決戦なのだろう。


 リングinした。相手もリングinした。レフリーが高らかに口上を述べる。


「東西東西! 本日はリングより御免を被りまして、一言口上御挨拶申し上げ奉ります。連日の盛況誠に御礼申し上げ奉ります。本日、王座決定戦により、長らく空位だった。王座を手に入れるのは、ランキング1位テンか? 2位アゲハか? 間も無くゴングの運びで御座います。どちら様も隅から隅まで、ずずずいーと、レッツゴング!」


 長い口上が終わった。痺れを切らしていた俺は、相手に襲いかかる。ジャブの雨霰を降らせる。


 相手もそれに応える様に、こちらのジャブを掻い潜り、ジャブを返してくる。


 案外単純な勝負になりそうだ。どちらもハードパンチャーだ。先に一撃入った方が、そのまま勝ちなのだろう。


 互いにサウスポースタイルで、サウスポー同士はちと、やり難い。なんせ普段は右利きの奴ばかり倒してきたからな。


 その時だったテンが瞬きをしだした。

 やばい、俺も速く……


 俺は急いで瞬きをしたはずっだった。



 空間系魔法を使い、幻覚で一睨みするだけで、身体をズタボロに切り裂くテン。


 俺の体から大量の血が迸る。


 出血多量で意識が飛んだ。俺の脳内にユルシさんの声が木霊する。


「誰にも聞こえはしないが、誰もがなんと言っているかを知っていた。それはショーアップされたチャンピオンの勝利宣言。この世で最も美しく羽ばたく蝶は?」


 俺の意識が戻った。刹那。時間魔眼でテンの体感時間を止める。数多の挑戦者を倒してきた渾身の左ストレートが火を噴く。


 熱狂した観客達が口々に叫ぶ!「アゲハ!アゲハ!」


 ユルシさん。見届けてくれたんですね。今なら貴女の事を、ユルシます。


 こうして俺は、地下闘技場最強王座に返り咲いた。


「再び舞う事が出来たのは、恩師のおかげです。皆さんもありがとうございました!」


†††


 BARアコにて、地下闘技場新王者祝勝会が開かれた。テンは来ないと思っていたが、思ったより器の大きな男の様で、祝いに来てくれた。


「アゲハには参ったぜ。まさか時間停止をあのタイミングで使えるなんて。」

「凄かったですね。ユルシさんが見ていてくれたら、どんなに良かったか。」

「まあ、あのタイミングじゃなきゃ勝ち目無かったからな。ユルシさんが戻って来ないな。」


 俺、テン、サクラの3人だけじゃない。俺の嫁のハル、テンの彼女のソラも来ているし、現オーナーである六花とその両親? と友達も来ていた。ゴッ殿、ファンサたん、なーちゃん、ぷかぷかだ。


「龍は、寿司はサーモン派なの。」

「さぁ? 龍に聞かなきゃ分かんないよ。」

「あなたが龍じゃないの。」

「龍は、あれだ龍だ。」

「なんなの。」


 なーちゃんがテンに話しかけてる。

 そこに、アコ兄が、酷くやつれた顔で飲み物を持ってくる。


「なしたん?」

「僕も心配。」


ゴッ殿さんと、ファンサたんが、ええと、ファンサたんさんって呼ぶと機嫌が悪くなるから、ファンサたんね。が、心配して声をかけている。


「今月パチンコ屋で、30万負けた。来月から生活出来ない……」

「パチンコ辞めたらいいやん!」

「ギャンブルは身を滅ぼすって言うからね。」


「くっそー、あの時引き際が良かったら、まだこんなに負けてない!」

「往生際が悪いのは良くないな。」

「過去や未来を改竄出来るのは魔法使いだけだよ。」


 あっちはあっちで説教タイムに入っているから、こっちはこっちで、話を弾ませよう。


「六花達3人は将来決まっているの?」


 俺がこう聞いてみるとだよ?


「早くタバコが合法的に吸いたい、ぷかぷかー。」

「わたしは人間じゃない、わたしは酷い人間。わたしは人間じゃない!」

「母の跡目を継いで宗教法人のオーナーだよ。今は地下闘技場のオーナー代理だけどね。」


 ぷかぷかはタバコ吸いたい。なーちゃんは人間じゃない? なんのこっちゃ?


「タバコは大人になってからだよ?」

「なーちゃんは人間じゃ無かったらなんなの?」


 ハルがぷかぷかを諭して、ソラはなーちゃんをなだめる。


 あっちでは、アコ兄が泣き出した。


「ダメだ。パチンコ屋にもうトータル1000万以上お布施してる。来月からどうやって生活したらいいんだ……」


 すると、ガランとドアのベルが鳴りお客さんが入って来たと思ったら見覚えのある人だった。


「皆ただいま! 待たせてごめん! ユルシてね〜☆」


 寒い秋の夜長にBARで飲み明かし、1人の帰りを皆で待っていた。待ち人は帰って来た。皆、湧いた。この人をどんなに待っていた事か、これからはずっと一緒に居られるのだろうか……


「あれ? 待たせ過ぎたかな? ユルシてね〜☆」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ユルシの美学 天獄橋蔵 @hashizho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ