第13話最強対決。

最強対決。


 もしもこの魔導書を紐解く弟子達の中に、火の魔法の使い手が現れたら、水の魔法では手出しは出来ないだろう。火の魔法はそれ程に強く、わたし以外に習得者が現れるとは考えにくい。火の魔法は正しく聖火の如く継いでいきたかった。わたしの無念を、わたしの思想を、わたしの魔法を誰かが後世に残してくれる事を切にやまない。アクマでもマジ!シャン。


 ユルシの美学より抜粋。


 わたしはユルシ。水の魔法最強の時間系魔法最高位の魔法使い。火の魔法の存在は最近知ったばかり、未知の存在ではあるけど、どんな物にだって弱点くらいあるはず。勝ってみせる!


「意気込んで出て来たはいいけど、クルシには勝てないかもしれないよ?」

「あなたの目的は何なの?」

「クルシの目的はユルシ達の始末だよ。おじさんのところに行く為にね?」

「他に方法は無いの?」

「あるよ。龍を使って、過去に飛んで過去を改竄すれば、あるいは。」


 ん? 過去を改竄? それなら戦う理由も無くなるか。


「ちょっと待って、過去を改竄すれば、おじさんに会えるのなら、ユルシもそっちがいい。戦う理由無いよ。」

「クルシはね、それとは別に、どちらが最強か気になるんだよね? 御託はいいから、やると決めたんならかかって来なよ?」

「ユルシてあげないよ?」


 わたしは脳の回転数を上げて、集中して息を整え、まず、目蓋を軽く閉じて、目蓋を閉じたまま眼球を上に上げて、軽い変性意識状態を作り上げる。次に目蓋を開き、高速で瞬きをし幻覚をアンカリングしたもの……ゲームのMAP画面の斜め見下ろしのクォータービューのマス目を、対象であるクルシを捉えながら、瞬きの回数を増す毎に脳から電力を走らせて、現実空間に走らせる。

 ユニットの顔アイコンとユニット名の文字表記のグルグルのルーレットを止めたら、後はクルシの時間は止まり、わたしの勝ち確だけど……


「ユルシ残念だったな、水の魔法は発動までにどんなに早くとも30秒と長いラグがあるんだよ! 高度な術式なら尚更ラグがある! 食らいな!」


 ぱぁっーと、目の前に眩い光が溢れた。閃光弾だよこれ。眩しい! 目が痛いよ!?


 当然目が使えないのなら、幻覚のアンカリングも、それから派生する水の魔法も時間系魔法も、全て使う事が出来ない。


「閃光弾対策を考えて無かったのが敗因では無くて、最強である火の魔法が使えなかったのが敗因だよ。」

「う、う、う……」

「ユルシシリーズもこれで全滅だね!」


 わたしは見えない目で、目蓋を閉じても白く光った世界に幻覚を向けていた。自分自身の網膜に、白く光ってはいるものの、幻覚をアンカリングした。瞬きは出来ないので、ユニットの顔だけの幻覚を意識して幻覚を起動した。初めて組む術式だが、上手く行く手応えはあった。


「さて、でも参ったな、こちとらさっきの閃光弾が最後の武装だからな、手持ちの百円ライターも使い切っちゃったし、素手で嬲り殺しってのも時間かかるし、うーん。」


 わたしは、自分自身の体感時間を加速させる。上手く決まった。クルシに気付かれない様に、魔力を抑えながら、徐々に体感時間を加速する。段々と閉じてる目蓋に映る世界が、白から黒っぽくなった。


「ねぇ、ユルシはどうやって死にたい?」


 機は熟した。


「そうね。時が凍り付いて若いまま死にたいかしらね!」


 目をカッと見開き声のする方向に目蓋を開くと、同時に時間停止の魔法を打ち込んだが……そこにはクルシはいなかった。クルシお得意のステルス技、蜃気楼で難無く回避された。


「残念だねぇ、目視出来ないものにも水の魔法時間停止系は無力だねぇ。」

「止められるのは目視出来る物だけじゃないよ? そこに実体がありさえすれば、透明だろうが問答無用だよ!」

「ステルスだけじゃなく、実体そのものも消えているんだけど、まあ、確かにさっきもそうだったけな、気を付けるよ。」


 クルシの声のした方向に続け様に時間停止の魔法を掛ける。しかし、寸前で回避されているみたいだ。


「さっきって何の話?」

「……」

「位置が割れたら不味いからだんまり?」

「……」

「武器が無いから防戦一方?」

「……」

「ぐっぅ!」


 背中を蹴り飛ばされた。やる気になったみたいだよ。透明人間相手にどこから攻撃されるか分からないプレッシャーの中、絶えず時間停止の魔法を全体的に見渡しながら打ち込む作業だ。いつ終わるのかも分からないし疲弊する。


「やる気になったの? そんなんじゃユルシは倒せないよ!」

「……」

「クルシは弱虫だね。隠れてコソコソ攻撃しか出来ないの!」

「……」

「ぐっ!」


 首を取られた。視界内にクルシを捉える事も出来ないし、最悪の体制だ。チョークスリーパーというやつである。やばい、意識が……


「さっきまでは随分お喋りだったのに、立場逆転かな? 悪いけどこのまま首を折るよ!」

「っ────」


 わたしはこのまま死ぬの? ここまでなの?

 薄れゆく意識の中で、ユルシ達の声を聴いた。最後に視る走馬灯が、自分の分身だなんて、まあ、それでも良いか。


「お姉さんのユルシ負けそうだね? まだ道はあるよ!」

「元の1人に戻るよ、お姉さんのユルシ!」


 この2人は勝手ばかり言う。わたしの中から消えて行った癖に、今更戻ろうとか、でも、それしか無い!


「おじさんに会えるって、掴みたい希望があるから! 今ならユルシてあげる!」


†††


 分裂したユルシ達が1人に戻った。クルシを除いてだが、力が漲る。


「クルシ、そんな細腕じゃユルシには勝てないよ!」

「な、何!?」

「締め付けてる腕外れない様に、よっと!」

「わ、わ、わっ!?」


 わたしはクルシが首に巻き付けている腕を掴み、あらぬ方向へ引っ張った。


「痛いでしょ?」

「ぐぁっ!」

「よいしょっと、腕をもうちょい曲げて、はい顔見えたね! 時間停止!」

「……」

「元はと言えばクルシもユルシの一部なんだよ。元にお戻り。」


 空は晴れ渡り、天空から1冊の本……魔導書、ユルシの美学が舞い降りた。ユルシの手に落ちた時、クルシからページが溢れ出し、ユルシの美学に吸収されていく、クルシが目を開けた。


「クルシもユルシの一部なんだから、仲直りしよ?」

「クルシの火の魔法確かに伝授したよ。使いこなしてね、お姉ちゃん。」

「やっぱりあなたが末っ子なんだね。」

「次の敵はかなりの強敵だから、火の魔法は必須だよ?」

「敵って?」

「泥天使だよ。おじさんの敵。」

「敵討ち? 今更だよ?」

「違うの、お姉ちゃんは、おじさんに会いに行くの!」


 クルシはわたしの胸の中に吸い込まれて行った。ポカポカと暖かく、熱い火の如く燃え盛るギラギラした気持ちと共に。


†††


 わたしはクルシ。最強対決負けちゃったけど、火の魔法の方が強いんだって!お姉ちゃんと共に生きる道を選んだんだよ。お姉ちゃんが覚醒しなければ、勝てたんだけどねぇ。

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