第12話クルシの思惑。

クルシの思惑。


 火の魔法は水の魔法のカウンターとして用意された魔法である。もし火の魔法の使い手が、その真髄に気付いた時は、シンプルに水の魔法を制するだろう。水の魔法は強力無比だからカウンターを残していく。アクマでもマジ!シャン。


 ユルシの美学より抜粋。


†††


 俺はテン。今日はクルシ掃討作戦の日だ。クルシはあれから現れないので、こちらから炙り出す事になった。掃討作戦に当たる面子は、ユルシさん達3人。アゲハ。サクラ。俺の6人である。

 掃討作戦と言っても出現ポイントや根城が割れている訳では無い。炙り出す方法を話し合うのである。


「クルシが最初出たのはBARアコの近く。根城はその周囲数キロ範囲だと思うよ。」

「出現条件とか無いんですか?」


 時間系のユルシさんとアゲハが発言した。俺はユルシさん達の区別が付く。アゲハやサクラは区別が付いているかは分からないけど、付けている香水が違う。どの香水がなにかまでは分からないけどね。俺は鼻が効くらしい。クルシからは火薬臭い臭いがした。そして今も火薬臭い臭いがする。

 クルシとは違ってガチの火薬なのだが、今回の掃討作戦には銃火器を使う。みんなマシンガン持ちだ。

 出現条件と言えば思い当たるところがある。


「あの、出現条件についてもしかしたら何ですけど、ユルシさん達が争ったから、クルシが誘発して出現した可能性があると考えます。」

「それもそうかもね。うーん、どうだろうか? 一芝居打ってみる?」


 俺の提案に空間系のユルシさんが乗ってきた。確かにこのまま時間だけ過ぎるよりはマシだ。


「あっでも、再現性高める為にBARアコで飲み会した方が良いかもですぅ。」

「アコ兄元気かな? まあ良い案だね。」


 サクラの提案を時間系のユルシさんが承認して、俺達はBARアコへと向かった。ベンツが3台通る異様な光景である。


 BARアコに着くと昼間から店を開けてくれた店長のアコ兄が、悪態を付く。


「ユルシてめぇしばくぞ!」

「まあ、ご愛嬌。」

「んで、何飲むんだお前ら。」


 アコ兄は注文を取って奥に消えた。ユルシさん達は芝居を打つと言っていたが、そんな事は忘れて思い出話に浸っているみたいだ。


「あの時3人に分裂してから、一時はどうなるかと思ったよ。」

「まあ、色々あったよね。ユルシ達は便宜上姉妹って事にしたけどさ。」

「周りの人は混乱したよねー。」


 そこまではいいのだけど、時間系のユルシさんが疑問を口にした時だった。


「ってかさ、ユルシ達って殺し合いする予定だったのに、何で仲良くしてるの? クルシを倒した後どうするの?」

「そうね。その時考えましょう。」

「それもそうよね。」


 なんというか仲良いのか、悪いのかよく分からないユルシさん達である。

 そこに注文したドリンクを持ってくるアコ兄。


「ん? 喧嘩は外でやれよお前ら!」

「別に大丈夫だよ。」


 クルシ対策の為の飲み会だが、時間が無駄に過ぎていく感覚がする。実際暇である。俺は飲み過ぎたからと言って外に涼みに行った。アゲハとサクラは中に残った。


「一服するか、中でタバコ吸っててもいいんだけどな。なんというか上司が増えたみたいで、息が詰まる。」


 クルシが外に居ないかの警戒も兼ねて、時間を置いて何回か外に出る。

 何度目か外に出た時だった。ユルシさん達もぞろぞろと出てきた。アゲハとサクラは人数分のトランクケースを抱えている。とうとう来るらしい。


「さっきからテレパシーでクルシが語りかけてくるから、皆散開して、クルシを撃破するよ!」

「テレパシーには指向性があるから、ある程度の位置は探れるから、各流派毎にチームになって連携を取ってクルシを撃破するよ!」

「聞いての通りだから、サクラちゃんは上空からクルシを探して、わたし達は地上からクルシを探すから。」

「了解ですぅ!」

「了解です!」

「了解です!」


 俺はトランクケースをアゲハから受け取り中身を開けてマシンガンを構えて、空間系のユルシさんの後方を着いていく。ユルシさんは足が速いのなんの、着いて行くのが精一杯だった。

 その時、上空からマシンガンが乱射される音が聞こえた。サクラが応戦しているみたいだ。クルシの場所を掴んだみたいである。すかさず音のする方向に近づく。

 段々近付いたみたいだが、上空からマシンガンの乱射される音がしなくなった。代わりに爆発音が鳴り響き出した。サクラはしくじったらしい。


「テン! 用意していたアレやるよ!」

「了解です! アクリルボトルよし、氷よし、ドリンクホルダーよし、温度時計よし! 行けます!」

「早くやって!」

「了解です!」


 俺はアクリルボトルに氷が入った物を、ゲームの幻覚をアンカリングした技術で呼び起こす。寄り目にしながら、速く瞬きをする。瞬きでゲームのマップ画面が呼び出される。斜め見下ろしのクォータービューのマス目の線が、現実空間にまで走って流れる。寄り目でユニットの幻覚を意識的に視る状態に持っていき、ユニットと文字のグルグルになって、黒い一つ目のユニットでストップした。練習だとこれで雨が降るはずだが、今は曇りになっただけだ。


「早くして、まだ爆発音続いている。」

「やってますよ! あっそうか! 湿度だから、室内じゃないと雨降らないと思います!」

「適当にその辺の公衆トイレ行ってきて!」


 俺は天候系魔術キットをバッグに詰め込み近くの多目的トイレに駆け込んだ。

 一から順に天候系魔術を発動させる。今度は成功したみたいだ。

 外に出たらザーザー雨が降っている。マシンガンを抱えながらスマホで空間系のユルシさんに連絡を入れて合流する。爆発音は止んでいた。


 ユルシさんと合流したら、そこに銀髪を靡かせヴァイオレットの目を妖しく輝かせたクルシがいた。手にはマシンガンを持っていた。俺達が持っているのとは形が違うマシンガンだ。考える事は一緒なのだろう。

 互いに撃ち合いながら、建物の影に身を潜める。


「そこにいるのはテンだね。ちょっと話があるんだけどさ? 龍化してクルシとユルシをあの日、あの人が死ぬ場所までタイムスリップでもして飛ばしてくれないかな?」

「誰がそんな事するものか!」


 撃ち合いになった。ユルシさんとの合流はまだ出来ない。それにしてもユルシさんにさっきからスマホに連絡入れているのに出てくれない。


「あ、ユルシなら2人倒したよ? サクラを庇ってたのと、さっきそこを通ったのと、うん。呆気なかったよ?」

「んな、馬鹿な。」

「そうかい。じゃあそろそろ仕掛けさせて貰うよ。」


 銃声が止んだ。チャンスと思って撃ちながら突撃するものの、こっちも弾切れだ。


「ちぃっ、弾切れだ。肉弾戦ならこっちに分があるはずだ。」


 遠くからクルシの声が聞こえた。既に仕掛けの中に入っていたみたいで、魔法陣が地面に広がっている。魔法陣と言っても100円ライターが敷き詰められているだけだが……


「かかったな、爆ぜろ!」

「ちぃっ、空間魔法でこんな炎なんて!」


 俺は幻覚をライターに照準を合わせつつ、下に敷き詰められたライターの足場から移動する。ライターが爆発する寸前で逃げ押せた。ライターの炎は空間魔法で軌道を逸らせた。


「なかなかやるね? こんなのならどうよ?」

「炎の槍……俺は空間魔法を使えるから物理攻撃は効かないぞ!」


 言いながら炎の槍に幻覚を合わせてゲームのマス目とユニットを出し、文字とユニットの顔のルーレットを黒い1つ目のユニットで止めて、炎の槍を消す。


「おー、凄い凄い。空間系はインチキ染みてるね。じゃあさ、こんなのはどうよ?」


 すると周囲一帯から100円ライターが飛んでくる。小さいから大したダメージでは無いものの痛いのなんの。


「いた、いたたた。ええい。」

「あれ、逃げるの? まあテンには後から龍を呼び出して貰わないといけないから、最後にとっとくよ?」


 俺は走って逃げた。流石に魔法を熟知している。水の魔法は、幻覚を出してからじゃ無いと発動出来ない。集中出来ないと魔法を発動出来ないのである。

 しかし、ただ逃げただけでは無い。間合いを開けて龍化を使うのだ。

 意識を集中し、『俺は龍だ。』と強く念じる。身体は段々と空中を浮遊した感覚に襲われて幽体離脱成功である。俺本体には龍が入る。


「マスター、願い事は慎重に。」

「いや、悪いな、今回は幽体離脱をする為だけなんだ。」

「また、願い事の空打ちですか! 寿司の他にうなぎも頼みますからね!」

「おうけー、じゃあお前が狙われても厄介だから、安全な距離まで後退しとけよ?」

「御意。」


 こうして俺は龍と分かれてクルシの方に向かう。すると?


「クルシ覚悟!」

「おやおや、幽体離脱って事は龍化したの? クルシの願い事叶えてくれる気になったの?」

「そんな馬鹿な事はしない。倒す為だ! 幽体離脱した身体に火の魔法も銃も効かないだろ!」

「お馬鹿さんね? その状態でも姿が見えて、声が聴こえてるわたしには、対抗手段があるのよ?」

「無駄だ! 先手必勝で行かせて貰う! 空間魔法応用の氷魔法改だ!」


 俺は幽体となった身体でも目から幻覚を発生させて、空気中の雨の水滴の空間を、幻覚をアンカリングから発生させる。初めてやる術式だが、応用はこれでいけると手応えがあった。

 手応えは正しかった。空間中の雨の水滴は凝固し、氷の氷柱となり、クルシを襲う。


「氷魔法改! 雨氷柱!」

「ふぅん? でも氷じゃ火には勝てないよ? 火の魔法! 蜃気楼……はい残念、氷柱が刺さったところにはクルシはいませんでした。」


 難なく交わされてしまった。それどころか姿を見失う。不味い反撃の暇を与えてしまう。


「光情報では普通は視認出来ない。音だってそう、普通は聴こえない。魔法的知覚とも違うの、霊的知覚って言ったら正しかったのかな、まあ、要点を言ったら、認識さえ出来れば対抗手段は簡単なのよ。」


 遠くからクルシの声がする。どこだ?


「ただ、ちょっと残念だったのが、わたしと会話をしてしまった点だね。黙って不意打ちしたら勝てたかもしれないのに、色々な情報を与えてしまったんだよ?」


 遠くから反響するクルシの声の方向を探る。建物が多いビル群の近くで残念ながらどこだか分からない。ただ接近するしか攻撃方法は無い感じもする。

 クルシがまだ会話を続ける。


「こちらが発したのは、普通の肉声である事。これを聴いて反応して会話してきた事。これがテンの敗因だよ。」

「どこにいる卑怯者! 姿を表せ! さっきからなんの話だ!」


 次の瞬間は認識出来なかったかもしれない。


 ドンっーーー!!


 大きな爆発音が鳴った。綺麗な花火が近くで上がったのは辛うじて分かったが、俺は鼓膜が破けた感じがするよりも、身体……と言っても幽体だが、が動かなくなった。幽体が硬直してしまった。


「ちなみに言ったら、クルシの姿を認識出来る時点でも、閃光弾を使ったりとか、他の攻略方もあったけど、綺麗だよね。花火で決めたよ? 超至近距離まで、蜃気楼で気付かれない様に接近してからのね?」


 薄れゆく意識の中で、クルシが近付いてくる。


「何故こんな簡単な物で幽体の意識を奪えたか教えてあげる。幽体は認識されず、一方的に普通の世界を認識出来る。その認識を逆手に取っただけだよ。生身と同じ感度で視聴覚で認識しているなら、身体が悲鳴を上げるくらいの視聴覚に負荷を掛けるものがあれば、後は、ね?」


 そんな簡単な事で攻略されるのかよ……クソ! 後は頼みました。時間系のユルシさん、それとアゲハ。


「さてと、後は龍を捕獲して、力づくで願い事を叶えて貰うとするかなー。」


 このままではクルシの思い通りになってしまう。

 そこに人影が現れた。誰だろうか?


「さてと、おいたはここまでだよ!」


 噂をすればなんとやらである。ユルシさん……残った時間系のユルシさんである。アゲハは居ないみたいだが……水の魔法最強の時間系魔法使いと、水の魔法のカウンターで用意された火の魔法使いの最強争いが始まる。

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