第10話ユルシの真実。
ユルシの真実。
誰にでも心に闇はある。魔法はその力を増幅させてしまう作用がある。火の魔法は、闇をも灯す。使い方を誤れば闇ごと自らを焼く事になる。
ユルシの美学より抜粋。
わたしはユルシ。この物語の真の主人公。これはわたし達の物語。
†††
「少しわたしの話をしようか。」
こうしてユルシさんは語り出した。長い話になりそうな予感がする。
「ユルシの美学は約30年前に作られた。といっても、作られた当時は、実践的魔導書というタイトルだったのだけど、著者である、アクマでもマジ!シャン!が、ユルシと出会ってから、ユルシの為に本のタイトルを変えたよ。」
ユルシさんの物語はだいぶ前から始まっているみたいだ。
「ユルシは今28歳なんだけど、わたしが魔法使いになった時の物語は、アクマでもマジ!シャン物語として綴られている。わたしが魔法使いになったのは、8歳の頃。最初は氷の魔法使いだったんだよ。」
8歳の頃から魔法使いなのか。子供の頃から特別な存在だったのか。
「わたしは、アクマでもマジ!シャン……おじさんが好きだったんだよ。おじさんはいつも言っていた。魔法使いは戦いの宿命から逃げられないって、おじさんもその例外に漏れず、戦いが絶えない人だったよ。」
確かに戦ってばかりの人生なら、それが魔法使いに限らずだろうけど、魔法使いになってからの方が確かに戦ってばかりだなぁ。
頷きながら聞いている。
「おじさんが何か大きな戦いに巻き込まれたのは知っていたけど、おじさんは、戦いからユルシを遠ざけたから、ユルシは誰がおじさんを殺したのか知らない。おじさんが死んだって事実だけが残ったんだよ。」
「せめて、仇でも討てれば違ったかもしれないですね。」
ちょっと口を挟んでみた。
「今となっては分からずじまい。それにおじさんを倒すだけの実力の持ち主じゃ、ユルシじゃ敵わないよ。」
「そうなんですか?後思ったんですけど、ユルシさんのオリジナルの人の話で、ユルシさんはクローンなのに、やたらオリジナルの方に引っ張られてませんか?」
「ユルシはクローンじゃないんだよ。オリジナルのユルシってのも居ない。いや、居るには居るんだけど、オリジナルから3分割されたのが、わたし達。おじさんを失ってから、心と体が3つに分かれた。」
衝撃の事実が知らされた。
「時間系のユルシは、似てる誰かを愛そうと決めたから生まれた。」
「空間系のユルシは、一生おじさんへの愛を貫こうと決めたから生まれた。」
「重力系のユルシは、もう男は愛さないから、女の子へ走ろうと思って生まれた。」
†††
ユルシさんがビーカーでコーヒーを注いでくれたのを受け取ると、それを飲む。
「クルシってのが出て来たのが意外すぎるんだけど、多分クルシもユルシの一部だよ。クルシは多分、ユルシがおじさんを失った時の、死にたい願望を体現した存在。第4の存在にして、死の存在。」
話を聞いて思ったのが、ユルシさん達は、元に戻る事は出来るのかな? という事。
「ユルシさんは三大流派を纏めたいって言ってましたけど、それって元に戻るって事ですか?」
「ユルシ達はユルシ達で殺し合いする気だったんだよ。でも、それもクルシの登場でおしまい。」
ユルシさん……空間系のユルシさんが、そう俺に言って、ビーカーにコーヒーを注ぎ足した。ここは、ユルシさんの家のコンテナマンション。魔導書を修復する為に争っていたユルシさん達だが、どうも一時休戦となり、クルシを倒す算段を各々考えているらしい。
「クルシに勝つ方法はあるんですか?」
ユルシさんが難しい顔をしている。が、ユルシさんは、「攻略法はあるのだろうと思うし、編み出すしかないよ。」と簡単に言って術式を考えている。
アクリルボトルの中に氷を入れ出したユルシさん。何か思い付いたのだろう。氷を入れ終わると、テーブルの上の置き時計を俺に渡した。
「テン、氷が入ったアクリルボトルと、この時計で術式を組むから、練習しよう。」
「何を練習するんですか?」
「天候系魔術だよ。雨を降らせる術式だよ。」
ユルシさんの説明を一頻り聞いた。雨を降らせる為に、まず時計が肝心な役割を果たす。時計には、温度計。湿度計が付いている。高温多湿になれば、雨が降り易くなるのと、時計には、晴れ。雨。曇りのマークが付いていて、雨マークが出たら良いとの事だ。
氷の入ったアクリルボトルを、ゲームで習得した幻覚をアンカリングしたものを使い、氷を見つめるだけで溶かして、その変化を時計に伝える為に、ある改造を時計に施す必要があるとの事。
なんだろうか? 改造って?
「あの、何となく術式は分かったのですが、改造って難しいやつですか?」
「いや? ただ、ドリンクホルダーを時計にくっつけるだけだよ? 接着剤でちゃちゃっと。」
「そんな適当で良いんですか? 魔法とかって、もっと複雑なイメージありましたけど?」
「何となくで使えるから、あまり論理的な事は分からないけど、それで大丈夫だよ。」
ユルシさんは魔法は凄いのだけど、正直教え方が、雑過ぎる。
とりあえず、百均で車用ドリンクホルダーと接着剤を買ってきて、ユルシさんの家に戻り、ドリンクホルダーと時計を接着してみた。
難なく作れた。試しに氷を入れたアクリルボトルをセットしてみる。
「出来ましたよ? これで氷を幻覚で溶かせばいいんですよね?」
「うん。やってみようか。」
俺はユルシさんから言われるがままに、ゲームのヘックスの幻覚を、アンカリングを使い、引き出す。引き出した斜め見下ろしのクウォータービューのヘックスを、アクリルボトルの中の氷の下の方の一つに打つける。氷がゆっくりと溶け出す……成功だ!
「ユルシさん! やりましたよ?」
「落ち着いて、時計の湿度と雨マークを確認して。」
「雨マーク出てます! 湿度88.8%です!」
「外は? 雨降り出したかな?」
「窓が無いから外見てきます。」
外に出ると、雨がザンザ降っていた。すぐ様室内に戻り、ユルシさんに報告する。
「雨です! 雨降ってます! 成功しましたよ!」
「良かったよ。でも、これはクルシを倒す決定打には成らないよ。ただの防御策だよ。」
雨足が強まる中、ユルシさんは苦しそうに蹲る。宿敵を倒す決定打が無いのだから、まあ、無いなら無いで、又違う術式を組むのだろうし、クルシの正体が朧げに分かったので、龍を使っての生捕りという切り札も残してある。
†††
わたしはサクラ。今は病院の……最終回病院のベッドの上からなんです。ユルシさんから話を聞いて、吃驚した点は、何と言っても、「重力系のユルシは、男はもう愛さないから、女の子に走ろうと思って生まれた。」の部分。ユルシさんが最近やたらイケメンだったのは、そのせいですかね?
わたしは脚が両膝から下が無くなってしまったけど、まだ空を飛べるので戦う事は出来ますが、ユルシさんの気持ちを知ってしまった今、わたしが出した答えは……
「よろしくお願いします。ユルシさん。」
「本当? 嬉しいよ! さくらちゃん!」
ルックスも良い。金持ち……玉の輿ですかね? まあ、それはそうと、今後の事の前に、目の前の問題を片付けないといけませんです。
「あの、ユルシさん、それよりも、クルシはどうするのですか?」
「あ、ああ、うーん。さくらちゃんは空が飛べるから、上空からこれを使えばクルシは訳無く倒せる筈だよ。」
そう言ってユルシさんから渡されたのはマシンガンだった。
魔法使いなのに、最後は銃火器なんですかね?
「これって本物ですよね?」
「勿論本物だよ?」
「わたし免許持ってないです。」
「いや? そこ? 使い方も簡単にレクチャーするから。」
「いや、そこですか? 使って大丈夫なんですか?」
「うーん。さくらちゃんが、この前使った重力魔眼の方が、よほど物騒な代物なのは分かる?」
「それは分かりますけど、なんというか、魔法だから、法に触れない? みたいな?」
尤もな事を言ってみる。すると?
「まあ、それは正解だよ。魔法で犯罪を犯しても、罪に問われる事は無いよ。勿論銃火器で人を殺めたら立派な犯罪だけどね。」
「それじゃ困ります。」
「うーん、困ったなぁ、これがあればクルシを簡単に攻略出来るんだけど、じゃあ、殺傷能力の低いゲル弾に変えて使ってみよう!」
「なんです? ゲル弾?」
そう言ってユルシさんは、マシンガンのマガジンを簡単に付け替えてわたしに渡しました。
「クルシを生捕りに出来るのが一番良いから、殺傷能力の低いゲル弾でも問題無いんだよね。当たりさえすれば、問題無く捕獲出来るはずだから、よろしくね?」
「これ、大丈夫なんですか? 死んだりしないですよね?」
「当たりどころ悪くない限りは大丈夫だよ。」
「うーん、わ、分かりました。」
「そのまま持ち運ぶと目立つから、トランクに入れて持ち運んでね。」
「はい。」
†††
こうして対クルシ戦に備えて準備が整ったは良いものの、クルシはあれから現れない。わたしは退院して家に帰った。もう、ファイターとしては引退したので、今は地下闘技場の受付嬢をやっている。
受付嬢の仕事は掛札の販売である。精算機で精算したお客様からナンパされる事もあるけど、脚を見せたら逃げていく。
「はあ、今日も暇ですね。」
独り言をポツリと言った後に、なんだか今日はやたら精算機にお金を補充する係の人が出入りしているのを見かける。
「なんですかね? 今日は赤字なのでしょうかね?」
「あ、受付のお姉さん、ちょっと聞きたいんだけど、今一番売れている札ってどれ? なんか変なんだよ。掛札と精算機には故障は無いんだけど、今日は出て行く金が多くて。」
わたしは、パッとパソコンを確認して、掛札の売上表を表示させる。結果をそのまま伝える。
「本日のファイナルですね。チャンピオンテン5RKOオッズ3倍です。15枚売れてますね。」
「んー、それじゃ今日一番売れた札は?」
「第一試合のジャイロ3RTKOオッズ10倍ですね。100枚売れてます。」
「微妙なんだが、八百長臭いな……TKOってのがまた微妙だが、他に今日目立った試合は?」
「セミファイナルのアゲハ1RKOオッズ1.5倍。80枚ですね。」
「ふむ、それは、まあ元チャンピオンだし復帰戦だからなぁ。」
うーん? 八百長するにしても、ファイナル。セミファイナルは不審な点はない。明らかに怪しいのが、第一試合のジャイロvsよがみつき子の試合。3RTKOってのが、かなり微妙ですが、これは八百長だとするとジャイロとよがみつき子がグルならあり得ます。
不審に思った私は直ぐに事務所へ駆け込んだ。こんな形で事務所にまた来る事になるとは、なんとも因果な物でありますが、目の前で起きた不正を黙って見過ごせ無いです。
事務所のドアを軽くノックして、中に入ると、ユルシさんが、既にジャイロとよがみつき子を絞っている最中でした。
「ねぇ、君達素直に白状するなら痛い目に遭わなくて済むよ?」
「オラやってねぇ。」
「わたしもやってません。」
「3RTKOオッズ10倍で掛札1枚1万円が、100枚売れました。さて、我が地下闘技場は幾らの損失でしょうか?」
「オラ計算苦手だべ。」
「わたしは足し算は1桁の位しか出来ません。」
「……ん〜、これはこの2人が犯人とは総計かも知れない。一応IQテストに回してから判断しようかな?」
そこでやっとわたしに目を向けるユルシさん。車椅子で飛ばしてきて、駆け付けたけど、粗方終わっているみたいだったです。ユルシさんは、「ああ、丁度良かったよ。」とわたしに声を掛けました。
「サクラちゃん。この2人を最終回病院の精神科医のところに連れて行ってきて、IQテストをするからさ。」
「あの、ユルシさん。今日のエキシビジョンマッチなんですけど、チャンピオンテンvs最後の壁ヘコの一番高いオッズに掛札が843枚売れました。もしかしたら……」
「ちょっとシャレにならないわね。その一番オッズが高いのって?」
「挑戦者ヘコ1RKOオッズ5倍です! やばくないですか?」
「それ当たったらやばいわね。テンの控え室に行くからちょっと着いてきて。」
「はい。」
こうしてジャンガとよがみつき子の尋問は終わり、2人は事務所待機にして、わたしとユルシさんはテンの控え室に向かった。
「テンちょっと説明は後回しになるけど、今回の対戦相手2Rまで持ち応えて頂戴。」
「え、ユルシさん? あ、はい分かりました。」
「頼んだよ。」
こうして一応念を押したのです。それからほどなくしてエキシビジョンマッチが始まりました。
†††
レフリーが声高々にエキシビジョンマッチ開幕の声を上げる。
「最強チャンピオン!怒りの日輪ことテン! 対する挑戦者……鉄壁を誇る総合格闘家ヘコ! この試合の勝者が今年の年間チャンピオン! 勝ち名乗りを上げるのはどちらなのか? それではレディーゴング!」
試合が始まってテンは攻勢に見えますが決定打が一つも無く、ストレスが溜まりそうな展開です。
「鉄壁って言うだけあるな、ガードってのはこうやって崩すんだよ!」
「甘い!」
テンは遠間から三日月蹴りを放ちましたが、ダウンしたのはテンの方でした。ヘコも合わせて三日月蹴りをカウンターで先にヒットさせたのです。
「ダウン! 1.2.3……」
「やれる!……ゴホっ!」
「ダメだ。ドクター!」
テンは血を吐いて倒れました。1RKOでヘコの勝ちになってしまいました。ユルシさんは青ざめた顔でテンを見やるばかりです。
わたしは受付の仕事に戻り配当金を受け取る為に精算機に並んでいるお客さんの列を眺めていました。特に不審な様子は無かったのですが、出口近辺に、今日の勝者で年間チャンピオンになったヘコがお客さんの何人かに囲まれていました。
何だろう? と不審に思い。遠目から様子を見ていました。すると?
「ヘコ! あんたのおかげで今日は儲けさせてもらったよ! 今後もよろしくな!」
「お礼するから、どっか飲み行こうぜ!」
「ヘコさえいたら連日連勝だ!」
こんな怪しい現場を目撃したから、ユルシさんに報告です。
わたしは事務所に行ってユルシさんを見つけました。早速報告します。
「ユルシさん、大変です。精算機の前の観客整理をしていたら、出口の方で、ヘコがいて、お客さん達に囲まれていて、その八百長の可能性高いです!」
「そうか、そんな事が、どんな感じだった?」
「何か分からないですが、あー、お客さんの1人が、ヘコさえいたら連日連勝って言ってましたけど。」
ユルシさんは暫く考えて、こう答えた。
「恐らく予知系の魔法だな。対処するにはお姉さんのユルシ……時間系のユルシのチカラが必要だよ。」
「時間系のユルシさんって今どこにいるんですか?」
「お姉さんのユルシは、最近弟子のアゲハに入れ込んでいるから、多分近くのうなぎ屋……柳屋にでもいるんだろう。」
「近所じゃないですか! 探しに行きましょうよ!」
「いや、電話した方が早いよ。」
姉妹で、いや、正確には同一人物が分裂した存在同士で殺し合いする予定だったのに、なかなか仲良しさんなのです。
ユルシさんは電話を掛けました。
「もしもしお姉ちゃん?」
「どうしたの妹?」
「今日八百長があったよ。今後の対策を練ろう。」
「八百長? どんな感じ?」
「恐らく予知だよ。専門家に任せたいからお姉ちゃんに連絡入れたよ?」
「うーん。分かったよ。その件は任せてよ。それと、クルシの動きは何か分かった?」
「いや、あれから何も動きが無いんだよ。」
「そっか、なら八百長の件はわたしがなんとかするから、また連絡してね。」
ユルシさんは電話を切って、「八百長は片付きそうだよ。」と軽く答えました。
†††
わたしはユルシ。わたし達の生い立ちについて、というか元は1人だった時の話だけど、おじさんから魔法を習った時は恋心が引き金だったんだよ。
当然というか、おじさんを失った時に魔力の源泉である恋心が悲鳴を上げたから、力が3分割……恐らく4分割されてしまったんだよ。
恋心を拠り所にしたわたしは、3つないし4つの大きな道を選んだんだよ。
新しい恋。永遠の片想い。百合に走る。それから……後追いって選択肢もあったのかもしれないね。
弟子を取って、競争させてゆくゆくは魔導書の完成を目指していたのも、最後の目的はユルシ達が元の1人に戻る為。クルシが現れたのが誤算だったよ。
クルシの目的はユルシ達の殺害。恐らく自殺を遂げる為だろう。これは阻止しないと取り返しがつかない。ユルシ達の誰かが生き残ればまだ、何とかなるけど、自殺ってエネルギーを使う分、相当心の力……魔力が桁違いで、ユルシ達が結束しないと勝てない相手なんだよ。
「恋心、失恋、自殺? 何の話なんだろうね? まるで精神を病んだ人みたいな話だって? 元来魔法使いとは異端者だから、本当のところはそうなのかもしれないね?」
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