第7話火の魔法。

火の魔法。


 この世には不思議な事がある。例えそれが世の中の為になる事だと見えても、魔法は確実に世界に破滅を呼ぶ。


 ユルシの美学より抜粋。


†††


 ハルには悪いと思いながらも、ユルシさんとの修行と目したデートが続く日々だった。

 そんなある日の事。とうとうスーパーに置いてあるロボット……スーパーロボットペーペー君のレシート籤の景品を全て回収した。きっちり成功法で、買い物したレシートを使ってやったら出てきた。


「ユルシさん景品の段ボール積み終わりましたよ。」

「あ、ありがとう。じゃ、いこうよ。」

「はい。」


 ユルシさんの運転するベンツの助手席に乗って、シートベルトを締める。シートベルトは締めるものの、俺の心は緩む。これから甘い時間が流れるのだから……


「ユルシさん、今日でスーパーロボット全部倒しましたね。」

「うん。これもアゲハの籤運のおかげだよ。」

「その運の良さってパラメーター化されてたりするんですか?」

「アゲハは、ユルシみたいな美人捕まえておいて、不幸だと思うの?」

「気の合う素振りって本気だって思わなかったです。」


 車の中の空気が重い。

 俺はドリンクホルダーに掛かっているコーラのペットボトルを飲み、一呼吸置く。ユルシさんがタバコを吸いだした。ユルシさんは激おこな時はタバコを吸う。

 あちゃーと思いながらも、話を続ける。


「ユルシさんの事は真面目に考えてるって言ったら嘘になりますけど、その……」

「真面目じゃ無いよね。不倫になるよね。」

「そうなんですけど、俺なんかで良かったんですか?」

「ユルシは面食いだから、あの人にまた会えたみたいで、嬉しくてね。」

「怒って無いんですか?俺、ハルと別れる気無いですし、ずっとこのままで良いんですか?」

「怒っているよ?ハルちゃんには悪いけど、いずれはって思っているよ?」

「それは勘弁してください!マジ困ります!」

「ユルシの事なんだと思っているの?」

「じゃあユルシさんが本番させてくれるなら……」

「それはダメ。」


 ぐぅぅ、何故だ!?なんでダメなんだろう?

 そうこうしているうちに、目的地であるユルシさんの家……コンテナハウスに着いた。

 俺は煮え切らないままの気持ちで車を降りた。ユルシさんは先にコンテナハウスの中に消えて、俺は、スーパーロボットペーペー君のお腹から吐き出された景品の段ボールの山をせっせっと、コンテナハウスの中に運ぶ。

 ユルシさんの弟子としてコキ使われるのは、最初はちょっとなぁってところもあったと思うが、今は全く苦にならない。むしろ自ら進んでパシリをやっている感じもする。ご褒美に逆らえない。悲しい男の性である。

 段ボールを全部運び終わって、ユルシさんがビーカーに入れたアイスコーヒーを飲む。


「アゲハお疲れ様。ちょっと待ってね。段ボールから1枚ユルシの美学のページが出てきたよ!やったよ!」

「良かったですね!これでまた魔導書の完成に近付きますね!」

「アゲハご褒美あげるよ?今日は暑かったから、アイスにするよ?」

「え?いやいや?いつものが良いです……」

「いつものより冷たくて気持ちいいよ?」

「え?」


 なんだろう?ユルシさんが氷を食べている。

 んで、まあ、いつものになる。


「はぅっ!」

「どぉ?」

「うん、良いです!」

「敬語禁止!この時間だけはダメだかんね?」

「り!」

「よきよき。」

「好きユルシ……ちゃん!」

「ユルシと結婚しなよ?」


 暫くお待ち下さい。


「うっ。」

「ん。」

「ありがとうユルシちゃん。」


 ユルシちゃんの時間が終わりを告げた。

 ユルシさんは最後の仕上げに、俺の分のアイスコーヒーを入れたビーカーに……ツーって垂らすんだよね……


「ん、はい。アゲハコーヒーにミルク足したから飲んでね?」

「頂きます。あの?ユルシさんって、こんな事するのって俺が初めてですよね?」

「ん?そだよ?なんでそんな事聞くの?」

「変態って思います……」

「アゲハはユルシを何だと思っているの?」

「その、えと、なんて言えばいいか。」

「都合の良い風俗嬢くらいに思ってそう。」

「そんな事は無いと、思います。」

「ふーん、まあいいからコーヒー全部飲んでよ?残したらダメだかんね?」


 俺は言われるまま渋々ビーカーの中にあるアイスコーヒーミルク入りを飲む。

 何故だ!何が悲しくて自家製ミルクをリサイクルしないとならないのだろう?


「美味しかった?」

「とても美味しかったです……」

「よきよき!」

「なんで自分で出した物をリサイクルしないといけないんですか?嫌なんですけど……」

「なーに?愛しのユルシちゃんに、きったなーいミルク飲ませたいの?」

「まあ、それもありますけど……」

「ふーん。嫌ならいいよ?もうしてあげないよ?」

「ちょっ、それは無しでお願いします!」


 とくに理由は無いのかな?何だろう、このモヤモヤは?


「ユルシの命令に逆らったらダメだかんね?」

「はい。」

「まあ、エロい気分は置いときなよ?」

「はい。何か真面目な話でもありますか?」


 ユルシさんが木製の宝箱らしき物を持ってきた。


「この中にユルシの美学があるよ。開けるから、ちょっと待ってね。」

「魔導書ですか!ついに見れるんですね!」

「まあ、ユルシの美学は魔導書なんだけど、歴史が浅い部類というか、アクマでもマジ!シャン!の我流だから、あまり歴史ある物とは違う感じだけどね?」


 木製の宝箱を開けたユルシさんが、手に持ったのは、本の表紙はあるものの、薄くて、確かにこれは3分割されたくらいの厚みしかない。

 渡されて受け取ると、そこにはとんでもない出鱈目な内容が記載されていた。


「ユルシさん?これって魔法が実在しないと、思っている人が読んだら、頭のおかしい人が書いた本にしか見えないんじゃ?」

「なにを言ってるの?アゲハもだいぶおかしくなっているし、ユルシもおかしくなっているんだよ?」

「そうなんですか?俺はまともだと思っていますが……」

「魔法使いたる者狂気を愛せ。」

「なんですかそれ?」

「弱点を作るのも悪く無いんだよ。無敵だと面白くないからね。目指すなら最強だよ!」

「弱点あった方がギャップ萌えと言うやつですね!」


 無敵と最強は別物である。無敵は、倒す事が不可能だから無敵。最強は、倒される事前提で、最強である。

 ギャップ萌えと言ったら、ユルシちゃんは、めちゃくちゃ可愛いし、献身的。メロメロである。なるほど、ギャップ萌え有りかもしれない。


「この魔導書を書いたアクマでもマジ!シャン!の遺産争いみたいな感じですか?」

「うん、そうなるよ。440年に一度の魔法使いが誰なのかも気になるし、まあ、才能だけで言ったらアゲハでは無さそうだよ。」

「誰か他に心当たりでも?」

「うん。妹のユルシのどちらかがスカウトしたみたいだよ。」

「どうやったら遺産争いに勝つってありますか?」

「勝つしかないね。方法はやはり昔ながらの一騎討ちになるけどね?」

「一騎討ち?どこかで戦うんですか?」

「どこでも良いと思うよ。」


 ユルシさんの話はよく掴め無いが、とりあえず出会ったら戦って勝てばいいらしい。


「ユルシさん、それってユルシさん達は戦わないって事ですか?代理戦争みたいな?」

「まあそうなるね。都合の良い事言っているのは重々承知だけど、宜しくね?」

「勝ったらどうなるんですか?」

「とりあえず魔導書を賭けた戦いになるから、魔導書は貰えるんじゃ無いかな?」

「負けたら俺はどうなるんですか?」

「運が悪ければ死ぬよ。」

「身も蓋も無いですね。俺が勝ち上がる可能性は高いんですか?」


 最もな疑問である。俺は時間系魔法を少し使えるくらいだし、他の魔法使いの中に440年に一度の天才がいるのなら勝ち目が無いのではなかろうか?


「時間魔法は応用がかなり効くから、アゲハ次第で活路が開ける。負けないで!」

「わ、分かりました。時間魔法の奥義とか無いんですか?」

「それなんだけどね、試して欲しい魔法があるんだよ。時間魔法じゃ無くて、火の魔法。」

「火の魔法?」


 何だろうか?急にスケールが小さくなった気がする。三大流派の時間、空間、重力に比べたら、火は矮小な響きすらする。


「ユルシ達の魔法は元を辿れば水属性から編み出した魔法なんだよ。それが魔導書の切れ端に記されていたのが、火の魔法の存在。アゲハがこれを習得出来たら、この争いも終止符が打たれるよ。」

「ちょっと待ってください。火の魔法ってめちゃくちゃ凄いんじゃ無いんですか?俺に覚えろって無理ですよ!」

「うん、ちょっと何が起こるか分からないから、ユルシは試していないんだよ。」

「ちょっとその1ページ見せてください!」


 火の魔法の概要は大体こんな感じに纏められていた。


 脳内電気を増幅させる。

 テレパスを意図的に起こす。

 テレパスを介しての自他の身体変化。


「ユルシさん、これ術式発動のページで、肝心の習得方法が書いて無いですけど……」

「ん〜、多分。アルコールとか火を見つめるんじゃないかな?」

「手始めに何かやります?」

「アルコールランプあるけど、これにする?」

「そうですね、それとこれって、火の魔法ってよりはテレパスの応用じゃ無いですか?前にユルシさんが俺に使った魔法とは違うんですか?」

「あー、あれは相手の脳内電気信号を増幅させるやつで、自分は対処にならないけど、応用効きそうだね。」

「どうやるんですか?」

「妄想を使うよ。」


 意外な事を言われた。妄想を使う?どんな意味だろうか?

 ユルシさんはアルコールランプに燃料を入れて火を付けた。それを俺の方に近付ける。


「妄想って言うのは、そのまんまだよ。ユルシは読心出来るのは集中しないと無理なんだけど、この人の心が知りたいって思って、知れる分かる聴こえるって念じたら、本当に聴こえる。簡単でしょ?」

「全く意味が分かりません。それっておかしな人じゃないですか!」

「そんなもんだよ?」

「それでアルコールランプを見つめたら良いんですか?アルコールですか?火ですか?」

「ん〜とりあえず火からかな?やってみてよ。」


 俺は促されるまま、アルコールランプの火の部分に幻覚の照準を合わせて、ユニットの顔と文字のグルグルを出す。文字から顔に切り替えた辺りで、炎が燃え盛り、慌ててアルコールランプの銀色のキャップを閉めた。

 びっくりしたが、これだと直接攻撃には使えそうな気がするが、書いてあった内容とだいぶ違う。


「ユルシさん、これ多分違いますよ。」

「そうだね。火の魔法って書いてあるから、火を使う事には違いなさそうだけど、うーん。」


 ユルシさんが困った顔になり、タバコを吸い始めた。ユルシさんは激おこな時は、タバコを吸う。余程機嫌が悪いのだろう。


「あ、タバコだよ!きっとそう!試してみよう!」

「いやいやいや、俺はこれでも元チャンピオンですよ、タバコを吸うとかあり得ないですから!」

「ハルちゃんに話してもいいんだよ?」

「脅しは辞めてください!マジ困りますから!」

「脅しじゃ無くて、タバコ1本吸いなさい!」

「1本だけですよ?」


 言われるがままに、ユルシさんからタバコを1本もらい吸ってみた。意外と旨い物だなぁと感心しながらも、吸った手を離して火を幻覚で見つめる。さっきユルシさんから習った妄想の力も混ぜつつ、念じてみる。脳内電気増幅。テレパス垂れ流し……


「どうですかユルシさん?俺何か変わりましたか?」

「ん〜?テレパス垂れ流し状態になっているっぽいね。上手く行ったみたいだよ。」

「え?そんな、困りますから、俺今日家に帰れないじゃないですか!?」

「泊まっていく?訳にもいかないよね。」

「どうするんですか?持続時間とかあるんですか?」

「多分だけど、ニコチンがコチニンに変わるまで8時間だからそれが持続時間だと思うよ?」

「そんな、今何時ですか?」

「11時だね。まあ時間まで色々テストしよ?」

「それはいいですけど、何をテストするんですか?自他の身体変化ですか?」

「アクマでもマジ!シャン!の得意だった魔法は身長の上下だったよ。アゲハも出来るかも?」


 それから念じてみた。自分の身長が伸びるイメージを持ってやってみたが、特に見た目は変わらず。ユルシさんの胸が大きくなる様に念じてと言われたがこれも変わらず。何も変わらないのだが?

 そうこうするうちにお昼ご飯の時間になった。ユルシさんが、それじゃあ食べに行くのは辛いだろうからと、買い置きのカップ焼きそばを2人で食べた。


「美味いものですね。御馳走様でした。」

「食後の一服吸うけど、アゲハもどう?」

「いらないです。」

「身長が無理なだけで、筋力アップとかはいけるかもしれないよ?」

「じゃあ上腕二頭筋を2倍にしますかねー。」


 あれ?Tシャツが破れて腕が太くなってる?いや、腕が確実に太くなっている。


「ユルシさん、これって?上手く行ったんですか?」

「みたいだね。他にも身体変化何が起こせるか試してみよう。」


 とりあえず試してはみたのだけど、どうやら筋力アップと筋力ダウンしか使えていないみたいだ。自然治癒力や感覚系は検査する道具は無かったが、感覚的には多分変化させられるが、確証は無い。


「筋力の上げ下げだけですかね。」

「見た感じそうだね。」

「ところでユルシさん、今日はタバコ多くないですか?」

「苛ついてたら増えるの知っている癖に?」


 ユルシさんは今日はタバコをガンガン吸っている。身体に悪そうだ。何か苛つく事でもあったのかな?


「何か俺気に触りました?」

「あー、まだテレパス続いていてね、もうすぐ終わりっぽいんだけど、ユルシの事。やっぱり都合の良い風俗嬢くらいにしか考えて無いんだなぁって。」

「すいませんでした。脳味噌が勝手に。」

「ユルシは本気なのに、都合の良い風俗嬢くらいにしか考えて無いって酷い。」

「俺にはハルがいるから、ハルのお腹には子供もいるし……」

「あ、時間切れみたいだよ。テレパス消えたよ。」


 スマホを見ると19時を回っていた。早く家に帰らないといけない。


「じゃあ今日はこの辺で、俺タクシー拾って帰りますんで、また今度。」

「遠慮しないでよ、送っていくよ。」


 ユルシさんのベンツの助手席に乗り、夜の街を走り過ぎて行く。家に着くまでの間に、重い空気の会話をする。


「子供の名前は決めているの?」

「女の子だったら、お蝶ですね。」

「そっか、じゃあ男の子が生まれたらユルシが名付け親になって良い?」

「それは不味いんじゃ……」

「まあ、考えとくね。」

「はい。」


 そんなこんなで家に着いた。ハルが出迎えてくれた。あれから多少遅くなっても、何も聞かなくなっている。


「アゲハお帰りなさい。」

「ただいま。」

「ユルシさんお疲れ様です。また、修行ってやつですか?」

「うん、そうだよ。今日は新しい魔法を覚えてもらったよ。」

「そうですか、ありがとうございました。」

「うん。じゃあアゲハ、ハルちゃんもおやすみなさい。」

「おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」


 こうして俺は火の魔法を習得した。ユルシさんに言われるがままに、どんどん魔法を習得しているものの、果たしてこれが正しい事なのか疑問を持っている。


†††


 私はユルシ。火の魔法は手元にあるのは1ページだけ、根本から違う魔法だから、私は試さなかったよ。知らない魔法はまず誰かに覚えさせてからしか覚えない。

 魔法は世界に破滅を呼び込む。まずは自分自身からだと、私は解釈している。アゲハには悪い事をしたかもしれないね。

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