第4話イカサマ麻雀。

イカサマ麻雀。


 約束された勝利に価値は無いと言うのは愚か者の言う事だ。勝たなければこの世に意味なんて無い。勝者はいつだって弱者から奪う側の生きる物なのだから。


ユルシの美学より抜粋。


†††


 ユルシさんに連れられて、雀荘に来たが、ここってなんでビーカーだらけなんだろ?ユルシさんってもしかして、ビーカーメーカーの回し者?なんて下らない事を考えていたら、ユルシさんに怒られた。


 店内に入ると黒服のイカツイのがユルシさんの白衣をまるでコートでも掛けるかの様にドレス掛けに掛けた。ユルシさんは、「ああ、これもよろしくだよ。」と言って大きな肩掛けバッグを預けた。それを預かった黒服が、「かしこまりました。」と言って、下がった。


 白衣を一枚脱ぐと事務バリキャリ風のボディコン姿……ボディコンといってもデザインは控えめだが、色っぽくなった。


「アゲハは弟子なんだから、くだらない事考えてたらダメだよ?」

「いや、何も考えて無いですよ……」

「そんな事無いよ?すぐ分かるからね?」


 ユルシさんはキャラ分かんないよな、大人なのに子供みたいなユルフワな話し方なのに、服装は白衣にボディコンってチグハグなのに、白衣抜いだら色っぽいなぁ。


「さて、アゲハはそんな煩悩まみれで私から1回でも麻雀勝てるかなぁ?魔法修行の第2段階だよ?準備してよ?」

「え?遊びに来たんじゃないんですか?麻雀ですよね?」

「魔法修行だよ?ボーイ2人付けるけど、当然ユルシの味方だからね?」

「そんな!1対3じゃないですか!?」


 こうして、ユルシさんはボーイを2人呼び雀卓を囲んだ。

 魔法修行って麻雀打ってたら良いのか?それに今度はビーカーにコーラだ。ユルシさんの事だからビーカーに仕組みがあるに違いないと、4人分のビーカーに目を見やったが、これもまた異常は無いのは平常運転だろう。


 麻雀漫画よろしく俺とユルシさんがトイメン。ボーイは脇。麻雀漫画と違うのは、ボーイ2人も敵って感じ。闇ルールとかあるのだろうか?聞いてみよう。


「闇ルールとかあるんですか?」

「ん、無いけど健康麻雀だと思って、それと三味線引いたらその時点でチョンボだから、気をつけてね?」

「三味線って無駄な喋りとかもですよね?」

「そそ、じゃあ始めようよ。」


 サイコロ回して、ユルシさんが出親になった。嫌な気しかしない。


 何順か回って俺は様子見をしていたのだが?


「ロン!タンピンイーペドラ1ピンピンロク!」


 いきなり高い手をユルシさんが上がった。俺は5m振込してしまった。


 どうもそれから、似た様なパターンが続出。ボーイは上がらない。振り込まない。何だこれ?

 ユルシさんから直撃を受けまくって残りの点棒は2900点。


 俺の手配にそこそこな手が来た2シャンテンだし打点も3色確定しているから裏が乗ればそこそこ、これならどうだ?


4m6m7m1p3p5p6p7p5s6s7s白中 北ツモ


 からの3巡後に聴牌で形は……


5m6m7m1p3p5p6p7p5s6s7s中中 白切り


 2pカンチャン待ちと悪い形だと思ったが、白切りリーチを掛けたのだが?


「ロン!チートイドラ2クンロク!の3本」


 まさかのチートイ白待ちである。何ぞこれ?ユルシさんって、人の心でも読めるんか?


「はい、勝負は着いたよ。休憩する?コーラ飲みなよ?」

「最後の白待ち凄かったですね。まるで牌が透けているみたいでした。」

「ん〜、この麻雀牌には仕掛けは無いけど?」

「って事は何かにタネがあるんですね?」

「三味線引いたらダメだよ?」

「いやいや休憩時間じゃ無いですか?」


 すると、ユルシさんから鬼の様な発言。


「休憩は今終わった。2回戦開始からチョンボ料ね?」

「そんなー、冗談きついっすよー!」

「チョンボ料追加ね?点棒無くなるよ?」

「……」


 結局2回戦もずっとユルシさんが上がるだけ、なぜかは知らないけど、安い手ばかりだったが、あっという間だった。


「休憩します!これって全然楽しく無いんですけど?」

「そりゃ負けていたら生活苦しくなるからね?楽しめないよ。」

「は?はぃぃぃ!?」

「これ賭け麻雀だよ?」

「健康麻雀って……」


 ユルシさんの口からとんでもない一言が出る。


「まあルールは健康麻雀のルールだけど、ノーレートとは、言ってないよ?」

「あのちなみに今俺いくら負けてますか?」

「5000万円くらいかな?」

「遊びって訳には、そのユルシさんのお誘いだったし?」

「ユルシがタダで遊ぶ女に見えるの?」

「いえ、何でも無いです……」


 ユルシさんから魔法修行と言われて着いてきたら借金背負わされた……なんだか騙された気分。

 そんな事を思ってたら昼食が出てきた。インスタントの袋麺なんだけど、ビーカーに入っている……恐らくビーカーのまま調理して、食器としてもビーカーなんだろう。


「はい、お昼ご飯だよ。」

「ビーカーにインスタントの袋麺って、何かの儀式ですか?」

「調理工程は分かると思うけど、ビーカーのまま調理しているよ。美味しいから食べようよ。」

「ビーカーの中にラーメンですか、しかも海苔や卵やキャベツとメンマまでは分かるんですが、チャーシューって気合入れ過ぎじゃないですか!」


 無駄にゴージャスである。ここまで手が込んでいるのに、インスタントの袋麺だと分かったのは、器がビーカーだからにつきる。

 このビーカーに対する拘りは一体?


「ビーカーに何か特別な思い入れあるんですか?」

「分かんないよ。」

「分かんないって何故です?」

「ユルシの遺伝子が決めた事だよ。」

「それじゃ分からないです。」

「だから理由は説明し難いというか、好きな物だからってだけ、遺伝子が決めているよ。」

「はあ、生まれつきの好みなんですね?」


 どうにも不思議ちゃん過ぎるが、まあユルシさんが、それで説明を完結させるならそれでもいいや。


「まあ、ユルシのオリジナルが好きな人から貰ったプレゼントだとは、知っているよ。だけど、言葉や理屈じゃなく感覚的に好きなんだよ。」

「オリジナルって何ですか?」


 この人の話は不思議過ぎて、質問しないと分からない事が多い。


「ユルシはクローン人間なんだよ。ユルシ達のオリジナルがいるんだよ。その人もユルシって言うよ?」

「ちょっと待ってください。国際条約違反じゃないですか!?そんな大それた人だったんですか!?」

「ユルシを何だと思っているの?安く値切るつもりかな?酷いなぁ。」

「いやいや、そうじゃなくて、ユルシさん何者?」

「魔法使いだよ?君もね?」

「次元が違うじゃ無いですか!?」


 するとユルシさんがラーメンを食べ終わって箸をビーカーに入れて、雀卓の上のお盆に入れた。すると、店の黒服がユルシさんにポテチを持ってきて、ユルシさんはポテチの袋をスナックボール開けして、雀卓に置いて食べ始めた。

 こうして見てると普通の女性だが、まあ見た目金髪は目を引くのと、若く見える。童顔と言えばそうだし、女子高生の制服を着れば、女子高生と言っても通用する。何よりユルフワ系の顔立ちで、モデル並みのルックスである。スタイルが細いのなんの、ボディコンが似合う体型ではあるが、顔立ちやユルフワな空気感とのギャップも魅力的だ。


「ユルシは君とはだいぶ魔法使いとしてのキャリアが違うし、それに純粋に血統が違うよ。ユルシは産まれた頃から魔法使いの宿命を背負い込まされてるよ。」

「キャリアは違うのは分かりますし、ユルシさんの生い立ちが苛烈そうなのも何となく分かりますが、ユルシさんってもしかして、寂しいんじゃ?」


 ユルシさんが、食べていたポテチの、スナックボール開けしている袋を、下の部分を押し上げている。俺はラーメンを食べ終わった。ビーカーで出てくるモノだから、熱いのなんの、猫舌な俺には苦痛な食べ物だった。味わうどころじゃ無い。


「寂しいから、こうやってアゲハを連れ回しているよ?ユルシはかまちょだからね?構ってくれないと困るからね?」

「それってまるで俺が彼氏みたいな言い方じゃないですか?」

「そこは置いといて、あ、ユルシに欲情したらハルちゃんに言いつけるからね?」

「ユルシさんはわがままって思います。」

「わがままに生きて行かないと、チカラを持った者は、強者として弱者から搾取する生き方をしないとね?」


 ちょっと、ムってきた。まるで俺が弱いみたいな。地下闘技場のチャンピオンにまでなったこの俺が弱いのか?そりゃ麻雀は弱いけど。


「俺は弱くなんか無いですよ!」

「そうやってムキになるから図星なんだよ?」

「でも、俺、地下闘技場の元チャンピオンだし!弱くは無いつもりです!」

「麻雀弱いじゃん?」

「そりゃ、ゲームですし……」

「ゲームでもお金は掛かっているよ?それに地下闘技場もお金稼ぐ為でしょ?分かる?」

「う、ぐうの音も出ません……」


 俺がコーラを飲んでいたら、ユルシさんが、「あげる。」って言ってポテチをくれた。


「そういえば、何で地下闘技場のファイターなんてやっていたの?」

「あー、親父が仕事で借金して、その返済も含めてですよ。」

「お父さん思いなんだねー。やっぱり家族って良いもの?」

「家族だから助けるのは当たり前なんで、家族ってユルシさんにもいるんでしょ?よく分からないですけど。」


 ユルシさんが難しい顔しながら、いかにも、難しい話をするとばかりに、コーラの入ったビーカーを中央揃えして、両手で握り。顔はうつむけにして、暗い話を切り出すポーズをしている。


「ユルシはクローンなんだけど母体になった人は、いたんだけど、殺されたらしいんだよ。だから母親は知らない。教育係の人が母代わりなんだよ。」

「すいません。暗い話は苦手です。」

「いや、この際話すべきだから、黙って聞いててよ?」

「はい。」

「ユルシ達は3姉妹なんだけど、一応順番があって、時間系、空間系、重力系の順番で姉妹なんだよ。つまり時間系のユルシが長女って事ね?」

「つまりユルシさんですよね?」

「そうだよ。」


 クローン人間。3姉妹。魔法使い。とんでもない話に巻き込まれてしまったが、とても引き返せそうにない。ユルシさんが話を続ける。


「ユルシの目的はね、他流派の魔導書の回収なんだ。元は1つだったものなんだけど、今は大まかに3つと、もしかしたら他にも残っているかもだけど、他は眼中に無くて、三大流派どうしの競争なんだよ。ここまで分かるかな?」

「魔導書の回収って?本が3分割されてるとかですか?」

「まさにその通りだよ。ユルシは最初の1/3を持ってて、他の2人も1/3ずつ持っている。んで、抜けたページがあるらしく、たった1ページ持っているだけの紛い物の亜流派が幾つか存在するよ。」

「魔導書読んだら誰でもなれるものじゃ無いですよね?」

「それはそうだよ。だから亜流派はほとんど残って無いはずだよ。ここまで他に質問無いかな?」

「いや、話を続けてください。」


 まるで漫画みたいな話だなって思う。伝説の魔法使いがいて、そのクローンがユルシさんで、遺産として魔導書があって、クローン3姉妹に分け与えられて競争させられるみたいな、そんな絵空事みたいな話が今目の前に真実として語られている。


「魔導書を回収したらゴールって訳じゃ無くて、復元しないといけない。残念だけど、亜流派のページはもうほとんど回収出来ない。」

「その亜流派のページってネットオークションに落ちてませんか?それとか闇のオークション的な、ほらそんな感じの、ありがちじゃないですか?」

「うーん、闇のオークションね、行った事あるけど、流石に無かったよ?ネットオークションに落ちていたら誰も苦労しないよ?」

「えー、じゃあネットオークションで見つけたら5000万円チャラにしてくださいよ?」

「はいはい、勝手にするんだよ。」


 俺はユルシさんの話を切り上げて、魔導書のページを探しにネットオークションを開いた。なんか、それらしいのが少しだけあるが?


「魔導書ページで検索したら3件ヒットしましたよ?1円スタートと、1万円スタートと、入札入って1050万円のがありますけど?」

「1050万円スタート?もしかするんじゃないかな!ちょっと見せてよ!」

「はい。どぞ。」

「どれどれ、あ、これ、本物のやつかも?写真のところに作者『アクマでもマジ!シャン!』って書いてある。偽物かも知れないけど、買ってみる価値はあるよ!?」


 ユルシさんははしゃいでいる。こうしてみるとただのユルフワ系キャラなんだけどなー。紙切れ1枚に1050万円に入札掛けるとか、金持ちは意味分からないよなー。


「ユルシさん。5000万円チャラでいいですか?」

「おけ!」

「ありがとうございます!ついでにそれが本物だったら幾らかその、報酬的な?」

「欲張りは嫌われるよ?今落札可能時間ギリギリだから、試しに落札してみるよ。」


 そう言うとユルシさんは自分のスマホからネットオークションのページを開き、1500万円で、魔導書のページを落札した。金銭感覚狂っているよな。


「作者アクマでもマジ!シャン!って誰ですか?魔導書書いたのってユルシさんのオリジナルじゃないんですか?」

「うーんと、オリジナルに魔法を教えた人だよ?恋仲だったみたいだけどね。まあ、その魔導書を元にユルシも魔法が使える様になったから、アクマでもマジ!シャン!はユルシのお師匠様だよ?」

「てっきりユルシさんのオリジナルが伝説の魔法使いって思っていましたが、その、アクマでもマジ!シャン!が伝説の魔法使いなんですね。」


 ユルシさんがビーカーのコーラを飲みながら枝豆を注文している。この雀荘はメニューが居酒屋みたいに札に並んでる。なんかおっさん臭い店だ。まあ雀荘なんておっさん臭いイメージしかなかったが、初めて来た店がここだからなぁ、それよりはビーカーだらけな店だけど?


「アクマでもマジ!シャン!はユルシの好きな人だよ、生きているなら会ってみたいなぁ。」

「そ、そうなんですか?」


 俺は複雑な気分に襲われた。何だろうこの気持ち。ユルシさんが好きな人いるってイメージが無かったから?でも何だろうこの喪失感は……


「ユルシの魔法は知っているかな?時間系最高位のタイムドライブなんだけど、時間を行き来出来るのは制限があるんだよ。3時間前にしか戻れないし、強力な魔法だから、副作用もあって3時間前に戻ってから時間が、一定経過したら、丸一日寝たきりになるんだ。」

「それって便利ってかチートじゃないですか!」

「他にも色々出来るよ?時間止めるここまでは、アゲハも習得してね?」

「時間停止ってジャックが、使っていたやつですか?あれを俺が?」

「いや?ちょっと簡単だよ、ジャックのは特殊なやつね?」



 なんか嫌な予感がした。ジャックのは特殊で、俺が習得するのは簡単ってなんだろうか?


「時間停止魔法って簡単に習得出来るんですか?」

「そりゃ簡単だよ。目玉焼き食べるだけだから、あ、ウェイター例の目玉焼きとトマトジュースね。」


 黒服のウェイターが来て、「かしこまりました。」と言って下がって、奥の厨房から、トマトジュースと、なんか目玉焼きなんだが、確かに目玉焼きなんだが、生物のそれの目玉を焼いた物である。

 まさか、これ食えってんじゃないよな?


「あの……ユルシさん?これをまさか?食べろと?」

「召し上がれ。」

「いやいやいや、無理無理無理。しかもこれ流れからしたら、ジャックの目玉ですよね?」

「カニバリズムだよ?魔眼は捕食してから能力を習得するんだよ?」

「食べないと何かペナルティあります?」

「食べないと進まないよ?それにこの先の戦いで命を守る為にも必要だから、食べてよ。」

「い、いや、これは流石に……」

「じゃあ食べたら何でも好きなもの3つ買ってあげるから、何か欲しいものある?」

「えー、何でも好きなものって何ですか?いっつもユルシはお高いよって言っているのに、今日は気前良いですね。」


 不意打ちとは、まさにこの事を表す言葉だと、思う。


「1つ目はユルシね?じゃあ2つ目は?」

「え?ユルシさんでも良いんですか?」

「2つ目もユルシね?最後3つ目は?」

「え、え、もしかしてエロい事ありですか?」

「3つ目もユルシね?決まったみたいだから、目玉焼き食べなさい。」

「えー、でも、俺にはハルがいるし、困ったなぁ。」

「ユルシ3時間分は要らないのか!」


 俺は目玉焼きを丸呑みして、トマトジュースで流し込んだ。迷いは無かった。


「ユルシさん?もしかして、この後って……」

「ちょっと待って、会計済ませるから……」

「あ、場代ってやつですよね?」

「そそ、ここ健康麻雀ルールだけどレート高いから場代だけでかなりの額だから、どうせ今日手持ち無いんでしょ?ユルシが出しとくから貸しだからね?」

「い、いくらですか?」

「2000万円。利息は取らないから安心してね?」


 え、何これ?借用書書かされたんだけど、俺明日から借金生活?


「ちょっと額が額だから、払えないですよ?」

「また闘技場でチャンピオンになれば払えない事は無いよ?」

「ちょっとユルシさん!それが計画だったんですか!?」

「失礼な、計画の一部だよ?」

「ハルに相談してからファイターに戻るか決めていいですか?」

「お前いくつだよ?ハルちゃんに相談しないと決められないのかよ!大体ね戦う運命から逃れられないんだから、経験値積めよ!」


 ユルシさんがいきなりキレ出した。普段怒らない人が怒ったら怖いって言うけど、そんなに怖くない。怒るのに慣れてないのが、ちょっと可愛いとも思ってしまった。


「ユルシさん、俺はハルとは夫婦になる予定なので、相談するのは、当たり前なのでは?」

「ユルシの気持ちも知らない癖に……行くよ車乗って!」

「え?あ、はい。」


 ユルシさんの車に乗って、ユルシさんは走り出す。景色が流れていく方向がホテル街だった。期待に胸が膨らむ。


「着いたよ。入ろう。」

「はい。」


 部屋を物色しているユルシさんは、201号室の安い部屋を選んだ。


「あの、ユルシさん?もしかしてエッチな事ありって?最後までですか?」

「今何時かな?チェックインの時間。ちょっと時間見て!」

「はい、15時半です。」

「じゃあ18時半までエロい事していいからね?」


 と言いつつユルシさんは、目を潤ませて抱きついてきた。良い匂いがする。キスをされた。


†††


「ねぇ聞いてる?今何時?」


ん?なんか一瞬意識が飛んでしまった様な変な感覚に襲われた。何だったのだろう。

 ユルシさんは抱きついたままで、俺に聞いてくる。


「ねぇ聞いてる?今何時?」


「何時って、そりゃ15時半でしょ?」


「良いからスマホで時間確認しなよ?」


「え?はい。」


 スマホを見ると、んとさ?俺はこれはキレてもいいか迷ってしまう。


「18時半ですね?あのーユルシさんの魔法って時間を進める事も出来るんですねー、へー。」

「まあ、ご愛嬌。」

「エロい事しようって、まさかキスだけですか?」

「人生で一番怖いのはまさかだよ?」

「キスだけって、切ないです……」

「ユルシは、ファーストキスがアゲハで良かったよ?」

「じゃあ続きも!」

「ハルちゃんに悪いからやめようか?」

「脅しの材料も混みだったんですか?」

「まさか。」

「ファイターになるってのもハルに相談込みなんてのは、頭の良いユルシさんが計算しない訳無いですよね?全部ユルシさんの掌の上なんですか?」

「怖い怖い。」

「俺に気のあるフリしてるのは演技ですか!」


 ユルシさんが泣きながらビンタしてきた。細い割にかなり痛いビンタだった。


「マジ!だよ!」

「……なら、俺も腹を括ります。」

「腹を括ってハルちゃんに別れを告げるの?」

「違います。」

「じゃあ、何を覚悟したの?」

「他の流派から魔導書を回収します。ユルシさんが、ちゃんと次へ行ける様に手伝います。」

「そんなかっこいい事言ってもダメだよ?」

「別に下心は無いです。」

「うーん?ユルシが麻雀で勝てた理由知りたい?」


 ユルシさんが意外な事を言い出してきた。格好付けて臭い台詞吐いていたのを後悔した。


「ユルシ読心なんだよ?」

「知ってますよ?さっきもファーストキスっての言ってだじゃ無いですか?身持ち固いんですね?」

「ユルシ読心なんだよ?」

「何故2回?独身なのは知ってますよ?」

「心を読める。正確には相手の頭の中の電気信号を増幅させて、電波垂れ流し状態にして、脳内音声を読み取る。ここまでで質問ある?」

「え、嘘でしょ?流石にチート過ぎますよ?」


やば……


「え?やばい。ユルシさんタイムドライブの能力使ったら副作用で眠くなるの待ちもバレた?ってエロい事考えている人は、今まさかと思いました。当たり?だよね?」

「俺のスケベ心を丸裸にしないでください!」

「責任を取る気もサラサラ無い癖に?」

「んー、じゃあ俺のどこが良いんですか?」

「弟子は可愛いものだよ?魔眼を譲る位は可愛いよ?」

「ユルシさんって孤独なんですね。」

「だからかまちょしてるよ?」


 俺の視界が一瞬ブルーが入った。何だろうか?魔眼がどうののやつなら、時間停止のやつだ。


「あれ?視界が一瞬ブルーになりましたよ?これって魔眼の作用ですか?」


「……」


「ユルシさん聞いてますか?」


「……」


 やばい。時間停止しているぞ?

 でもこれあれかも?ユルシさんには無効で、止まったフリしているのかも?試しに胸でも揉んでみようかな?

 俺は恐る恐るユルシさんの胸を揉んだ。その時だった。


「きゃっ、何するの!変態!」

「ユルシさん、これには訳があって、視界がブルーになったと思ったらユルシさんの時間が止まりました。それで胸を揉んだ訳です!」

「どんな訳だよ?それで、今は任意に発動出来る?」

「んー、何となく出せるって感じはありますけど?」

「あ、今は発動したらダメだからね?それとそろそろ出ようか?」


 ホテルで結局何も無かったのと同じだったけど、ユルシさんは何だが可愛かったからいいや。どうやら時間停止の魔法は対象の体感時間を止めている様で接触により解除ってところまでは掴めた。


「ユルシさんっていつ寝るんですか?帰り道車の運転危ないって思います。」

「そだね、タクシー使うからまたね。」


 ユルシさんはタクシーに乗って帰った。俺は歩いて帰る羽目になった。


†††


 私はユルシ。先代の魔法使いというか、教育係だった人から魔導書回収競争を遺言として受け継いだんだけど、どうも1人では上手く行かないのと、魔法使いは弟子を取るのが基本だと、魔導書……ユルシの美学に書いてあったから、他のユルシ達も魔導書回収競争に参加しているはず。

 みんな弟子を最近取り始めた。ユルシの美学の修復は多分そう遅く無い。


 ユルシはダメな子だ。いくら可愛いからって、弟子にあんな事してしまうなんて、時間停止はユルシも使えるんだよ?

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