魔法使いに筋肉必要ないって言ってたやつ息してる?

黒木ヴェルサイユ

プロローグ

「それでは次のニュースです。ついに人類が魔法を使えるようになりました」


 女性キャスターが淡々と伝えるニュースはアメリカのスタートアップが開発したというガジェット装置の報道だった。“ブリッジ“と名付けられた指輪状のガジェットをはめると魔法が使えるようになるということで、唐突にもこの世界に魔法が誕生した。


 当時小学生だった俺は魔法が現実のものとなったことに心底ワクワクした。とはいえ魔法使いになろうと思ったのは憧れからなんかじゃない。痛いのも面倒くさいのも大嫌いな俺が魔法使いを志したのはズバリ「公務員(魔法使い)になって安定した将来を送りたい!」という打算的な考えからだ。


 俺が魔法使いになる事を両親はよく思わなかったようで、危険な仕事だからやめてほしいと何度も言われたものだが、今の世の中、魔法使いが派兵される事はまずないだろう。なんとか両親を説得する事に成功した俺は地元、市ヶ丘いちがおか工科学校に進学したのだった



 そして今日が入学式というわけだ。


 入学式の後、教室に戻った俺たちはロングホームルームを今さっき終えたところだ。誰一人として帰宅するものはおらず、初日の緊張から解放されたからなのか、周りは私語で溢れかえっていて、すでに仲良しグループなんかもできつつあった。


 初対面の人間との会話が得意でない俺はと言えば、そんな空気にバツの悪さを感じていて、いち早く帰り支度を済ませ一人廊下に出た。


「オサム!」


 教室から半身を乗り出し声をかけてきたのは同じ中学出身の秋山だった。とりわけ仲が良かったわけではないので詳しく知らないが、確か実家が開業医で将来は医者になると誰かが言ってたはずだけど?


「秋山もここに進学したんだ?」

「それはこちらのセリフだ。しかし、お前が魔法使いなんて似合わんな」


 ――いきなり失礼なやつ


 と思ったが、言われてもしょうがないなと諦める。なにせ魔法使いといえば理知的で理性的で理論的であり、俺とは真逆の存在だ。本来であれば頭脳明晰で成績も常に学年トップである秋山のような奴が魔法使いになるのが筋なんだろう。


 とてもじゃないが、コイツに魔法使いを志望した理由は言えない。


「放課後少し付き合え」


 まさかコイツからお誘いを受けるとは思いもよらなかったが……。


「いやー、放課後は……確か……妹が出かけるとかなんだとか言ってたような……」


 しどろもどろになりながら架空の予定を捏造する。本当は予定なんかないのだが、突然予定を聞かれるとついつい嘘をついてしまうのは昔からの悪い癖だな。

 しかし、咄嗟のこととはいえ我ながら下手くそな嘘である。


「試し撃ちにいくぞ」


 メガネを中指でクイクイしながら上から目線で何を言い出したかと思ったら、ようは魔法の試し撃ちがしたいという事らしい。一方的に自分の意思を伝えられた事に多少のいら立ちを感じたが、まあ、気持ちはわからなくもない。


 今日から正式に魔法使い予備生となった俺たちはブリッジの使用を法的にも認められている。はれて魔法を使うことができるようになったのだから魔法の一発や二発、撃ってみたいと思うのが自然な感覚なんだろう。


 とはいえ、コイツも意外とガキなんだな。


「試し撃ちなんかする必要なんかないだろ? これから授業で嫌でも魔法を使う事になるんだから」

「俺は俺の能力を早く知る義務がある。それだけだ」


 案外と打算的な人間だった事に妙な親近感を覚えた。が、バレたら即退学もんのリスクがある。公共の場で魔法を使う事は御法度なわけで、どこか人目のつかないところでということなんだろうけど、超安定志向の俺は断るつもりでいたのだが。


「廃倉庫で待つ」と、それだけ言い残し秋山は踵を返した。


 ――自己中かよ


 心の中で思ったものの、当の本人の姿はもうなかった。


 約束は不成立であり、行く義理もないのだが、後でグチグチと言われるのもしゃくだ。


 俺は陰鬱とした気分になりながらも、重い腰を上げ廃倉庫へと向かうことにした。

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