* 4 *

「萌、朝だよー」


 あの日、夜中にも関わらずあの人のところに行った。


「千尋、おはよう」

「おはよう。萌」


 千尋の家。夜中に連絡して少し呆れながらも家に上げてくれた。


「萌、夜中にとか本当やめてよね」

「ごめんってば」

「まあ、萌のことだからきっと中村くんと何かあったんだろうなってすぐに分かったけどさ」


 千尋は、本当にいい人。何も言わなくても分かりあえる。


「で? いつまでいるの?」

「いつまでって……」

「はぁ。別にいいよ。ずっとここにいても」

「えっいいの?」

「だって、帰れないんでしょ?」

「うん……」


 本当は泉貴と別れたくないって正直に話したら、自分の気持ちに整理がつくまでここにいていいということになった。ただし、家賃と食事代は払うという条件で。

 仕事も、電車通勤だから千尋の家からも行けるということが分かってる。じゃなきゃ、人の家に入らないよ。


 千尋が作る朝食は、すごくおしゃれでシンプル。


「いただきます!」


 親友と食べる朝食は、すごくおいしい。


「突然だけど、別れるのは嫌なんだよね?」

「うん」


 昨日、あんな裏切られ方しておいて、別れたくないのが本音。


「離れたくないんだったら、冷静になって話すべきじゃない?」


 親友の言葉には、いい意味でも悪い意味でも心にグサッてくる。


「そりゃそうだけど……」

「今は話したくない?」

「うん……」

「そうだよね。ごめん。昨日の今日だもんね」


 泉貴と喧嘩したのは、昨日。心の整理がついていないのは当たり前。


「萌。どこか行く?」

「ううん。今日は、一日家でいい」


 だって、泉貴は仕事なのだからもしかしたら遭遇するかもしれない……。

 今は、会いたくないんだ。


「そっか。わかった。じゃあ、この間借りてきたDVDでも見てゆっくりしよっか」

「そうしよう」


 千尋が、私の一番の心の支え。

 地獄になった土曜日と天国に戻った日曜日が終わり、仕事が始まった。


「萌、無理はしないでね?」

「ありがとう」


 私たちは、一緒に家を出てそれぞれの会社に向かった。



 あれから一週間。千尋といることで、自然と泉貴のことを忘れている自分がいた。泉貴なしでも生きられるし、仕事できる。でも、一つだけダメなところがあった。


「萌、最近大丈夫?」

「へっ?」


 それは、千尋との何気ない会話で気づいたことだった。


「萌、泣いてた? 目、腫れてるよ」


 千尋に言われて鏡を見ると、両目が赤くなっていた。


「最近、毎日泣いていない?」

「えっ、そうかな?」


 泣くって、無意識に出来ることだっけ?

 思い返せば、気づいたら泣いているような。


「泣いているのは無意識かもしれないんだけど、ここんとこ、首元がスースーする」

「スースー?」


 いつもあった鎖の感覚がなくて、すごく首元が寒く感じる。


「萌……。中村くんのところ、戻りたいんでしょ?」


 泉貴のところに、戻りたい。そんなこと……。


「はぁ。何年あんたの傍にいたと思ってんの? そんなことね、親友にはお見通しなのよ」


 千尋はどこまで鋭いのか。


「大好きなんでしょ?」

「うん」

「ずっと、傍に居たいんでしょ?」

「うん」

「なら、ちゃんと正面から向き合いなさい。実はね、この間中村くんから連絡が来たの。一番最初に送るのはウチじゃないよって言ったら、萌の今の心境が分からないからこわいって。中村くんも、正面から向き合って話をしたいって」


 泉貴……。


「お互いに遠慮してどうするんよ。しっかり向き合って、自分の気持ち確かめておいで?」


 その時、一件の新着メッセージがきた。通知を開くと、

『萌。俺のことを許せないと思うけど、ちゃんと話がしたい。あるものを渡したいから、公園に来てほしい』


「萌。いつまでも後ろ向いていたら、前に進めないよ? ウチはここから二人の成功を願ってるから」


 私が好きなのは、泉貴。

 誰が何と言おうと、私に最高の幸せをくれた人。


 だから、私は……。


「千尋、いってくる」

「うん。いってらっしゃい」


 しっかりと向き合うんだって心に決めて、泉貴の待つ公園へ―――。

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