* 2 *

 記念日まで五日。先週から待ち遠しくて、一人ですごく気分があがっていた。

 仕事中も、知らぬ間に浮かれている自分がいて。


「後藤さん? なんだか、楽しそうだね」

「えっ?」

「朝から、ルンルン気分で会社に入ってきたから。何かいいことでもあった?」


 そう言いながら、スマホのホーム画面を見て


「ふーん。そういうことね。幸せそうで何よりだ」


 私は優しく微笑んで、仕事を再開した。


「後藤さん、ごめんね? 急遽、これお願いできる?」


 上司から頼まれたのは、明日必要になった資料作成。


「はい。わかりました」


 みんなが帰りだしてる中、私は上司に頼まれた資料作成に集中していた。

 定時になったが、まだ資料作成が終わらない。そのとき泉貴から電話が来た。


「もしもし」

『もしもし。萌?』


 電話越しから聞こえる泉貴の声が、格好よくて愛しくて……。


『俺、今ちょうど終わって帰るところなんだけどさ』

「そっか。お疲れ様」


 泉貴、終わったんだ。私も早く終わらせて、泉貴のところに帰りたい……。


『ありがとう。萌は? もう帰り?』

「私は、急遽残業が出来て……。まだもう少しかかりそうなんだよね……」


 そっか。って、返事をする泉貴の声がどこか寂しく聞こえて。

 またひとつ好きになっていく。


『今日は、俺が作って待ってるから』

「うん。ありがとう」


 泉貴と付き合えてとても幸せ。おかげで仕事もはかどる。

 突然頼まれた仕事も、ようやく終わった。机の周りを整頓して、荷物を片付けて。泉貴の待つ家に帰ろう。家に帰っているこの時間さえも愛しく感じる。




 記念日が近づいていたころ、最近泉貴のようすがおかしく感じる時がある。

 この前までは、私の作るご飯を楽しみにしてくれていて仕事から帰ってきたら疲れたーって甘えてきたのに、最近はそれがない。なんだか寂しい。

 昨日の夜だって、ゆっくり過ごせるのかと思ったら、晩御飯を急いで食べて出かけていってしまった。本人は、仕事の関係で急遽呼び出されたって言っていたけど、帰ってきたのは夜の八時。それから呼び出されるって……。でも、本人は仕事って言い張るからそれ以上なにも言えなかったけど。

 もしかして……、って思うことはあるけどそれはないだろうなって思ってその憶測はすぐに頭から消した。



 そんな日が続いているまま、気づけば一年記念日が明日に迫っていた。壁に掛けてあったカレンダーを見て、明日になればこんな不安も消えるんだろうなって思っていた。


「おはよう」

「おはよう」


 いつも通り挨拶を交わすけど、泉貴の様子はここ最近のまま。


「泉貴、大丈夫? 最近、ずっとそんな感じだから心配なんだけど」

「いや、大丈夫だよ」


 本人がそう言うならそうなんだろう。

 ご飯中、スマホを見る回数が多い泉貴。でも、仕事関係で誰かと連絡を取り合っているだけだろうと思って、特に何も言わなかった。



 朝食を終えた泉貴が、今日は遅くなるって言いながら玄関に行った。


「えっそうなの? せっかく明日のことゆっくり話そうと思ってたのに……」

「ごめんな? 仕事が立て込みすぎてて。悪い、もしかしたら明日も」

「えっ明日もって……」

「じゃあ、いってきます」


 玄関の扉が閉まった。明日も仕事って……。泉貴のバカ。何の日なのかわかってるのかな?

 仕事中も。今朝の泉貴のどこか浮かないような表情が頭から離れずにいた。

 どうしても気になって一言LINEを送ってすぐにホーム画面に戻して仕事に集中した。

 お昼ごろ、スマホを確認するとまだ泉貴から何もなかった。いつもなら、時間帯はバラバラでもお昼前に来るのに。今日は、スマホ開けないほど忙しいのかな?

 そう自分に言い聞かせてはずっと気にしていた。同僚と昼休みを過ごしているけど、頭の中はずっと泉貴のことでいっぱいになって仕方なかった。


「萌ちゃん、大丈夫? 今日、朝から顔色悪いように見えるけど。体調悪い?」

「ん? 体調は大丈夫だよ。心配させてごめんね」


 同僚で仲のいい莉緒ちゃんに、体調不良だと思われてしまった。まあでも、思われても仕方ない。朝からずっとこんな気分なのだから。

 結局、LINEが来なかったというか……。


「いつまで未読なのよ……」


 既読すら、つかなかった。



 気づけば、定時の時間。みんな、それぞれ今日の仕事を終わらせて帰る支度をしている。

 私も、今日の仕事終わらせて片付けに入った。そういえば。

 午後は、考えずぎちゃダメだと思って仕事に集中していたためスマホはバッグにしまっていた。バッグからスマホを取り出すけど、ロック画面には何も表示されてなかった。

 忙しいんだよね。そうだよね。って、言い聞かせるけど……。

 その度に、胸が苦しくなって泣きそうになる。私も働いている身だから、仕事の忙しさなんて分かるはずなのに。大人なのに、そんなことで泣きそうになるなんて……。

 もしかして、まだ未読なのかな?って気になって確認すると。


「あっ」


 既読、されていた。これって、既読スルーっていうやつだよな。

 本当に仕事なのかな?

 どうしたらいいかわからなくて、誰かに聞いてほしくなった。


「莉緒ちゃん、この後大丈夫?」

「うん。平気だよ!」


 莉緒ちゃんを飲みに誘った。

 居酒屋に行こうってなったけど、あの雰囲気が苦手で莉緒ちゃんのおすすめのオシャレで静かなバーに行くことになった。



「莉緒ちゃんごめんね? ありがとう」

「いえいえ。友達の悩みならいくらでも聞くから。なんなら、朝まで付き合うよ?」


 莉緒ちゃんは、んふって笑ってそうだよねって一言呟いてカクテルを口に含んだ。

 私は、ここ最近の泉貴の様子を話した。莉緒ちゃんは、何も言わずに私の話をずっと聞いてくれている。ある程度話したところで、莉緒ちゃんが口を開いた。


「ねえ、浮気の可能性はない?」

「浮気?」


 そんなこと……。


「人間って、ずる賢い生きもので都合の悪い時に『仕事』って嘘ついて逃げたりするんだよ」


 嘘ついて逃げる……。


「でも……。泉貴は、そんなことしない人って信じてる」

「信じてもいいけど、裏切られた時の失望感。どうしようもなく辛いよ、悲しいよ」


 莉緒ちゃんに聞いてもらってアドバイスも貰って、気持ちは楽になった。

 アドバイスは嬉しいけど、私は今はそっちの方向にいかない。


 『信じることが全て。』

 大好きだからこそ、私は彼を信じたい。

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