第16話 集った者達⑪



 レイセウスが決めた勝負内容は、レイセウスたちが立つ雪原の平野から一里以上ある山の中腹にあるレイセウスの山小屋の風見鶏を射貫く事。



 その距離は、少なくても1キロメートル以上—



 レイセウスは、冷静にその勝負がいかに無謀なのかを考察していた。



  一般的に、矢の射程距離は400メートルが限界と言われている。


 しかし、それは、あくまで一般的な距離であり、名工が造った弓、達人級の腕、武技、魔法、すべてを駆使した場合、その距離は、多少は変わる。



 それでも、500~600メートルが限界であり、この世界ではどうしようもない現実だ。


 この現実は、弓ではなく、矢の限界と言っていい。


 放った矢に働く揚力は空気抵抗によって、距離に比例して小さくなる。


 さらには、その矢に働く重力によって落下する。


 いかに、魔法や武技で、そのどうしようもない現実を打破しようとしても限界があるのだ。


 例え、人智を超える程の威力で矢を放っても、その威力は、距離と重力という当たり前の現実に押し潰されるのは、自然の摂理。


 つまりは、100メートルから200メートルに飛距離を伸ばすのと、400メートルから500メートルに飛距離を伸ばすのとでは、難易度が遥かに異なるのだ。


矢という物質を狙い通りに射るためには…


 そのため、矢を遠くに飛ばす為には、一般に重量の軽い矢が用いられる。


 しかし、重量が軽すぎる矢だと空気抵抗の影響をまともに受けるので、狙い通りに矢が飛ばない。


 重量が重すぎる矢だと空気抵抗の影響を受けづらいが、そもそも重いため、自らの重量により重力の影響で失速し、矢が飛ばない。 


 しかし、理想的な重量の矢でもこの距離は、届きようがない。


 つまりは不可能なのだ。この距離を射貫くことは。矢が翼を生やして飛んでいかない限りは―



(矢が届くはずもないこの距離に、この者は、どう挑もうというのだ。


 それこそ、神話に出てくる神などとかでなければどうしようもないではないか?


 人の身でそれができるとすれば、聖者ぐらいのものだ。)


 

―聖者


 それは、聖王国に伝わる伝承というか、おとぎ話というか、とにかく、古くから根付いている信仰の一つであった。


 この聖王国では、数百年に一度、神から力を授かった人が誕生するとされている。


 その者こそ、聖者様―


 神から授かった人智を超える力を持って、民を幸福へと導く聖なる存在―


 今、この国を治める聖王ベサーレス家もその聖者様の末裔という権威で成り立っていると言っていい。

 


 しかし、そんな信仰も、レイセウスにしてみたら、おとぎ話にも満たない迷信や虚言の類に過ぎなかった。




(まあ、いいだろう。できるというならばやって見せるがよい。


 私が、お主の武とやらを見届けてやろうじゃないか!)


 



 雪原の中、お互い睨みあっていたネイアとレイセウスであったが、ネイアは目をそらして背後にいたもう一人の人物に向かって叫んだ。



 「ソリュウさん!! お願いします!!」



 その名ざしの叫びを受けた人物は、纏っていた黒いローブを勢いよく脱ぎ去る。



 すると、そのローブは瞬く間に消え去り、そこには、異国の服を纏う、華麗な金髪な色気ムンムンな、煌びやかな扇子を広げ顔を半分隠すような美女が現れる。



「ようやく、私の出番ですわね。」



 極寒の地の中で余りに不釣り合いな露出の服装をしたパツキン美女は、ネイアの下に近寄ると、腰に携えていた煌びやかな腰袋に手を入れた。


 すると、その小さな袋から、ありえない程の大きさの漆黒の長弓と白銀に光る矢が大量に入った矢筒を取出す。


 その弓の大きさは、ネイアの身長に匹敵する程大きなものであった。



「な、なんなのだ!! それは!!」



 レイセウスでも見た事がない程の見事な長弓が、突然、手品のように出現した事に、レイセウスは驚きの声を上げた。



「何と言われましても、只の弓と矢ですが?」



「いや、いや、そんな見事な弓、私は見た事がないぞ。」



「そんな事より、本当によろしいのですか?」



「ん? 何がだ?」



「私があの山小屋の風見鶏を射たら、本当に魔導教団の軍の編成にご協力頂けるのかという話です。」



「ああ。お主ができたらの話だ。もし、できたら私の裸踊りもサービスしてやるぞ。」



「・・・それついては、謹んでお断りさせて頂きます。」



そして、ネイアは、謎の女—ソリュウから弓と矢を受け取ると、弓の弦の感触を数度確認すると―



「それでは、参ります。」



「ええ‼ もうよいのか⁉」



 試射もしないで、いきなり本番に臨もうとするネイアに驚き、レイセウスは声を上げた。



「はい。準備は整いましたので。それと一つ確認しておきたいのですが・・・。」



「なんだ?」



「放っていい矢の数に制限はありますか?」



「・・・・別にない。何本だろうと好きなだけ放つがよい。」



「有難うございます。それを聞いて安心しました。」



ネイアは、鋭い視線を山小屋に向けると、息を整えて弓を構え、矢をつがえる。



そして、ゆっくりと弓を引き始めた。



その精練された一連の動作を、周囲の者達は息を飲み、見守っていた。



(確かに、この者、只者ではない。


弓を引く時、その者の弓の熟練度が表れる。


動きでわかる。この者は、弓の使い手として一流だ。


そして、何より弓使いに必要なのは、集中力だ。


弓を射る時、僅かな不安、緊張で矢の軌道は大きく狂う。


しかし、この者の瞳には、迷いがない。


こんな不可能な無理難題に挑もうというのに。)




 ネイアは、自身の身長ほどの長弓の弦をゆっくりと引き始めるが、ある程度引いた所から苦悶の表情を浮かべていた。



 それも、その筈だ。


 その長弓は、大の大人でも、いや、筋肉隆々の男でも引く事は困難な程、弦が張られていた。


 そんな弦をか弱い少女が引き切れるはずはない。



 しかし、その弦をネイアは引く。



 白く輝く長矢と共に―




「そこまでにしろ!!


 そのままでは、お主の腱が切れるぞ!!」



その光景を見たレイセウスは、思わず叫ぶ。



(腕の腱が切れてしまったら、取り返しのつかない事になる。


 腕に傷を負っても、ポーションや回復魔法で回復はできる。


 しかし、腱などの運動機能を司る機関は回復できない。


 腕が不自由な者の腕が切断され、高位の回復魔法で復元したとしても、腕が不自由なままであるという事は、必然。



 腕の腱が切れれば、それまで—



 だからこそ、レイセウスは、ネイアのその愚行を制止しようと大声を張り上げた。





「・・・・私は・・・」



そんなレイセウスにネイアは、歯を食いしばりながら、言葉を吐いた。



「退きません!! レイセウス様が首を縦に振るまでは!!」



ネイアはその長弓の弦を、引き切った。



そして、白く煌めく矢を天空に射る。




―ズザザザァァァァァーーーー



長弓を射った反動でネイアの体は、後方に弾かれ、雪の上を転げまわった。



レイセウスは、そのネイアの動きを追う。



そして、ネイアの体が深雪を転げまわって動きを止めた事で安心した。



(これならば、大怪我には至らぬな・・・。


 ハッ!!)



ネイアの身を案じたレイセウスは、すぐさま慌てて、ネイアの放った矢の軌道を追った。


(こんな少女が、自らの身を犠牲にして放った矢だ…。



 その顛末を見届けなくてはな・・・。)




 レイセウスは、天空に放たれたネイアの射った矢に視線をやった。




 その矢は、山小屋に向かう処か遥か天空の空に放たれていた。



(そうだな。


 あんな無茶苦茶な状態で、正しい方向に射れるわけがないわな。)



 レイセウスがそう思った瞬間だった。



「!!!!!!!!」



 レイセウスは、かつてない衝撃を受けた。



 何もない天空に打ち出された矢が、その天空で向きを変え、勢いよく、自分の山小屋に向かって動き出したからだ。



「な、何だ!! これは!?」



 その矢の動きは、まるで、流星。



 星が空を流れるかの如く、矢が、天空から舞い落ちる。




 ―パン―



 決して、そのような音はレイセウスのいる場では聞こえないが、きっと、その場にいたら、そんな痛快な音が聞こえただろう。


 レイセウスは見た。


 ネイアの放った矢が、自らの山小屋の風見鶏に命中し、その風見鶏が真っ二つになり屋根の下に落ちていく様を―



 その光景をまざまざと見せつけられたレイセウスの目には大量の涙が溢れていた。



(な、な、なんと、いう事だ・・・・。)



 レイセウスは心の中でそう呟きながら、自らがないがしろにしてきた信仰を神に謝罪した。


 それは、レイセウスが信仰心というモノに初めて芽生えた瞬間であった。



 それまでのレイセウスは、常に現実主義であった。



 自分が見た者しか信じない。


 自分が見える物しか信じない。


 そして、その見えるモノにも疑いの目を持って接してきた。


 

 そんなレイセウスに、今まで信仰心が芽生える訳がなかった。



 しかし、そんなレイセウスに初めて、信仰心が芽生えた。



 もし、神という存在がこの場に降り立ち、神の力で同じ事をしたとしてもレイセウスの心にはここまで響かなかっただろう。


 レイセウスは、ネイアが放った矢が、なぜ、矢が届きようもない山小屋まで到達できたのか、理解していた。


 ネイアが放った矢は、この山脈の上空に舞う激しい気流に乗ったのだ。


 だからこそ、矢は限界以上の距離を飛んだ。


 言葉では簡単だが、この偉業は、幾つモノの奇跡が重なっていた。


 そもそも、山脈の気流の流れを読むこと自体、不可能に近い。


 山脈の気流は一定ではない、日により時間によりその流れは大きく異なる。


 何より、目では見えないから実際、矢を飛ばしてみなければ、どのような動きをするのかわかりようがない。


 それをこの者は、一発で仕留めた。

 

 まるで、その気流の流れがわかっていたかのように―


 それに山脈の上空の気流に矢を乗せる事自体、ありえない事だ。



 矢を普通に天空に放っても、気流に乗るどころか、気流の風に弾かれてそのまま落下するのがオチだ。


 つまり、気流の風に弾かれない程の膨大な威力で矢を放たなくてはならない。



 しかし、この者は、そのか弱き腕で、それを成した。



 あの見るからにタダモノではない弓と矢のおかげもあるだろうが、それをさしひいたとしても、自らの腕を犠牲にする覚悟でいなければ、この奇跡は起こりようがなかった。



 そして、なによりこちらがいきなり提示した的に一発で命中させる。



 これを神の御業と呼ばずにどう呼べばいいのか・・・



 もし仮に、これがまぐれと言うならば、その者は神に愛された御方だろう。



 もし仮に、これが実力というならば、その者は神の力を持つ御方だ。



 そう、どちらにしても神が使わせた使者である事に変わりはない。







「どうですか? 私の矢は、貴方の山小屋の風見鶏を射止めましたよね?」




 ネイアは、そう言いながら、自らの右手をダランとさせながら、レイセウスの下へと歩み寄る。



 レイセウスの眼には、その光景は、とても神秘的に映っていた。



 太陽に照らされ白銀の光を放つ雪原を、フラフラとよろめきながら歩く少女―



 その様は、まるで聖書の一文に出てきそうな光景だった。

 



 レイセウスは、歩み寄ってきたネイアに対し、即座に頭を垂れる。



「聖者様、いままでの無礼、どうかお許し下さい!!」



 レイセウスは、開口一番、そう叫んだ。



「は?」



 ネイアは、そんなレイセウスに、素っ頓狂な声を上げる。




「私のような下賤の者が、聖者様に向かって無礼千万・・・


 ここは、腹を掻っ捌いて謝罪せねばなりますまい。」



「い、いえいえ、そんな事する必要はありませんよ!!


 っていうか、そんな事されたら、こっちが困ります!!


 こちらは、レイセウス様にお願いにきたんですから!!」



 ネイアは、慌てふためき、もっともなことを言った。



「そうでしたな。畏まりました。このレイセウス・コロシアム。


 聖者様の為、この命尽きるまで忠誠を誓います!!」



 ネイアは、その言葉を聞き、安心する。



「有り難うございます。レイセウス様。


 これから、どうぞ、よろしくお願いします。


 しかし、私は聖者様ではありませんよ?」



 ネイアのその言葉にレイセウスは、一言もの申す。



「いえいえ、ご謙遜をなされず。私にはわかっております。


 貴方様は聖者様であるという事は。


 それに私に対して、—様は、無用です。


 どうか、私の事は、レイセウスとお呼び下さい。」



 そんなレイセウスの言葉に、ネイアは慌てる。



「待ってください。レイセウス様ほどの方を呼び捨てになんてできませんよ。」



「そうですか。それでは、このレイセウス、今ここで裸踊りを披露させていただきます。」



「ええーーーーーーー!!!


 どうしてそうなるんですか!!」


 ネイアは、思わずツッコむ。


「このレイセウス。貴方様に仕える身、であれば、そのような他人行儀な呼び方はよしとしません。ここは、コミュニケーションを深める為にも、裸踊りを披露しなくてはと考えております。」


 レイセウスはそう言うと、上着を脱ぎ始める。



「わ、わっかりましたーーーーー!!


 レイセウス!! 脱がないで下さいーーーー!!」



「ハッ!! 畏まりました!! 聖者様!!」



 レイセウスは上着を脱ぐのを止めて、ネイアに対して頭を垂れた。



「そ、その、レイセウスさ―・・・・。いえ

、レイセウス。


 私を聖者様と呼ばないで頂けますか。


 私は、決して、そのような存在ではないのですから。」



「・・・畏まりました。それではどうお呼びしたらいいのでしょうか?」





「そうですね。気軽に「ネイア」と呼んで頂ければ・・・」



「畏まりました。ネイア様。」



「いえ、こちらも様はいりませんよ。」



「畏まりました。それでは、裸踊りを披露させていただきます。」




「ええーーーーーーー!!


 どうしてそうなるんですかーーーーーー!!」



ネイアのツッコミは、雪山の山脈に轟いた。





それから、レイセウスは、魔導兵団の団長に就任し、自らの力量を発揮する。



魔導兵団を一か月も満たない内に、それまでの聖騎士団に負けない組織、そして、軍を編成した。


そればかりか、兵団全体に、ネイアが志す『力こそが正義』という信念を植え付けさせた。



レイセウスは、その中で、自らが生きている、生きていれば何でもできる、という実感を得ていた。



 それまでのレイセウスは、自分の死に場所を探すだけの実にマイナスの思考で生きていた。



 しかし、ネイアに会い、自分という人間がまだ、生きている。自分という人間がまだ、この世界に必要とされていると気づいた事で、自らの心に活力が生まれていた。


 (それは、かつての自分がアイツに出会った時、感じたモノ・・・。)




 数日前、レイセウスは、ネイアからの急な呼び出しを受ける。




「忙しい中、すいません。」



 ネイアの執務室に入ったレイセウスに向かって、ネイアはそう声を掛ける。



「何を言いますか。ネイア様。


 貴方様の方が、私の何十倍も忙しいではありませんか。」



 レイセウスは、ネイアに従ってから見てきた。



 ネイアは、魔導兵団の軍の編成だけでなく、先の戦によって、聖王国に尚、蔓延する飢餓や貧困に対処してきた。


 先の戦で心に大きな傷を負い、社会復帰できなくなった者、親や子を失い、途方に暮れている者、そんな者達の心のケアなども直接、現場に向かい自らが最前線で働いていた。


 その姿を見てきたからこそのレイセウスの発言であった。



「有り難うございます。でも、私なんてまだまだです。」



「・・・・・・。」


 レイセウスは、ネイアの言葉に無言となる。


 それもその筈だ。


 この国で一番、忙しく、この国で一番、働いて、この国の事を一番に考えている方にまだまだと言われたら、返す言葉はない。



「レイセウス。貴方にお願いがあります。」



 ネイアは、レイセウスとは反対の、窓の方に振り返りながら、そう言った。



「それは、一体、どのような事でしょうか?」



「先程の会議で、モモン様に軍の派遣を承認して頂きました。」



「それはめでたい! いや、そうでなくてはなりません。


 この国を救おうとされている英雄に、我々は、全力尽くさねば!!」



「そうですね・・・。しかし、モモン様からはいくつかの条件が出されました。」



「??? 条件とは一体?」



「数は千人。そして、命を惜しむ者は参加しないようにという条件です。」



「!!!!」


 レイセウスは、会った事がないその英雄の言葉に、心震える。


(なんという条件・・・。これは、死地に向かう漢の言葉だ。


 それに千人。その人数は余りに少ない。


 少なくても王都の魔導兵団数万人の中には、その英雄の為ならば、命を捨てる覚悟のバカ者はごまんといる。


 きっと、その御方は、そんな者達の思いを汲んで、この人数を提示したのだろう。


 それは、そんなバカが死ぬのをよしとしていないという事。) 



「・・・そして、もう一つ条件がありました。


 それは、私の同行は許さないという事でした。」



 ネイアは、悲しげな口調でそう述べる。



 そのやるせない言葉をレイセウスは、歯ぎしりをしながら聞いていた。



(それは、そうだろう・・・・。


 この御方は、誰よりも優しい。そして、誰よりも最前線に立ち、皆を導いてきた。


 それは、もちろん、この国の為、この世界を良くする為—


 であった事に間違いはない。


 しかし、仕えてきた私にはわかる。


 それが、自らが大好きな魔導王の為—


 その魔導王に褒められたいから、そんな無茶な事をしてきたのだと―)



 レイセウスは、過去の自分とネイアの姿を重ねていた。



(それは、滑稽な姿なのかもしれない。


 でも、本人にとっては、それでいいのだ。


 いや、それ以外どうでも良い。


 ネイア様も、さぞ、今回の事に落胆されているだろう。


 崇拝する魔導王から派遣された英雄に同行できないという事に。)



「私達は、モモン様に同行する最強の軍隊を編成しなくてはなりません。」



 ネイアは語気を強めてそう言った。



「畏まりました。このレイセウス。


 その軍の編成を、いや、その軍の長を務めさせて頂きます。」



「そ、そんな!! この軍はモモン様と共に死地に向かうのです!!


 生きては帰れないかもしれないのですよ。」



「何を言いますか?ネイア様。


 元より私は、死に片足を突っ込んでいるような老害ですぞ。


 ならば、モモン様の出された条件に一番相応しい者ですぞ。」



「しかし・・・。」



「・・・・ネイア様。なぜ、そんな話を私にされた?


 貴方様であれば、このような流れになるのはわかっていた筈でしょう?」



「・・・・・・・・。」



「わかっています。頭ではそう考えていても、いざ、決断しようと思うと躊躇する。


 それは、貴方様が優しいからです。誰よりも。」



「でも!! 私は!!」


 ネイアは、レイセウスに向かって叫ぼうとした。


 しかし、レイセウスはその先の叫びを封じる様に述べる。



「わかっています。貴方様が誰にも死んでほしくない事は。


 でも、どんな戦でも死者が出るのは必然。


 それに私には、その覚悟はとうにできています。」



「・・・・・わかりました。レイセウス。


 それでは、貴方をモモン様に同行する軍の長に任命します。


 それと、軍の編成もお願いします。」



 重苦しい雰囲気の中、歯を食いしばりながらネイアは、その言葉を吐いた。



「ハッハッハ!! 畏まりました。ネイア様!!


 それにしても残念ですな!!


 実践でネイア様の御業を拝めぬ事が!!」


 レイセウスは、場を和ませようとそう発言した。


 しかし、その言葉はネイアの罪悪感に触れる事になった。




「違うんです!! 私は、あの勝負、ズルをしていたんです!!」



 ネイアは思わず、レイセウス向かって叫ぶ。



「ズル??? ですか???」



 ネイアは、あの時の勝負の全容を話し始めた。




そもそも、あんな無謀な勝負を吹っ掛けること自体、ネイアの頭にはなかった事だ。



 アインズから借りていたアルティメイト・シューティングスター・スーパーが手元にあれば、別かもしれないが―


 アルティメイト・シューティングスター・スーパーは、アインズがこの地を去る時、返却した。


 (アインズ様。私の事を案じるあまり、中々、返却に応じてくれなかったなぁ。)


 それは、大変うれしい事であったネイアであったが、これ以上、アインズに世話になる訳にはいかないとそれまで借り受けていた装備品一式を土下座をして受け取ってもらった。


 しかし、バイザー型ミラーシェードに関しては―


『お前によく似合っているから、やろう。』


 ―という、言葉に撃ち抜かれて受領してしまっていた。



そんなネイアには、そもそも、あの勝負で提示された的を射貫けるような武器すら持っていなかった。



しかし、あの女性は、ネイアの前に突然現れた。



謎の武器商人—ソリュウ・シャン



ネイア達が、レイセウスに軍の編成をお願いしようと北方の辺地へと向かっていた時、ゴブリンに襲われていた所を助けた絶世の美女だ。



すべては、彼女の発案だった。



ソリュウは、全てを把握していた。


自分達が、元聖騎士団団長のレイセウスに会いに行こうとしている事—


自分達が、お願いしても拒絶される事—


そして、もし、『好きな的を選んで』という勝負を提示した場合、相手が『自分の山小屋の風見鶏』を的に選ぶという事を―



その余りにすべてを見通す自称、武器商人の美女に最初こそ不信感を覚えたが、相手に得な事が何一つないと判断したネイアはその案にすべて乗った。



レイセウスは、一投目で的を射貫いたと思っただろうが、それは大間違いだ。


ネイア達は、その地にその場に一週間前にはいた。


そして、昼夜問わず、その地で、レイセウスに気づかれないように、常に試射を繰り返していた。


 なんとか、気流の流れを掴み、そして、百回に一回程度は風見鶏の付近を射貫けるようになった時だった。


 それまで、姿を隠しながら潜んでいたが、そんなネイア達の方向にレイセウスが迫ってきていた。


 今、逃げたとしても察知される・・・。ならば・・・・


 その時、ネイアは決断する。


 こうなったら、もうここで勝負するしかない!!—と。



 これが、あの勝負の全容、すべてを知っていて、そして、ソリュウから、アルティメイト・シューティングスター・スーパーに負けない程の高性能の弓と矢を借りて、さらに、まぐれという要素を加えて成しえた勝利であった事を、レイセウスにネイアは伝える。


 それを聞いたレイセウスは無言で俯き、沈黙した。


 その時、ネイアは思った。


(私、失望されちゃったかな・・・・。)



「フ」


 レイセウスは俯きながら、吹く。



「フフフッフ!! フフフッフフフ!! ハーハッハ!! ハハ!!


 ハーハッハ!!ハハハ!! ブーハッハ!! ハッハハーーーーーー!!!」


 レイセウスの爆笑がネイアの執務室全体に響き渡る。



「レ、レイセウス!?」


 ネイアはその爆笑に戸惑う。


「ハハハ。ネイア様。


 ネイア様の仰りたい事は、分かりました。


 しかし、ネイア様の言っているズルは、この世界における勝負のすべてに適用できますぞ!!」



「この世界のすべての勝負—ですか?」



「そうです。勝ち負けを競うのに、相手の動きを読むのも、相手を術中に陥れるのも言わば、正攻法。それをズルといったら、逆に相手に失礼に当たりますな。」



「しかし、私は、貴方が言った聖者様とは程遠い人間なんです。」



 ネイアは、レイセウスに向かって懺悔する。



 そんなネイアの沈んだ心が、執務室を沈黙で包んだ。



「そうですな。貴方は、聖者様とは程遠いですな。」



 レイセウスは、重いトーンの言葉を発した。


 ネイアは、その言葉に申し訳なさそうに下を向き、視線を落とす。



「本物の聖者様なら、きっと、貴方ほど不器用じゃない。


 そして、きっと、貴方より遥かに優秀な方でしょう。」



 ネイアは、そのレイセウスの言葉に同意する。



「しかし、私は、そんな聖者様なんかより、貴方に従います。」



 レイセウスのその言葉にネイアは顔を上げて、レイセウスの顔を見る。



 そこには、優しい笑みがあった。


 ネイア自身、祖父の顔を見た事がないが、そこにはネイアが思い描いていたおじいちゃんの笑顔があった。


「ネイア様。私は、短い時ではありますが、貴方の頑張りを誰よりも見てきた。


 私が忠誠を誓いたいのは、聖者様でも、魔導教団教主でもない。


 ネイア様—


 貴方様になのですよ。」



 レイセウスのその言葉にネイアの涙腺は崩壊した。


 ネイアの涙は、バイザーの下から滝の様に流れ出す。



「レイセウス。有り難う・・・ございます。


 どうか、私の代わりにモモン様の力になって下さい・・・。」



「はい。ネイア様のご命令とあれば―。」




 レイセウスはその時、想った。



(ネイア・バラハよ。


 其方が、聖者様とか、そうじゃないとか、もうどうでも良いのだ。


 少なくとも、其方は、私に、光をくれた。


 この世界でまだ生きたい、そして、成したい事が見つかった。


 私は、其方がこれから何を成すかを見届けたい。


 この命が尽きるまでな―。)



そうして、レイセウスは、長々とした回想から帰還する。



(フフッ。これでは、ネイア様が私の聖者様である事に違いがないではないか…。)



 レイセウスは、心の中で思った事に含み笑いをした。



 そんな、にやけていたレイセウスの顔を、真顔でポカーンと見つめているレメディオスが片膝をつき、控えていた。



(回想に夢中になって、この者をおざなりにしていたな。)



「―と。まあ、そういう事だ。


 私は、だから、ネイア様に心身ともに仕えておる。」



「そういう事とは、どういうことなのでしょうか?


 『心の中の炎を再び灯らせてくれた』とは、一体どういう事でしょうか!?」



(そう言えば、こやつ、こう言う奴じゃったーーーーー!!!)



 レイセウスは、言葉足らずだった自分を反省した。



(こやつは、バ・・・・、いや、意味深い言葉を何一つ汲んでくれないヤツだったな。

 こやつでもわかる表現で言ってやらねばな・・・。)



「レメディオスよ。わかりやすく言えば、私は、ネイア様が好きなのだ。」



 そのレイセウスの言葉に、レメディオスは口に手を当てて考え込む。



「・・・・・それは、レイセウス様が、ロリコンという事でしょうか・・・。」



「違うわーーーーーーーーーー!!」



 レイセウスは、レメディオスの言葉に全力でツッコむ。



「好きにも色々、あるだろうが・・・。


 私は、人が人に仕えるのにもっとも重要な事はそこにあると思う。


 恩があるとか、命を救われたとか、そんな事はどうでも良いのだ。


 ただ、その者が好きであれば、それで充分。


 好きな者の為ならば、その者の為にいくらでも頑張れる。


 お前の命を捧げている御方は、そうではないのか?」



 そのレイセウスの言葉を受けたレメディオスは、己の胸に手を当てた。



 レメディオスはその時感じた…


 己の胸の内に自分でもどうしようもない程の激しい炎が燃え盛っている事を―



「はい!! 私の胸の中にも炎が灯っています。


 私は、その御方の事が大好きです!!」



「そうか・・・。それでいい。


 ならば、お主に必要なのは罰ではない。覚悟だ。」



「覚悟?ですか?」



「そうだ。覚悟だ。


 その御方を、文字通り、命を賭けて守れ。


 二度と後悔しないようにな・・・。」



 レメディオスは、レイセウスのその言葉に誓う。



「はい!! このレメディオス、誓います!!


 モモン様を、この体、この心、そして命、すべてを尽くして守り抜く事を!!」



 そう高々と宣言したレメディオスであったが、暫くして赤面して顔を伏せた。



 それは、元よりその御方の名を隠す気などはなかったが、『大好きです』と公言した後に、改めて誓いを立てた事に無性に恥ずかしくなったためだ。



「フ、フフ、フ、フハハッハーーーーーー!! ハッハッハーーーーー!!」



 そんな熟した真っ赤なトマトのように赤面するレメディオスを見て愉快になったレイセウスは爆笑した。


 その笑い声は、砂塵に舞う丘中に高々と響く。



(ハーハッハ。いくら男勝りなお主でも、男に勝てない事があったようだな。


 のう、レメディオスよ……)

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