第17話 最後の宴①

 

「ハァァァァァァァァァ!!」


アズロは、酒瓶を飲み干した後、至福の息吹を漏らした。


アズロの傍らには、苦楽を共にしてきた仲間たちが己と同じようにご機嫌に酒を飲み、楽しんでいる様があった。



そんな中、アズロは感慨に浸る。


—ああ、いろいろ・・・。


—本当に、これまで、この仲間同士で、いろいろな事があったな・・・。


―と。



(半年前の俺が、今のこの状況を見たら、腰を抜かしただろう・・・


 こんな状況、あり得ない―と。)




 


―俺は、ゾーオステイア《獣身四足獣》のアズロ。


 狼よりも勇ましい牙を持ち、どんな獣よりも速く走れる四足を持つ、まさに獣人の王と称される、ゾーオステイア《獣身四足獣》のアズロだ。



 人間共は、人ならざる者達を、亜人と一括りに呼ぶが、それは違う。



 俺達にして見たら、人間共の方が異常だ。



 見た目が多少似ているだけで、群れられる人間共が—



 基本、俺達は、種族ごと、地域ごと、村ごとの単位で群れる。


 それが、部族というものだ。


 それは、人間でいう所の「国」というモノが様々な規模で無数に乱立している状態だといっていいだろう。



 だから、俺達の中では、人間同様、自分の部族以外の者達は敵―


 例え、同じ種族であっても、部族が違えば、殺し合いに発展する事は、日常茶飯事だった。



 つまり、こっちが言いたいことは、『亜人』なんて言葉は、人間がつくった造語であり、亜人と呼ばれている側からしたら、「なんだよ。それ?」って話だった。



 あの存在が現れるまでは―




―魔皇ヤルダバオト




 正直、俺は、当時、そのカリスマ的存在が現れた事に、心震えた。



 何せ、様々な種族が、部族が乱立し、互いに殺し合い、牽制しあい、時には共闘したり、裏切ったり―そんな荒廃した世紀末の無法者共のような輩を纏め上げたのだから。




 それも、圧倒的な力による支配。



 俺は、その姿を見て憧れた。


 


 それは、それまで燻っていた俺に差した光だった。



(俺は、同族の中で居場所を失った。


 その原因は、親父の死だった。


 親父は、仲間を守ろうと『聖騎士』と呼ばれる強い人間と戦った。


 そして、あっけなく死んだ。


 だが、そんな死を同族は良しとしていた。


 いや、利用されたのだ。親父は。同族達から・・・


 俺は、その事実を、その後の同族達の会話を盗み聞いて知った。)



 『アズロ。仲間は守るものだ。


 例え、自らの命に代えても守りぬく。


 それが、漢ってもんだ。』

  

 その亡き父の言葉、それはアズロにとって、とても滑稽なモノになった。


 (ハハ?


  仲間?


  そんなの・・・・、この世界にはいないんだよ!!)

 


そして、アズロは母親の死を看取ると、その部族と決別し、己を鍛えた。





その理由は、復讐―


  

  (・・・・別に、親父を利用したアイツらを殺したいとかじゃない。


   俺は、ただ、アイツらを見返したかっただけだ。


   どうだ?俺は強いだろう? 俺は、親父の様にお前らには利用されないぞって。)


  

 そんなアズロの前に現れた。



 誰もがその力に屈服する、そして、誰もが畏怖する存在が―


 

 少年が勇者に憧れるように―


 少女がお姫様に憧れるように―



 もれなく、アズロは魔皇ヤルダバオトに憧れた。


 

 そして、妄信的に従った。



 そんなアズロが正気に戻ったのは、半年前、魔皇ヤルダバオトが魔導王アインズ・ウール・ゴウンに滅ぼされた時だった。



 その時、アズロは思った。




(ああ、貴方も私を遺して逝ってしまうのか・・・・・。)




 アズロは、魔皇ヤルダバオトに失望した。そして、絶望した。


 

(そうだ。


 

そして、俺は、あの時、恐怖したんだ。心の奥底から。



あの魔導王アインズ・ウール・ゴウンという存在に―。




魔皇ヤルダバオト・・・。魔導王アインズ・ウール・ゴウン・・・。



―俺は、お前らを許せない。



―お前らは俺を騙した。



―お前らは俺を利用した。



―・・・・・・・



―わかっているさ。俺がお前ら化け物からしたら、取るに足らないゴミみたいな存在だって事は。



―だから、俺、いや、俺達は逃げる。トコトン、逃げてやる。



―お前らが追ってこれない処までな・・・)










「アズロの兄貴!! 俺の酒、飲んでくれよ!!」




「アズロ兄貴、飲む。飲む。」




水精霊大鬼—兄のガウン。



土精霊大鬼—弟のブブ。




―の兄弟がそんな思考を巡らせていたアズロに向かって、酒を勧める。



アズロは、ガウンに木製のジョッキに注がれ、溢れそうになった酒を飲み干した。



「ブハハハハハハァァァァァァ!! やっぱ、酒は、旨ぇぇぇぇぇぇな!!」



アズロは、歓喜の叫びを上げる。




「さすがは、兄貴、いい飲みっぷりだぜ!!」



「アニキ!! スゴイ!! スゴイ‼」



ガウン、ブブの兄弟は、そんなアズロを讃える。





そんな喜んでいる自称、兄弟—



ガウンとブブ。



いかに、世間知らずのアズロでもそれは有り得ない―と知っていた。



水精霊大鬼と土精霊大鬼—



その部族同士は、同じオーガ族ではあるが、生態系がまるで違う。



そもそも、一般的に水精霊大鬼と土精霊大鬼は、本来であれば、敵対している部族同士の筈だ。



それに水精霊大鬼—ガウンと土精霊大鬼—ブブの見た目も、それ以上に大きく異なっていた。



本来の水精霊大鬼の成人は、人間の成人の二倍ぐらいの大きさはある。



しかし、兄―ガウンは、人間の成人よりやや小さい体格をしていた。



しかも、見た目も他の水精霊大鬼と違い、人間に近い姿だった。




―それに対して、弟―ブブは人間の成人の三倍以上はある巨漢。



さらに、見た目も他の土精霊大鬼と大きく異なる。



身長がゆうに3メートルは超えてるのはまだしも、その顔は、顔骨が大きく張り出していて、その形相は、悪鬼を通り越して、悪魔の様な邪悪な顔をしていた。



はっきり言って、亜人アズロでも、この顔に慣れるまで一か月はかかった程だ。



しかし、ブブはそんな姿ながら、根の優しい、とても穏やかな性格をしていた。




そんな見た目が大きく異なる兄弟を見て、この二人が兄弟と言われれば、百人中百人が—



「嘘言うなーーーーーーー!!」とツッコむ事だろう。



 しかし、俺は知っている。


 ガウンがどれだけブブの事を想っているか、


 ブブがどれだけガウンを兄として慕っているか―を。



 だから、俺はそんな無粋な事は聞かない・・・・。





・・・いや、しかし、正直言うと、ガウンとブブが仲間になった時、無茶苦茶、気になった。


だから、兄—ガウンにそれとなく、事情を聞こうとしたが―



兄のガウンが『聞かないで』オーラ全開になったの察知したので、諦めた。



俺は、その時、思った。



(そんな事、聞いて何になる?)



―と。



(誰もが言いたくない事情を抱えている。



 ―俺もそうだ。



 俺にも仲間達に話していない、いや、話せない事がある。




 ここに来る前に、俺は見てしまった。そして、知ってしまった。




 魔皇ヤルダバオトが生きていた事を—



 さらには、魔導王アインズ・ウール・ゴウンもグルだったという衝撃の真実を—



 正直、今でも、この真実を受け止めきれない自分がいる。




 敗走兵になった俺、そして、その逃走の最中に出会ったこいつ達は、「この国の人間共から逃げきれれば、助かる」という希望を持って、ここまで頑張って生き残ってきたんだ。



 それが、共闘する悪魔の王とアンデッドの王―


 

 その超絶の化け物共の手の届かない場所まで逃げなければならない、なんて衝撃の事実を、こいつ等に言える訳ないだろ・・・・。

 





「アズロ兄貴。怒ってる?」



 険しい顔をしていたアズロに向かってブブが困り顔で聞いてきた。



「ハハハ。俺は別に怒ってなんかいないぞ。


 ここから脱出する方法をいろいろ考えていたから、怖い顔していたのかもな。」



 アズロは、ブブに対して陽気にそう返す。



「さすが、アズロ兄貴だぜ‼


 兄貴にかかったら、こんな地下通路、すぐに攻略しておさらばだぜ‼」



「オサラバ! オサラバ!」 


 

 ガウンとブブは、さらにアズロをヨイショした。

 



―そんなガウンとブブが俺達の仲間になったいきさつは、人質になっていたガウンを俺達が助けた事に始まる。



 俺達と出会った時、ブブはガウンを人質にされ、俺達に戦いを挑んできた。



 ガウンを人質に取っていたのは、言わずもがな、憎き人間共だ。



 そんな中、俺達は、人間共からガウンを助け出す事で事なきを得た。



 それからは、この兄弟に感謝されまくり、俺の事を『兄貴』と呼んで、敬われまくりになった。



 まあ、俺もそう呼ばれて悪い気はしなかったから、今に至る。






「それじゃ、俺っちの酒も飲んでくれよ。アズロッち。」




 今度は、蛇身人―ガガがアズロに向かってフレンドリーに接してきた。



 そもそも、この宴が催される原因を作った張本人。



 言わば、この華麗な逃走劇に水を差したヤツだ。




「ふざけんな。テメェェェェーーー!! てめえのせいでこんな事になってんだろうが!!」




「こんな事って、どういう事よ?アズロッち?」



ガガのその言葉にアズロは周りを見回す。



そこには、酒を飲み、浮かれている仲間達の楽しんでいる姿があった。




「・・・・まあ、いいか。」



その姿を見たアズロは留飲を下げる。




「で、どういう事よ?アズロッち?」




ガガは、アズロに詰め寄るように言った。



「テメェェェェ!! しつこいわ!!


 はい。言いますよ!! ありがとうございます。酒を提供してくれて!!」



「・・・・・。」



その言葉に、ガガはテンションを下げて無言になった。




「ええーーーーーーー。俺なんかマズイ事言ったーーー!?


 急に、元に戻ってもらっても困るんですけどーーーーー!!」




蛇身人―ガガ、




コイツは何を考えているか、仲間になった時からわからない。



俺達は、聖王国の軍隊から逃げる最中、他の亜人部族との抗争に巻き込まれた時があった。



その戦力差は、絶大。



こっちはたかだか、十人に満たない状況、



比べて相手の戦力は、百を超えていた。



誰もが死を覚悟した、その時―



そんな明らかに不利な戦況の俺達を救ってくれたのがガガだった。



ガガは、並みの蛇身人とは遥かに異なっていた。



その銀色に輝く外殻は、どんな攻撃も跳ね返す。



そして、その鍛え抜かれた剛腕により、あっと言う間にその亜人部族を殲滅した。



まさに、地獄に仏とはこの事だ。



それからは、その頼もしい助っ人は、自分達に同行してくれるようになった。



しかし、その頼もしい新たな仲間は、とても無口であった。



こちらから、声を掛けてもそっけない。



だが、たまに、口にする。



「・・・俺がやる。」という言葉に、アズロは漢の中の漢を感じていた。




ちなみに、アズロは、この出来事の前まで、心の中で「兄貴」とガガの事を呼んでいた。



しかし、この出来事を経て、アズロのガガに対する評価はストップ安となっていた。






「アズロ。そんなにガガを責めないで。」





「ええーーーーー‼ 俺、責めてないよね‼


 むしろ、お礼言っただけだよね‼」



 ガガを庇うように割り込んできた人蜘蛛族―ガラムに向かってツッコむ。




「まったく、弱い者イジメなんて、獣人の風上にも置けない奴じゃの。」



「ええーーーー‼ どうして、そうなんの⁉


 どっちかって言うと、今、俺がイジメられてなーい⁉」



 チャチャを入れてきた石喰猿族―ジジイに向かってアズロはさらにツッコむ。




「フフフ。」


「ヒャヒャヒャ!!」




ガラムとジジイは、そのやり取りに満面の笑みで笑った。



アズロもその笑いに釣られて大いに笑う。



それは、アズロ達の中である意味、お約束的なやり取りだった。



「お前ら、いい加減にしろ。酒は、浮かれて飲むのんじゃない。


 嗜むものだ。


 己の英気を養うべくな。」



 そんなカッコよく決めたアズロの言葉に、ガラムとジジイは冷ややかな目線をアズロに送っていた。



 アズロは、そんな冷ややかな目線を気にせず―いや、気付かずに気分よく酒を煽る。





 そんな中、アズロの前で、今、まさに己の命を賭してのギャンブルが行われようとしていた。



 その当事者の一人、蛇王族―バロは、己の対戦相手に語りかける。



「さすが、俺のライバルよ。


 俺をここまで、追い詰めたのはお前だけだ。」




 その当事者のもう一人、守護鬼族—グラギオスは諭す。



「あの、バロさん。私は、別に、追い詰めてないですよ。


 貴方が、その、自ら穴を掘って、その穴に全力で突っ込んでいるだけですから・・・・。」



「フフフ。そんなブラフは俺には効かんぞ。」



「あ、あの、ブラフって意味、わかってます? バロさん?」




「フフ。そんなブラフも俺には効かんぞ。」




「・・・はい。バロさんが何にもわかっていない事が、分かりました。



 では、どんな勝負をしましょうか?」




「決まっているじゃないか!! 血湧き肉躍るギャンブルだ!!」




「あの、その、バロさん、その『血湧き肉躍るギャンブル』とは、一体?」




「・・・・・・・・」



「ええーーーーーーー!! バロさん!!



 もしかして、その言葉が言いたいだけで、何も考えてなかったんですか!?」



「ち、違うわ!! 考えておったわい!!


 こんな状況でやる血湧き肉躍るギャンブルと言ったら、やっぱ、じゃんけんかな?」



「じゃんけん?ですか?それならいつも、やってるじゃないですか?」



「いや、じゃんけんに必要なのは、相手の動きと動作を読んで、その心情を心の眼で見る事。


つまりは、今、酒に酔っているお前を相手にすれば、俺の勝ちは揺るがないという事だ。」



「・・・・あの。バロさん。


 貴方もお酒を飲んでるんですが・・・・。」



「俺は問題ない。


 酒は飲んでも飲まれるなっていうが、俺は酒に飲まれる程、体格は小さくない。


 だから絶対、俺は酒なんかに飲まれるわけがないのだ。」



「ええーーーーーーー!! バロさん!!


 あんた、酒に実際、飲み込まれると思ってるんですか!!


 そこまでいっちゃってるんですか!!」


 

「フフ。そんなブラフも俺には通じないぞ。」


 


「・・・あの・・・。そうですか・・・。


 いいですよ。それじゃあ、早速、始めましょうか。」



 

「・・・・・確か、この勝負、俺が3勝、お前が1113勝だが、いいのか?」



「・・・・・私の方がはるかに勝っていると思いますが?」



「何、言っとるが!! お前が1113勝しているという事は、俺が、あと1101勝するまで、俺の勝率が上がっているという事だぞ。」



「・・・・・・・・。」



「フフフ。お前も、己ではどうしようもない確率というこの世の理に、ぐうの音も出ないか・・・。」



「あの、バロさん・・・。呆れてものも言えないって言葉、知ってます?」



「ものが言えなくなるほど、ビビっているという事か?」



「もう、いいです。それでは、始めましょうか。」



「いや、ちょっと待て‼ 何を賭けるかを決めてないぞ‼」



「え、決めるんですか? 別に何も賭けなくてもいいじゃないですか?」



「バカ言うな。何も賭けない勝負なんか盛り上がらんだろうが。」



「はいはい。わかりました。どうぞ、バロさんが決めてください。」



「フフフ。いいのか? 後で後悔しても知らんぞ。」



「・・・・・・・。」



「そうだな。それでは、お互いの命を賭けようじゃないか。」



「・・・・・・・。」



「なんだ。ビビッて震え上がって何も言えんか?」



「・・・・・・ちょっと待ってください。バロさん。」



「なんだ?グラギオス?」



「私は、すでにバロさんの235個分の命、貰ってるんですけど・・・・。」




「なんだ。そんな細かい事を気にするなんて。お前は本当に神経質な性格だな。」




「いえいえ、本当に神経質な方だったら、今頃、その言葉を聞いて発狂していると思いますよ。」




「そうか? では、命を賭けた勝負を始めるぞ。」



「はいはい。分かりました。好きにして下さい。」



 そうして、アズロの前で、いつものように二人の勝ち負けのわかりきった勝負事が始まっていた。



蛇王族―バロ。


蛇身人が蛇の頭をしたリザードマンに近い体格の種族だとしたら、蛇王族は、蛇の下半身を持ち、上半身はゴブリンのような亜人である。



そんな蛇王族—バロは、あらゆる魔法を詠唱できる魔法詠唱者だった。


火炎魔法、氷結魔法、水魔法—さらには、回復魔法まで使える。



そんな数多くの魔法を習得できる亜人は、俺は知らない。



さらには、斧による戦闘もお手の物だ。




だが、しかし、その影響なのか、反動なのか、分からないが、バロには問題がある。



その問題とは、バロは、生粋のギャンブル狂だったという事だ。



そもそも、アズロ達がバロと仲間になったきっかけも、そのギャンブルが所以

だった。




「・・・・・・・」



アズロは、そのギャンブルを回想して無言になる。



そのあまりに凄惨で、そのあまりにくだらない賭け事を思い出して―






そんなバロの対戦相手、守護鬼族—グラギオスは・・・



「お前達、いつも仲いいよな。」



と言うと、全力でそれを否定する。



「私は、彼に付き合ってあげているだけですから・・・。」



それが、守護鬼族—グラギオスの口癖だ。



—守護鬼族—



数あるオーガ族の中で、最強という名を冠している種族だ。


守護鬼族は、まさに鬼族『王』というに相応しい種族であった。


他の亜人部族内で人目置かれ派閥、部族、その他諸々が己のしのぎを削っている亜人部族内で唯一、全ての種族を一つにまとめようとしていた指導者的な部族であった。



その力は、数ある部族の中でも抜き出ていた。



屈強で大柄で、その体以上の圧倒的な力を持ち、さらには、それ以上の知性を持った部族。



その守護鬼族の最後の生き残りであるグラギオスは、いつも、理性的であり、頼れる存在だった。



俺がこいつ等のリーダーなら、グラギオスは有能な副リーダーといった所であろう。







 そんなありとあらゆる部族の者達が、寄り集まり、仲間となり、ここまで生き残れた事に、アズロは感慨深く静かに酒を飲む。







「やだやだやだやだーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」




 感慨に耽っていたアズロを呼び覚ますように部屋中にその甲高い声が響く。




 その声を聞いたアズロは、その声を発した主の元へと急いで駆け寄った。




「マギカ!! 一体、どうした!!」



 

 慌てて駆けつけたアズロが見たのは、魔現人—マギカが部屋の石畳の上で、見事な地団駄を決めている光景だった。



「チューとルルが意地悪するの!!


 マギカ。あの美味しいジュース。飲みたいって言ったら、ダメって!!


 意地悪するの!!」



「ち、違うチューよ!!


 これは、大人じゃないと飲んではいけない飲み物だチューよ!!」



「マギカ。マダ、コドモ。


 ノンダラ。ダメ!!」



 鉄鼠人—チューと翼亜人—ルルが、マギカから酒瓶を死守しながら叫ぶ。



 アズロは、一連の状況を把握すると、マギカに諭すように言った。



「マギカ。これは大人の飲み物だ。子供のお前が飲むもんじゃねえ。」



「マギカ、大人だもん。もう、ムッチンプリンの大人だもん!!」



 マギカは、頬を膨らませてアズロに反論する。



「・・・・。バカ言うな。



 生まれて一年も経っていないお前が、大人な訳ないだろ。」




「マギカ。大人だもん。年は、関係ないんだもん。


 経験は、沢山、したもん!!」




 マギカのその言葉に、周りは衝撃を受け、シーンとなった。




「マギカ。それじゃあ、大人のマギカにとっておきの大人のドリンクをつくってあげるナリヨ。」




 そんな中、刀 鎧 蟲—フォドが、マギカの前に躍り出る。



「大人のドリンク?」



「そうナリヨ。大人の中の大人しか飲んじゃいけない。とっておきのオイシイ飲み物ナリヨ。」




 フォドはそう言うと、皆がここに持ち込んだ食糧袋の中から、様々な果物を取り出した。



 そして、その果物たちを上に放り投げる。

 


「キョエーーーーーーーーーーー!!!」


 

 フォドはそう叫ぶと、空中に放り投げたその果物らを、持ち前に手刀で細かく刻む。



 その速さ、その動きは、誰の眼にも止まらぬほどの高速、そして、果物らは、その見事な腕前で、空中で固形から液状のドロドロへと変化していた。



 そのドロドロは、床にあった空ジョッキの中へと吸い込まれるように入っていく。



 そして、そのドロドロに満たされたジョッキをフォドはマギカに差し出した。




「マギカ。これを飲むナリヨ。」



 そのドロドロが満たされたジョッキをマギカは素直に受け取り、飲む。



—ゴクゴクゴくゴク



 そのドリンクを飲み干したマギカは、目を瞑り、沈黙状態となる。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



 周りの者達は、その光景を息を飲みながら見守った。




「何、コレーーーーーーーーーーーーー!!



 超、オイシイーーーーーーーーー!!



 さっきの飲み物よりも、全然、オイシイーーーーーーーー!!!」




 目を輝かせたマギカは、そう叫ぶ。




「気に入ってくれてよかったナリヨ。」



 刀 鎧 蟲—フォドは、そんなマギカの様子を見ながら、目を細めて(おそらく)笑顔になって満足気だった。



 刀 鎧 蟲—


 

 それは、数ある亜人と呼ばれる部族の中で、もっとも関わってはならないと言われている部族であった。



 その要因は、多々ある。数えきれない程。



 大きな要因だけ上げるなら、まず第一に、刀 鎧 蟲は見た目からヤバい。


 刀 鎧 蟲は、名の通り、刀のような鋭利な真っ黒い外殻で覆われている。


 もし、素手で刀 鎧 蟲を殴ったとしたら、その拳は、あっと言う間にズタボロの細切れになるだろう。


 さらに、両手にはその外殻より鋭利で、そこら辺の名刀を凌駕する程の切れ味の鎌のような腕を生まれながらに常備している。


 それだけでもヤバい種族であるが、さらに刀 鎧 蟲は亜人部族内一の俊足であり、おまけに飛ぶのだ。


 そう、黒光りするあの蟲のように―



 そして、もっともヤバいのは、その部族の民族性というか、倫理観とかの欠如にある。



 残忍な戦闘狂、血に飢えた無法者、黒い悪魔―



 刀 鎧 蟲の二つ名は、そのように数多くある。



 その二つ名からわかるように、刀 鎧 蟲は、非常に戦闘を好む種族であり、違う種族間に飽き足らず、己の種族間でも殺し合いが絶えない部族であった。



 己の種族間でも分かり合えない部族が、他の亜人部族と分かり合える筈がない。



 そんな最凶最悪な種族、刀 鎧 蟲―



 しかし、フォドは確かに刀 鎧 蟲であるが、とてもそんな種族とは思えない程、穏やかな奴だった。むしろ、この中で誰よりも戦闘を好まない者だった。








 魔現人—マギカ。




 マギカに関しては、謎は多い。



 そもそも本来の魔現人は、こんな人間のような姿をしていない。



 魔現人は、もっと狐の顔をしたような種族であった筈だ。



 しかし、魔現人が親のようだから、マギカは魔現人なのだろう。



 俺は、マギカと初めて遭遇した時、今のような友好的な関係を築けるとは夢にも思わなかった。


 

 だが、そうはならなかった。



 この無色透明の少女は、俺達の色にすっかり染められた。



 その工程は、実に微笑ましいものであった。



 この世の事を何も知らない赤子のような子供。



 そんな子供を育てる上で、仲間の間でお互いにその教育方針で争った。



 お互いの価値観の違いを介して―



 しかし、それが逆に良かったのかもしれない。



 俺達は、生まれも育ちも何もかも違う者達だと知れたから。



 そして、そんな俺達が分かり合おうなんて、思う事自体間違っていると分かった。


だから、思えたんだ。



 ただ、今、一緒に居れる事だけで、



 ただ、それだけでいいのだとー



 俺は、仲間なんて空想上の動物だと思っていた。



 だって、そうだろう。



 同じ種族の人間共でさえ、争い、奪い、殺しあっている。



 そして、亜人と呼ばれる俺達も種族や、部族や、各々個人で争いあっている。



 そんな世界に分かり合える存在なんている筈がない。



 そう思っていた。俺は。



 こいつ等と会うまでは・・・・



 俺は、こいつ等と会えて、仲間になれて、初めて仲間という言葉の意味を知った。



 お互いに争うこともある。



 お互いに引けない事もある。



 お互いに気を使う事もある。



 でも、そんなこんながあったとしても、いつまでも一緒にいつまでも笑いあいたい仲間達がいたー



 俺は、そんな仲間達に出会えた事に感謝したい。



 (一体、誰に?)



 そうだな。この世界を創った神様かな?



 この世界に生まれなかったら、こいつ等に会えていなかった。



 この世界は確かに無常だ。



 誰もが己の事しか考えていない。


 

 誰もが己の利益に成らない者を排除しようとする。



 しかし、そんな排除された者たちに行き場などない。



 でも、俺達は、そんな中で奇跡的に出会えた。



 そして、お互いに支えあい、そんな逆境の中の生き抜いてきた。



―蛇身人、ガガ。


―鉄鼠人、チュー。 


―刀 鎧 蟲、フォド。


―人蜘蛛族、ガラム。


―石喰猿、ジジイ。


―魔現人、マギカ。


―翼亜人、ルル。


―土精霊大鬼、ブブ。


―水精霊大鬼、ガウン。


―蛇王族、バロ。


―守護鬼、グラギオス。



そして、俺、獣身四足獣、アズロ。



俺達、十三人が・・・・・



その時、アズロは思った。



(しまった。アイツを忘れたいたな・・・・。)



そう思ったアズロは腰を上げて、部屋の隅へと歩み寄る。




そこには、何もなかった。



「おい、お前、そこら辺にいるんだろう?」



そんな何もない部屋の隅っこに向かってアズロは声を掛ける。




―シ―――――――――――――――――ン―




何もない部屋の隅にはそんな静寂の音が響いた。




「まったく、お前の無口は、ガガ以上かよ。


 まあ、いい。


 お前も酒を飲めば、アイツみたいに饒舌になるかもな。」




 アズロはそう言って、酒瓶から持ってきた壺に酒を注ぐ。




 持ってきた壺の中が酒に満たされ溢れると、アズロは機嫌良く、言った。



「ほらよ。お前も飲め!!



 お前が酒を飲めるかどうか知らんがな。」



 アズロは、そう言って酒に満たされた壺を部屋の隅へと差し出すと、酒宴で賑わっている仲間の元へと歩を進める。




 「アズロ!! ノム!! ノム!!」




 酒宴に戻ってきたアズロに最初に声を掛けたのは、ルルだった。




 アズロは、そんなルルの姿を見て、回想する―



 初めての仲間との出会いを―

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