第13話 集った者達⑧


目をゆっくりと開いた時、そこには雲一つない鮮やかな水色の澄んだ空があった。


その空を見て、ネイアは虚ろに思う。



(アレ? ここは? 私・・・。何してたんだっけ・・・?)



そう思ったネイアは、朧気ながら顔を横に向けた。



すると、ネイアの視界には白一色に染められたキラキラと輝く大地が映る。



(ここは、どこだろう?)


そんな幻想的な光景を見て、ネイアは虚ろに思う。



そして、 再び、空を見上げると、号泣するデルトランの暑苦しい顔が、その空を遮った。



号泣するデルトランの顔を見たネイアは思い出す。


(・・・ああ。そうだ。


 私、レイセウス様の攻撃をまともに受けて死んだんだった・・・。)



 ネイアは、一時前に自分がした愚行を恥じた。



(そうだよね。


 歴代最高の聖騎士様とガチでバトルしたら、死んじゃうのは当たり前だよね・・・)


「ネイア様! ネイア様!


 よかった。生きておられて・・・


 このデルトランは、嬉しゅうございます。」



その言葉を受けてネイアは、上体を起こして勢いよく飛びあがる。



そして、雪に覆われた白き大地に立ち上がった。



 「アレ?」



ネイアは、その時、気づいた。



自らの体が何の問題もなく動いている事に—


そして、自らが生きているという事に—



ネイアは周辺を見回す。



あれから、どのくらいの時間が経ってしまったのか分からないが、ネイアが目を覚ました場所は、先程までいた場所とほとんど同じ場所だった。



だから、それほど時間は経過してないとネイアは推察する。




そして、ネイアを見守るように立っていたレイセウスの姿を見て、ネイアは悲愴な表情で項垂れた。




(・・・。私、負けたんだ。)



 ネイアは、魔導王の尊厳を守れなかった自分を恥じ、自分を責めた。


(私は、一人では何もできない・・・


 何も成す事が出来ない只の子供だ。


 こんな姿をアインズ様に見られたら、どれ程、落胆されるだろうか・・・。)



 ネイアが、そんな落胆の渦でグルグルしていた時だった。



「ネイア・バラハよ。先程も言ったが、この勝負、私の負けだ。」



「・・・・・・へ?」



 ネイアは、レイセウスの言葉に素っ頓狂な声を上げた。



「なんだ? 覚えていないのか?」



 レイセウスは、そう言うと己の掌をネイアの前に翳す。



「ホラ、ここにお前の一撃で負った傷がある。


 この傷は、完全な私の敗北の証・・・


 約束は、約束だ。


 先程、私が言った発言は全面的に撤回する・・・


 そもそも、己が会ってもいない人物を貶すなど、あってはならぬ行いだった。


 その事に対しても謝罪しよう。」



 レイセウスはネイアに向かって頭を下げて謝罪した。



「い、いえ、わかって下さればよろしいのです・・・。


 し、しかし、この勝負、どう考えても私の負けだと思うのですが・・・。」



「いや、私が負けたのだ。その方の心にな。」



「心に、ですか?」



「そうだ。だから、聞きたい。


 其方は、どうしてそこまで頑張れるのだ? 命を懸けて・・・


 その魔導王とやらの為に。」




「それは・・・・。数えられないくらいの理由があります。


 この聖王国を救ってくださった事とか、


 私の命を助けて下さった事とか、


 その他にもたくさんの理由が・・・・」


 

「・・・そうか。


 それだけ理由があるならば、仕方がないな。」



 そのレイセウスの言葉に、ネイアの心の中のブラックネイアがガチギレした。



(仕方がないってなんだよ!!こっちは、好きでやってんだよ!!


 お前に何がわかるっていうんだよ!!)



 そんな心の中のブラックネイアの罵声を嚙みしめたネイアは、レイセウスに向かってガンギマリで叫ぶ。



「でも、そんな理由なんて関係ないんです!!」



そう叫んだネイアは、俯きながら赤面して言葉を発した。



「私は・・・。私は、ただ・・・。魔導王陛下の事が好きなんです・・・。


 大好きなんです・・・。


 ただ、それだけなんです・・・。」



そのか細い声を上げながら、ネイアは赤面しながら体を小さくして縮こまる。




「そうか・・・。そうだな。人が他者の為に頑張れる理由など、それで充分だったな・・・。」




レイセウスはネイアの言葉に納得した。



いや、それ以上の親近感を覚えていた。



そして、亡き前聖王に仕えていた時の自分とネイアの姿を重ね、感慨に耽った。



(そうか、私があの御方に仕えたのも、あの御方に褒められたかったのも、


 そして、あの御方が亡くなって、これまでにない虚無感に蝕まれたのも、


 其方の一言で、ようやく、理解した。


 私は、あの御方が大好きだったのだ。


 この世界の誰よりも・・・・。)



 そんな感慨に耽るレイセウスに向けた再び渾身の土下座でをしたネイアが叫ぶ。



「レイセウス様!! 再度、お願い致します。



 どうか、私共にお力添え頂けないでしょうか!!」




「しつこいな。其方は・・・。」



 そう言いつつ、如何にもメンドクサイな的な態度をしつつも、レイセウスは穏やかな視線でネイアを見つめる。


 

「それにしても、お主・・・


 先程は躊躇なく私の急所を狙っておきながら、よくそんなセリフが吐けたものだな?」


 レイセウスはいかにも意地悪っ子の口調でネイアを問い詰める。




「そ、それは、弓兵である私の刀撃がレイセウス様に届くとはそもそも思えませんでしたので・・・。」



「何!? 弓兵だと⁉ お主、剣士ではないのか⁉」


 ネイアの言葉にレイセウスは、驚き狼狽した。



「はい。私は剣は苦手でして・・・


 まだ、ナイフやこのような小刀であれば、多少は上手に扱えますが・・・。」



「・・・それにしては、見事な攻撃だったぞ。


 私に不意を突かせるほどにな・・・。」




「あ、ありがとうございます!


 でも、私なんてまだまだです。


 私は、この世界屈指の魔法詠唱者でありながら、亜人の首領と武器で対等以上に渡りあう御方を私は知っておりますので・・・。」



「ほう。それはすごいな。この世の中には、そんな者がおるのか⁉」



「はい‼ その御方は、とても、とても、すごい御方なんです。」



 レイセウスに向かって、ネイアは満面の笑みでそう答えた。



 その笑顔を見て、レイセウスは確信した。



 この者が如何わしい者ではないと―


そう思ったレイセウスは、穏やかな口調で言った。



「・・・・私は、お主が嫌いではない。


 いや、むしろ好感を持っておる。


 しかし、其方の申し出には応える事ができない。」



「それはどうしてで しょうか?」



「私は、聖騎士団を去って久しい。すでに年寄ジジイだ。


 だから、お主達の役には立てそうもない。」



「・・・あの。先程、『私の腕は衰えてはおらんぞ』と仰っていましたが・・・。」




「いや、すでに耄碌しておった。お主に大怪我をさせてしまったのがいい証拠だ。


 年のせいか戦闘の勘が鈍ってきておる。こんな私ではお主達の戦力にはなれんよ。」



「レイセウス様。


 私共は、いえ、私は、レイセウス様に戦力は求めておりません。


 私は、レイセウス様の知識と統率力を御貸し頂きたいと思い参ったのです。」



「なんだと? それは、どういう事だ?」



「私の母は、聖騎士だったのですが、常々、私に申しておりました。


 レイセウス様こそ歴代最高の聖騎士であると―。」



「それは、お主の母親の虚言よ。


 その証拠に私が聖騎士団団長を務めていた当時に、すでに、私よりも強い聖騎士はいた。」



「確かに、武力においては、そうかもしれません。


 しかし、母は申しておりました。


 聖騎士のすべての武器、防具を使いこなす技量。


 いかなる軍略にも精通する豊富な知識。


 全ての聖騎士に慕われる品行方正さ、そして、その統率力。


 そのすべてを備えたレイセウス様こそ、歴代最高の聖騎士なのだと―。」



「・・・・・。世辞はいい。


 早く、家に帰ってお主の母親に伝えてやれ。


 お前が見た者は幻だ―とな。」



「・・・・残念ながら、私は母に伝える事はできません。


 母は、先の聖戦で亡くなりましたので・・・。」



「・・・そうか。それは、すまなかったな・・・。」



「いえ、構いません・・・。


 先の聖戦で、私は父と母を失いましたが、私は幸せな方です。


 亜人の収容所より救助された者達の中には、子供が親が、亜人達に食い殺されるのをまざまざと見せつけられた者達もおりますので・・・。


 だから、私は創りたいのです。


 そんな悲劇が二度と起きないように—


 どんな暴力にも屈しない—


 この国を、いえ、この世界を救う最強の軍隊を―


 その為にも!! レイセウス様!


 何卒、その軍隊の編成にご協力をお願い致します‼」



 ネイアはその熱い想いを込めた渾身の土下座をかます。



 その灼熱の土下座に多少引きつつ、言葉を詰まらせて口を開く。



「・・・・。ま、まあ、お主の考えは分かった。


 それは、この国にとっても、とても有益で、素晴らしい思想だと私は思う。」



「それでは、ご協力頂けるのですか⁉」



「残念ながら、私は協力できない。」



「それは、どうしてでしょうか?」



「お主からしたら、無責任に思えるかもしれないが、私には、最早、この国にもこの国の民にも、愛着や執着などの感情が沸かんのだ。


 それは、自分自身にも言える事かもしれん。


 私は、この地で老いて死んでいくだけでいいと考えているのだ。」



「・・・・・・。」



「わかったなら、王都に戻るがいい。


 きっと、私よりも相応しい者がいつか現れる筈だ。」



「わかりました。レイセウス様。


 でも、私は諦められません。


 ですから、私と勝負をして下さいませんか?」



「勝負だと?」



「はい。私が勝負に負けたら、今までの申し出は諦めます。


 でも、私が勝負に勝ったら、私達と一緒に王都に戻ってほしいのです。」



「ネイア・バラハよ。


 私の心は決まっているし、お主からの勝負の申し出を受ける筋合いもないぞ。」



「いえ、レイセウス様は私との勝負を受ける筋合いが御座います。」



「なんだと?」



「レイセウス様は先程、申していたではありませんか。


 どうにでもならない事は力でねじ伏せよ―と。


 だから、私の力でレイセウス様をねじ伏せて見せます。


 私のような若輩者から申しだされた勝負からレイセウス様が逃げ出す訳ないですよね?」



 ネイアは、覇気が有り余る目でレイセウスを睨みつけた。



 その視線を受けて、レイセウスは、冷めきっていた心の中に小さな火が灯ったのを感じた。



(・・・・・・・・・・・・ハハハハ。


 なんだ。この感情は、


 こっちは、最早、残りの余生をこの地で、この雪の中に埋もれ、


 誰にも知られず、誰にも気にされる事なく、儚く散っていくだけの存在だ。


 そんな者にここまで、固執する者など・・・。)


 

「ハハハハ!! 面白い!!


 それで、その勝負とは、どのような内容なのだ?」



「はい。先程も申しましたが、私は弓兵です。


 弓の腕には、いささか自信が御座います。


 レイセウス様。


 ここから見える範囲で的を指定して下さい。


 私は、それを射て見せましょう。」



「なんだと? 本当にそれでいいのか?


 弓なら私も自信がある。純粋な弓勝負でもいいのだぞ?」



「いえ、それでは私が圧勝してしまいますから。」



困惑するレイセウス向かって、ネイアは、当然の如くそう言い放った。



「フッ、フフッフ・・・。ハーハッハーハハハーハーハッハ‼」



 その態度に言葉にレイセウスは思わず爆笑する。



「ぬかしよる。本当にぬかしよるわ。


 いいだろう。その勝負に乗ってやろう。」



 レイセウスは、満面の笑みでネイアにそう言い放った。







 


























 



 









 








 





 








 








 

 


 






 









 







 






 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る