第12話 集った者達⑦

 

「それでは、魔導教団のトップの私がレイセウス様に土下座してお願いしておりますので、魔導教団の軍の編成にご協力頂けるという事で宜しいでしょうか?」



 ネイアは、目の前で呆けた顔で佇んでいたレイセウスに向かって確認した。



 ―暫くの沈黙の後、レイセウスが困り顔でその問いに答える。



「いやいやいや、お主がそのような嘘をつかなくても・・・。


 ―いや、其方は、何も悪くないぞ。


 すべては、その如何わしい組織が悪いのだ。」



「・・・組織、ですか?」



「そうだ。其方はその組織に騙されている。いや、洗脳されておるのだ。


 お主が、そんな嘘をついているのがいい証拠だ。」



レイセウスがそう述べた時、



「それは違いますぞ――――――!!!」


 ネイアの脇に控えていた大柄の男がその周辺に轟く声を上げる。



「其方、失礼ですぞ!!


 この御方は、紛れもなく、我が魔導教団が教主、ネイア・バラハ様ですぞ!!


 そして、先の聖戦で、魔導王陛下と共にこの聖王国を救われた英雄中の英雄ですぞ!!」


 その男―デルトランは、レイセウスの足元まで迫り、鬼気迫る形相で叫ぶ。


―デルトラン


彼は、ベルトランの弟だ。それも、双子の。


だから、見た目はほとんど、瓜二つである。



そんなデルトランは、あの聖戦後、亜人の収容施設から救出された。



 そして、その後のデルトランとベルトランの再会は、全聖王国中が泣くほどの感動シーンだったという—


 そうして、救出されたデルトランは、妄信的に魔導教団の教えにのめり込み、ネイアの傍使いになる程の地位に昇りつめていた。



 そんなデルトランだからこそ、教団、そして、尊敬するネイアに対しての不敬な発言に激怒した。




「英雄? そんな存在がそう簡単にいてたまるか。


 英雄とは、才知、武勇に優れ、常人には成しえない事を成し遂げた—そんな人々を導く存在の事を言うのだ。


 こんな年端もいかぬ少女が、教主で英雄だと?


 フン。お前達、魔導教団の底が知れたわ。


 デマでこの国を騙す詐欺集団。


 腐っておるわ。


 さぞかし、お前たちの崇拝する魔導王とやらも腐っておるのだろう・・・・。」



 レイセウスが神妙な顔で、その言葉を述べた後、



 「・・・ハッハッハー!!


  ハハハハハッハハハッハハッハハッハハッハッハハッハ!!」


 豪快に笑い出す。


 ネイア達は、その爆笑を受けながら、頭を垂れて微動だにせず蹲っていた。



「これは、一本、取られたわーーーー!!


 アンデッドだから腐っている!!


 それじゃあ、しょうがないわなーーーーー!!!!。」



そのレイセウスの言葉を受けて、蹲っていたネイアの体は、激しく震え出す。



先程まで地に伏していたネイアは、微動だにしていた訳ではない。



己の中の怒りの感情を抑え込みながら、微かにであるが震えていた―



 だが、レイセウスの更なる嘲笑に体の震えは最高潮になり、漆黒のダークなオーラを発し始める。



「・・・・レイセウス様。」



 そんなダークネイアは、レイセウスの名を声を震わせながら発した。


「ん!? なんだ? 少女よ。」


豪快な笑いを一旦、停止したレイセウスは、半笑いで答える。


「私や、魔導教団に関しては、いかな嘲笑も悪評も受け入れます。


 しかし!!


 魔導王陛下を蔑む発言は、訂正して下さい!!」


 ネイアは、レイセウスに向けて殺気立ったガンギマリの顔でそう叫んだ。


 そのネイアの余りの迫力に、レイセウスが一瞬ひるむ。



(なんだ。この殺気は・・・・。


 このような鬼気迫る殺気は、久しく受けていないぞ・・・・。)



 そんなレイセウスではあったが、魔導王にそこまで献身的なネイアの姿勢に更なる怒りを覚えていた。



(このような少女を誑かすとは、魔導王とはロクなヤツではないな。)



「私は、自らの発言を訂正する気もなければ、其方達の要請を受け付ける気もない。


 さっさと、王都に戻ってクソして寝ろ。」



「・・・・。レイセウス様。


 私共が要請した事などは、最早、どうでも良いのです。


 それよりも、先程の発言は、どうしたら訂正して下さるのですか?」



「どうしたら? そんな事もわからんのか?


 どうにもならない事は、力でねじ伏せるまでよ。


 つまりは、お前達が私を力でねじ伏せたならば、先程の発言を撤回してやろう。」



 レイセウスは、そう言うと自らの腰に携えていた木槌を握り、ネイア達に向けて振り翳す。



「聖騎士団を去って久しいが、私の腕は衰えてはおらんぞ。


 お前達にできるのか?


 この私を力でねじ伏せる事が?」



「・・・いいでしょう。


 それでは、私がお相手させて頂きます。」



 ネイアは、そう言うと、腰に携えていた小刀を抜き、構えた。



「止めておけ。少女よ。


 私は、女、子供の相手などしとうない。」



「そちらから、喧嘩を売られたのです。


 ならば、こちらに買う権利が御座います。」



「・・・お主、戦闘訓練を受けた事はあるか?」



「はい。かつて、聖騎士見習いをしておりました。」



「・・・いいだろう。それでは、稽古をつけてやる。


 かかってこい。」


 レイセウスは右手で木槌で肩を叩きながら、左手でダルそうに手招きをした。




「・・・それでは、参ります。」



 ネイアがそう呟くと、その姿は掻き消える。



 レイセウスの視界から―



 (何!!!)

 


 その現象に焦ったレイセウスは、すぐさま目線を落とす。



 その時には、すでにネイアはレイセウスの左足の目前にまで到達していた。


 

 そして、前傾姿勢のネイアはレイセウスの足の腱を切りつけようと小刀を逆手に持ち迫る。



 その高速の刀撃を、レイセウスは体勢を崩しながらも、足を後ろに反らせて瞬時に躱した。



(此奴‼ 戦闘慣れしておる‼


 体格差によって、こちらの不利となる足下の急所を躊躇なく狙ってくるとは‼)




―!!!



 レイセウスは、そう驚いたのも束の間、更なる衝撃に襲われる。



 ネイアは、初撃が躱されるや否や、自らの漆黒のローブを脱ぎ、宙に放り投げていた。


 


 そのローブは、レイセウスの顔面へと迫り、ネイアの姿をかき消す。


 


 久しく戦闘というものから遠ざかっていたレイセウスは、余りに狡猾、余りに見事な―戦い方に心の中で感嘆していた。



「ちょこざいな‼」


 レイセウスは体勢を崩しながらそのローブを左手で払う。


 

 その瞬間、ローブの影からレイセウスの顔面、それも眼を狙ったネイアが飛び掛かってきた。


 レイセウスがその姿を捉えた時には、ネイアはすでに、レイセウスの眼前に達していた。


 体勢を崩し、尚且つ、左手でローブを払った状態のレイセウスにその一撃を防御する手段はなかった。


 

 しかし、そんな危機的状況が、久しく働いていなかったレイセウスの戦闘勘を呼び覚ます。

 


 次の瞬間、レイセウスは、木槌を持つ右手をスナップさせてネイアを迎撃した。



 それはレイセウスが、意図的に行った行動ではない。


 

 かつて戦いに明け暮れた体が、防衛本能に従って勝手に動いただけの事だ。



(―――し、しまった!!!)


 レイセウスが心の中でそう叫んだ時には、遅かった。



―ドゴォ!



 レイセウスの木槌は、ネイアの脇腹を勢いよく殴打する。



 その衝撃でネイアの体は、地上の雪の上と叩きつけられ、横滑りしながら転がった。


「ネ、ネイア様ーーーーーーーー!!!」


 その光景を見たデルトランは、顔面蒼白で絶叫する。



(な・・・。なんという事だ・・・。


 私が、このような少女を手に掛けてしまうとは・・・。)



 レイセウスは、今も手に残る気持ち悪い手応えを感じつつ、激しい後悔に苛まれていた。


(この手応え、おそらく、即死であろうな・・・。


 すべては、この者の実力を測れなかった私の責任だ。


 せめて、丁重に葬ってやらねばな・・・。)



レイセウスは、雪の中で俯せになって動かないネイアの下に歩みだそうとした時だった。


―!!!


 レイセウスは、自分の目を疑った。


 なぜならば、自分の殴打をほぼ生身で受けた者が体を震わせながら、立ち上がろうとしていたからだ。



(バカな! 確かにあの手応えは、クリーンヒットだったはずだ。


 成人男性だったとしても、内臓が破裂して即死する程の・・・。


 此奴、不死身なのか⁉)




 そんなレイセウスの考えも、即座に否定される。


「ゴホッ。」


 ネイアが起き上がろうと上体を起こした時、真っ赤な大量の血を口から吐いたのだ。



「お前達の中に、ポーションを持つ者、回復魔法が使える者はおるか‼」


 

「は、はい‼ 私が持ってまするぞ‼」



 デルトランは、腰袋からポーションを取り出すと、天に翳して大声を上げた。



「ふう。」



 レイセウスは、デルトランのその言葉を聞いて、一安心した。




 デルトランは、ネイアに駆け寄るとポーションを差し出す。



「ネイア様、早くお使い下さい‼」



「いえ、結構です・・・。」



「は?」



 ネイアは差し出されたポーションの受け取りを拒否すると、ピヨピヨ状態で立ち上がり、吹き飛んだ際に手放した小刀を拾いに歩き出した。



「ネイア様‼」



「デルトラン・・・勝負の決着は・・・まだついていません・・・」



 小刀を拾い上げると、ネイアはレイセウスに向かって歩き始める。



 フラフラになりながら、口から血を吐きながら、まるで、ゾンビのように―



 レイセウスは、そのネイアの姿を見て、胸が熱くなるのを感じた。



(なんという少女なのだ。


 こんな小さな体に、歴戦の戦士に負けない闘志を持っておる。)



 ネイアは、レイセウスの前までフラフラのまま到達すると構えた小刀を前に突き出して突進した。



―ガシッ



 しかし、その小刀がレイセウスの体に到達することはなかった。



 なぜならば、その刀身をレイセウスの右手の拳で握りしめたからだ。


 

刀身を握りしめた拳からは、僅かな真っ赤な血が真っ白な雪の上に滴り落ちる。



「・・・・・この勝負、私の負けだ。ネイア・バラハよ。」



 朦朧とした状態で、レイセウスのその言葉を聞いたネイアは、小刀の柄から手を離すと、前のめりに崩れ落ちた。

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