第1話 終わりの始まり
漆黒に染まる森の中を、その闇を切り裂くように馬に乗り、駆ける者達がいた。
その者達は、前方を見つめながら暗闇の森の中を必死の形相で一心不乱に疾走していた。
「ネ!! ネイア様!!!」
そんな中、その者達の最後方の馬に乗った若い男が苦悶の表情で声を上げる。
「この速度では、後方の兵達が付いてこれません!!
す、もう少し、速度を落とされては頂けないでしょうか!」
その声に、”魂喰らい”に跨り、その者達の先頭に立って疾走しているネイアは振り向かず静かに答える。
「これ以上、どう落とせというのですか・・・。
私達がこうしている間にもモモン様はその命を賭して我々の為に戦われているのですよ・・・。」
ネイアのその声は、小声ながらもネイアに追従している者達に響く様に伝わった。
その声を聞いた者達は、皆、表情を暗くして目を伏せる。
ネイアは、そんな者達を振り切る勢いで闇夜の森を突き進む。
そんな中、”魂喰らい”に跨り必死に疾走するネイアは、なぜ、こんな現状に至ってしまったのか?—という経緯を頭の中で振り返っていた。
それは、つい、二日前の事であった。
モモン様がカリンシャを奪還すると王都を出立して一週間が経っていた。
その一週間は、聖王国の首都ホバンスは、とても平和だった。
驚くほど何もなかった。
この聖王国を恐ろしいヴァンパイアや悪魔達が狙っている事を忘れる程に—
しかし、その事を思い出すには余りある出来事が起こった。
それは、モモン様に追従していった兵士達が戻ってきた事だ。
戻ってきたと言っても、同行した千人の兵士達が敵兵にやられて負傷して戻ってきた―という話ではない。
結論から言うと千人の兵士達の殆どが死んだ。
そして、一割に満たない
―いや、一割の一割といった方が正解だろう。
モモンに様に付き従った兵士が王都に帰還したのだが、その兵士達の数は僅か十数人に過ぎなかった。
そうして戻った兵士達は、皆、虚ろな顔をしていた。
まるで、人形のような―
まるで、この世界に生きている事に疲れ切っているという表情を―
そんな兵士達にネイアは、一体何が起こったのかを聞いた。
モモン様が今、どのような戦いをされているのか―
今、モモン様がどういう状況に置かれているのか―を。
帰還兵から話を聞いたネイアは、即座に決断した。
出来得る限りのありったけの魔導兵団を引き連れてモモンの下へと出立する事を—
(私は、何て愚かなんだろう…。
こんな事では、アインズ様に失望されてしまう・・・。)
”魂喰らい”に跨り顔を歪めながらネイアは、心の中で深く後悔していた。
(私は、モモン様に頼り過ぎていた。
モモン様ならこの聖王国を簡単に救ってくれると思ってしまっていた。
私は、なんてバカなんだろう。
簡単に、国なんて救えるはずがないじゃない!!!
それが英雄だって、例え神様だって‥‥。)
そう思ったネイアは、自分自身を責めた。
(アインズ様はこの世界を創造した神である事は間違いない。
でもこの世界には、そんなアインズ様に逆らう邪悪な者達がいるのだ。
あのヤルダバオトのような‥‥
そう、この世界を幸福に導こうとしている神に敵対する―悪魔(シズ先輩除く)という強大で邪悪な存在が—
先日の聖戦もその一幕に過ぎない。
私は、そんな壮絶な戦いを垣間見た筈のに…)
ネイアは、目の前に現れた超カッコイイ英雄に有頂天になって、そうした壮大な戦況の中にいる事を忘れていた自分を責めた。
(今、モモン様はその強大で邪悪な存在に立ち向かい、窮地に立たされている。
このままでは、モモン様は、また、あの至高の神々の武器を使用されてしまう…。
己の命を賭して…。)
ネイアはうっすらと目に涙を浮かべながら前方の深い闇を切り裂く様に疾走する。
(私は、あの時、アインズ様の何の力にもれなかった…。
でも、今度こそは!!! )
そう強く想ったネイアは、”魂喰らい”を急き立て、自らの体がどうなってもいいという程、加速する。
ネイアに追従していた兵士は、その速さに顔を歪めながら必死に付いて行こうとした—その時だった。
「ネイア様!!! ア、アレをご覧下さい!!」
一心不乱に前方のみを見ていたネイアに、追従していた兵士の一人が突然、声を上げる。
その声を聞いたネイアが頭を上げると遥か遠方に空に聳える壮大な光の柱が目に映った。
それは、輝かしく、真夜中の闇を照らすかのように輝いていた。
その光の柱を見たネイア達一団は、呆気にとられて馬の脚を止める。
「ア、アレは一体⁉」
後方にいた若い兵士が取り乱しながら叫んだ。
その若い兵士が取り乱すのも無理はない。
現在の時刻は深夜零時をとうに過ぎている。
そんな真夜中の暗闇の空に突然、誰も見た事がないであろう壮大な光る柱が現れたのだ。
その壮大な光の柱は、その輝きで先程まで漆黒に染まっていた深い夜の闇を薄闇色に染めていた。
その光の柱は、ネイア達の目から見るとか細い光の柱であった。
それもその筈だ。
なぜなら、ネイア達とその光の柱との間にどれ程の距離があるかはわからないが、周りの丘や地平線を鑑みて、最低でも十、いや、二十キロメートル以上は離れているだろう。
そんな距離からも視認できる程の壮大な光の柱—
ネイア達一陣は、その柱の放つ光に、また、余りの大きさに唖然とし、馬を止め、見入っていた。
そんな中、ネイアが放心状態でポツリと呟く。
「ア・・・アレは、剣です・・・。」
ネイアの目には見えていた。
遥か彼方の空に見える光の柱がまるで剣のような形をしていた事を—
そして、その光の剣の根幹に佇んで、それを剣のように振りかざそうとしている人影を—
(余りに距離が離れすぎているから、正確な大きさは分からないけど、
アレがここからおよそ二十数キロ離れたカリンシャで起こっている現象だとすると、あの光の剣の長さは、ゆうに百メートルを超えている…
そんな壮大な光の剣を使用できる御方は、私の知る限り御二方しかいない…。
一方は、我らが偉大な創造神—アインズ・ウール・ゴウン様。
そして、もう一方は我ら人間を理想郷へと導くであろう英雄王—モモン様
どちらにしても、この状況。
今、この先のカリンシャでは、この世界の覇権を揺るがす壮絶な戦いが繰り広げられているんだ!!)
ネイアが一瞬そう考えている間に、その光の柱は、夜の闇を裂くように振り下ろされる。
—ドガァァァァァァァーーーーーーーーーーーーー!!!!!
光の剣が地上に向かって振り下ろされた瞬間、爆音と共に暗闇に染まった空が一瞬にして金色に輝く。
ネイア達は、その余りに美しい光景を見て放心していた。
そして、光り輝いた空は、一瞬にして元の暗闇へと戻っていく。
その直後—
ネイア達一団は前方地平線から吹き荒れた嵐のような強風に晒された。
「こ、こ、これは、一体何なんですか⁉」
余りに未知な光景と現在、自ら達を吹き飛ばす程の強風を目の当たりにした若い兵士は、混乱しながら叫ぶ。
そんな強風に晒されながらも、そんな光景を目の当たりにしながらもネイアは動じていなかった。
「私にもわかりません。
でも、おそらく、この先のカリンシャでは、今、我々の想像を超える戦いが—
そう、先日の聖戦のような壮絶な死闘が繰り広げられているのでしょう。」
ネイアは、そう言うと迷わず、その地へとアンデッドの馬を嗾け、駆け出す。
同行していた兵士達は、黙ってそんな自らの主に置いてかれないように必死に自らの馬を嗾けた。
その後—
都市カリンシャに近い小高い丘に行きついたネイア達は、その場から都市の現状を目の当たりにして馬を止め、絶句した。
なぜならば、その都市がまさに滅茶苦茶という言葉以上にメチャクチャになっていたからだ。
その悲惨な都市の状況を見てネイアは叫ぶ。
「急ぎましょう!!」
ネイアは、出来得る限りの速さでカリンシャを目指して”魂喰らい”を走らせる。
そして、同行していた者達は、これまた、自らの主に付いて行こうと必死に自らの馬を嗾けた。
ネイア達一陣が都市カリンシャの城門、いや、かつて城門が聳えていた場所に行き着いた頃には、夜は明け、地平線から朝日が昇り始めていた。
ネイア達は、そのありえない光景を見て絶句する。
今は無き城門付近は、まさに遺跡と呼んでもいい程、崩壊していた。
この城門は、先の聖戦後、新たに造られたモノであった。
亜人達、いや、ヤルダバオトから蹂躙された先の戦いを教訓に強固に造り直されたものであった。
しかし、その城門は今はない。
そう無いのだ。
その城門は消え去り、その後には、何もない深い闇が広がっていた。
余りの光景にネイア達一団は絶句し、放心状態に陥った。
「な、なんて事‥‥。」
―ガチャ、ガチャ
そんなネイア達の下に金属音が聞こえてくる。
その音は、深い闇から立ち上る砂煙の中から聞こえて来ていた。
その音を聞いたネイア達は、即座に馬から身を下ろし、自らの武器を構えて音を出しながら、向かってくる存在に備えた。
その金属音を出していた者が砂煙の中から姿を現した時、ネイアは満面の笑みを浮べる。
「モ、モモン様!! ご無事だったのですね⁉」
ネイアはそう言うと、目の前に現れた英雄に向かって小走りに近づいた。
「ネイア嬢。どうされたのかな?
其方には、ホバンスの守りを任せた筈だが?」
砂煙の中から現れた漆黒の英雄モモンは、ネイアに問う。
「も、申し訳ございません。
で、でもモモン様が窮地に立たされていると聞き、居ても立っても居られず…。」
「そうだな…。
確かに相当の窮地に立たされていたのは事実だな…。」
困り顔のネイアに対して、モモンは申し訳なさげにそう呟いた。
「モモン様!!
それで敵は!? 聖王国を狙っていた敵はどうなったのでしょうか⁉」
「ああ・・・問題ない・・・・。
すべて片付いた。
今回の敵は・・・
すべて宿滅した・・・・。」
モモンは、言葉少なに噛みしめる様に静かに呟く。
ネイアは、その言葉に胸を締め付けられた。
(なんて、この方は、こんなにもカッコイイのだろう。
私と同じ人間で在りながら、
その強さは、規格外—
でも、その態度は、いつも冷静沈着、そして、温良優順。
まさに非の打ち所のない人間とは、この人の事を云うんじゃないだろうか…。)
そう思って放心していたネイアであったが、モモンに同行している筈のある人物がこの場に居ない事に気づいて言葉を荒げて言った。
「シ、シズ先輩は!!
シズ先輩は無事なのですか!!」
「シズか…。
ネイア嬢。安心するがいい。
シズには、一足先に魔導国に戻ってもらった。
いずれ、機会があれば、また会えるだろう。」
「そ、そうですか。」
モモンの言葉を聞いて安心したネイアは自らのない胸をなでおろす。
その時―
—ヒヒーン!!
馬の鳴き声が響くと、周りに立ち込める砂煙の中、モモンに向かって数体の影が勢いよく迫ってくる。
その影に戦闘態勢をとったネイア達であったが、その影が姿を現すとネイアは喜びの声を上げた。
「レメディオス殿!! 貴方も無事だったのですね!!」
そこには、馬に跨り、そして、モモンが騎乗する漆黒の巨馬を引き連れている聖王国一の剣士—レメディオスがいた。
「ネイア・バラハか。ああ、何も問題ない。」
レメディオスは、まるでロボットのようにネイアの言葉に答えた。
「ご苦労。」
モモンはそう言うと、レメディオスが引き連れてきた漆黒の巨馬に静かに跨る。
そして、モモンはネイアに向かって言った。
「それで、ネイア嬢。
このカリンシャに来たのは、其方達だけなのかな?」
「いえ、遅ればせながら後、三万程の魔導兵団の軍がこの地に向かっております。」
「そうか、それはよかった。」
「?。それはどういう事でございましょうか?」
「このカリンシャの惨状を見て分かっているとは思うが…
地上に居たカリンシャの民達は、ほぼ絶望的だろう。
だが、地下に囚われている者達ならば、まだ生きている可能性がある。
その者達を捜索し、救助するには多くの人出が必要だ。」
「か、畏まりました。モモン様!!
それでは、部隊が到着次第、カリンシャの民達の救助を始めます!!」
「そうだな。それで頼む。」
モモンはそう言うと、朝日が昇り、光輝く地平線を見据えて誰にも聞こえない程の声量で呟く。
「これで、すべて片付いたな…
いや、まだか‥‥。
王都に戻って、この騒動のすべての後始末をしなければな‥‥。」
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