プロローグ
広大なトブの大森林の南端の外れにその村はあった。
しかし、今では、村と呼べる程のシロモノではなくなっていた。
そこには、近代的な建築物が立ち並び、そして、その規模も村から町を通り越して都市に匹敵するほど広大に広がっていた。
そんな村の中心には、その広大さに見合うだけの高い建築物が聳えていた。
その建築物の最上階の部屋には、頭を抱えて悩んでいる一人の少女がいた。
その少女は、苛立ちながら机に並べられた書類を見つめて、大声を上げる。
「なんで、私がこんな事まで決めなくちゃいけないの!!」
そんな少女の叫びを聞いたその傍らにいた男は、その少女を宥める様に口を開いた。
「エンリ。大変なのは分かるけど…
ゴブリンの人達が、族長であるエンリにこれから生まれてくる子供達の名付け親になってほしいって言ってるんだ。」
その男の言葉を聞いた少女は、男に向かってガチ切れた。
「ンフィーは、私の苦労を何もわかってない!!
なんで、私がこの村の端から端までを決めなくっちゃならないの!!
私は、こんな大変な事になるなんて知っていたら、この村の村長なんて引き受けなかったわ!!」
「ごめん。エンリ。
君が大変なのは、分かっているんだけど。。。
だけど、皆、君に決めてほしいんだよ。
僕も協力するから‥‥。」
その少女のガチギレに、その男―ンフィーレアは、困りながら言った。
そんな自身の夫の弱々しい発言に、その少女―エンリは、ンフィーレアに向けて罵声を浴びせる。
「ンフィーは、いつもそう!!
いつも、そう言って何もしてくれていないじゃない!!
私は、こんなに苦労しているのに!!
私がこんなに働いているのに!!」
「エンリ。・・・・・・。」
エンリの罵声に、ンフィーレアは、申し訳なさそうに俯き、恐縮する。
ンフィーレアのその態度に、エンリは呆れると同時に少し気まずくなり、机の書類に目をやる。
(そもそも、何でこんな事になっちゃったんだろう…。)
エンリは、このような現状に置かれてしまった原因について考えていた。
このカルネ村は、偉大なる魔導士アインズ様—いや、今やこの国の王である偉大なる魔導王陛下アインズ・ウール・ゴウン陛下に救われた村だ。
そして、魔導王陛下のご加護の下、多大な発展を遂げていた。
そんなカルネ村は、今では村とは到底呼べない程の多くの者たちが住んでいた。
魔導王陛下から与えらえたアイテムから召喚されたゴブリン軍団―
魔導王陛下から派遣されたアンデッド軍勢—
魔導王陛下により招聘されたドワーフやリザードマン、トレントなどの種族―
魔導王陛下が受け入れた情勢が不安定な小国家より逃げ出してきた農民や移民—
そんなありとあらゆる種族が混在する子供のオモチャ箱の中身のような村が出来上がっていた。
本来、そんなあらゆる種族が同じ場所に暮らせば、喧嘩やいざこざ、場合によっては、殺し合いに発展する事は避けられないはずだが、このカルネ村では、そう言った事にはならなかった。
それはエンリにとっても、それは喜ばしいことであったが―
ただ、それは、
『この村の村長、族長、将軍閣下であるエンリ様に全てを決めてもらう。』
というこの村の絶対ルールによって築かれた平和であった。
この事により、エンリのもとに村のありとあらゆる仕事が集約する事となる。
(ついこの間までは、ただの村娘だったのに、今では、こんな大きな村のあらゆる事を決めなくっちゃいけなくなるなんて・・・。
この世界で私より不幸な人なんていないんじゃないかしら・・・。)
そんな事を考えながら、エンリは無言で落ち込んでいる自らの夫に目をやる。
(なんとなく、流れで結婚しちゃったけど、これでよかったのかな?
男の人って、もっとこう…
『己の背中を見て、ついてこい…』的な、漢の中の漢って感じの人と
結ばれていたら、こうはならなかったんじゃないかな?)
エンリがそんな事を考えていた時、背後から突然、謎の声が聞こえる。
「エンちゃん‼激おこプンプンっすね‼
もう倦怠期突入っすか⁉」
エンリは驚き、慌てて声がした方を振り向く。
すると、そこには見慣れた顔が眼前にあった。
自分達の恩人でもあり、偉大なる魔導王陛下の配下である赤髪の美女の顔が―
「ルプスレギナさん!!
毎度毎度、突然、現れないで下さい!!」
エンリは、突然現れたその美女に向かって大声を張り上げた。
「いやぁ、突然じゃないっすよ。
少し前から、ここにいたんすよ。」
そのルプーの言葉を聞いて、エンリはその顔を真っ赤に染めた。
(恥ずかしい所、見られたーーーーーー!!)
エンリは、その事の重大さを十分、認識していた。
それは、この人(ルプー)が、絶対、今、見聞きした出来事を知人に面白ろおかしく暴露すると知っているからだ。
さらには、その知人に、偉大なる魔導王陛下も含まれる可能性がある。
「ルプスレギナさん!! 決して、この事は魔導王陛下には話さないで下さい!!」
エンリは、必死の形相でルプーに懇願した。
「エンちゃん。必死っすね。
別にアインズ様に今の事は報告しないっすよ。」
そんなルプーの言葉を受けても、エンリは不信がっていた。
「そんな事よりも、実はアインズ様からエンちゃん達に、頼み事があるんすよ。」
ルプーのその言葉に、エンリとンフィーレアは、顔を強張らせた。
この周辺の国家を支配する偉大で強大な力を持つ絶対者からの頼み―
それがどのような頼みなのかは分からないが、魔力、財力、力、すべてを持っている御方が、こんな辺境のただの村娘と村男に直々に頼み事をするなんて、普通じゃないと思って―
「どうしたんすか⁉ 変顔選手権、開催っすか⁉」
ルプーは、そんな二人を茶化す。
「いえ、ルプスレギナ様。
それで、魔導王陛下の頼みとは、一体どのような頼み事なのでしょうか?」
「おお! ンフィーちゃんは、やる気満々っすね!
実は、モモン様を助けてほしいんすよ。」
「えっ…。モモン様を…ですか?」
「モモン様って、あの黒い鎧を着た、以前、カルネ村にいらした戦士の方ですよね?」
「そうっす。そのモモン様っす。」
「モモン様が、どうかされたんですか?」
「実は、悪い魔法使いに毒を盛られて、生死の境を彷徨ってるんすよ。」
「そ、それは大変‼
私、以前、エ・ランテルでモモン様に助けてもらったんです‼
私にできる事ならなんでもします‼」
「それは、助かるっすよ。
それじゃあ、これから私と一緒にアインズ様のお家に来てほしいっす。」
「アイン―いえ、魔導王陛下のお屋敷ですか?
それは、これからエ・ランテルに向かうという事でしょうか?」
「違うっすよ。
アインズ様の本当のお家っすよ。エンちゃんも一度来た事あるっすよね。」
「あ、あの凄いお屋敷ですか‼
私のような者が、またお邪魔しても宜しいのですか⁉」
「エンちゃんはラッキーっすよ。
あそこに二度もいける人間なんてそうはいないっすからね。」
「…それで、魔導王陛下のお屋敷で私達は何をすればいいのでしょうか?」
「そんなに心配しなくていいっすよ。
パーと行って、サーと伝説のアイテムの封印を解いて、ドッパーと使ってくれるだけでいいすよ。」
「伝説のアイテムですか⁉ それって私達じゃない方がいいのでは⁉」
「残念ながら、私達にはその封印が解けないんす。
エンちゃん達頼りなんすよ。
お願いっす。エンちゃん、ンフィーちゃん、モモン様をどうか助けてほしいっす‼」
ルプスレギナ・ベータの涙目の懇願に、エンリは覚悟を決めた。
「…わかりました。私達にできる事なら協力します。」
「ありがとうっす‼ エンちゃん‼ 感謝するっす‼」
ルプーは、エンリの手を取って歓喜する。
そんなエンリは、自らの服を見回した。
「それじゃあ、ち、ちょっと、着替えてきますね‼」
「エンちゃん。そのままでもいいっすよ。」
「そういう訳にはいきません。こんな格好で魔導王陛下のお屋敷に行ったら、無礼に当たります。」
エンリはそう言うと勢いよく部屋を飛び出していった。
ルプーはそんなエンリを厭らしいにやけ顔で眺めていた。
「あ、あの、ルプスレギナ様。」
そんなルプーにンフィーレアは後ろから声を掛ける。
「なんすか。ンフィーちゃん。」
ンフィーレアはルプーの耳元に近づき、小声で呟く。
「あの・・・。モモン様って、魔導王陛下の事ですよね!?
アンデッドの方が毒を盛られるなんて聞いた事がないんですが…。」
「・・・・。そういえば、ンフィーちゃんはモモン様の正体を知っちゃてるんすよね。
それが、ちょっとややこしい事になってるんすよ。」
「ややこしい事、ですか?」
「そうなんすよ。
実は、アインズ様の仮の姿であるモモン様を仮を務めていた方が、毒を盛られちゃったんす。」
「そ、それは、確かに、ややこしいですね・・・。
でも、本当に僕達でお役に立てるんでしょうか?」
「モチロン、役に立てるっすよ。
むしろ、ンフィーちゃんにしかできない事っすよ。」
「それは、一体、どういう…」
ンフィーレアがそう聞きかけた時、エンリが自らの一張羅に着替えて戻ってきた。
そんな二人を見てルプスレギナ・ベータは満面の笑顔で言った。
「それじゃあ、行くっすよ!!
これから、これから楽しい冒険の始まりっす!!」
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