第2話 忘れられた者達

 ある部屋の窓のカーテンの隙間から突き刺さるような日の光が刺す。


 その光は、太陽が昇ると共に角度を変えてその部屋にあるベッドを照らした。


 ベッドには、金色の美しい髪を棚引かせた美女が眠っていた。


 その眩しい光を浴びた美女は、ゆっくりと己の瞼を開く。


「もう…。朝かしら…。」


 そう言うと、そのパツ金美女は、ゆっくりと腰を上げてベッドの上から自らの身を起こす。


 そして、ベッドから起き上がったそのパツ金美女は、部屋の隅にあるクローゼットを開いた。


「・・・・・・・・・。」


 そのパツ金美女は、クローゼットの中に収納されている自分が日頃、纏っている漆黒の鎧、漆黒の重槍を目にして、無言となる。


 そして、想った。


(何してるんだろう…。私は‥‥。)


 そう想った金髪美女は、自分の記憶の中でもっとも昔に、もっとも、幸せであった時の記憶を思い返していた。



「レーちゃん!! レーちゃん!!」


 そう言って、私の名前、というか私を愛称で呼びかける金髪の美しい女が私が初めて認識した人間の顔だった。


 何もわかっていない私は、すぐにその女にベタ惚れになった。


 なぜなら、生まれてすぐの、何にもわかっていない、何も知らない私の一挙一投足の行動を、言動を、満面の笑みで優しく見守っていてくれたから…


 私は、その温かい空間でのほほんと幼少期を過ごした。


 後に訪れるであろう地獄を知らずに‥‥。



 

 「アルベルト!! 行くわよ!!」



 この世の中の事など何も知らず、十六歳になり、幼馴染の貴族と婚約した私は、そう言って、その男を連れまわしまくった。


 私の婚約者―アルベルトは、いつも、とても優しかった。


 そして、いつも、自分の事を気にかけてくれた。


 だけど、私はそんな婚約者に少し、物足りなさを感じていた。


 なぜならば、私は、その婚約者より―


 いえ、その周辺一帯のどの者より武芸の才に秀でていたいたからだ。


 始めはそう、あの女の気まぐれの一言から始まった。


「レーちゃんは、私と一緒でなんでもできるから、


 剣を習わせてみましょう。」


 その気まぐれの一言で、幼き私には幾人の武術者の講師が付き、英才教育が施された。


 しかし、当時の私は、そんな状況を心の底から喜んでいた。


 その女が、私を想って、私の為に、私を愛しているから行っていると信じて―



―しかし、その時は突然訪れた。



 本当に、突然、訪れたのだ。



 武芸に自信を持った私は、自分の領地を脅かす魔物達の討伐を申し出た。


 あの女は、そんな私を激励した。


―それでこそ、私の娘、私の子だと―


 私は、その女の言葉を胸に、その女と自分の領地の為に戦った。


 その女に褒められるように必死で戦った。


 しかし、その魔物達の首領にトドメを刺す寸前に、呪いを受けてしまった。


 私は、その呪いを物ともせず、その魔物の首領にトドメを刺した。


 その時―


「お前達は、私達を魔の者というが、本当はどっちが魔の者なのかな…。」


 その魔物の首領は、そのような捨て台詞を吐いた。


 魔物の首領のそんな捨て台詞に、その私にはピンと来ていなかった。


 そんな事よりも、あの女の期待に応えられた事に、そして、あの女に褒めて貰えると思って、胸を膨らませて帰路についた。


 しかし、帰路についた時、待っていたのは地獄だった。


 我が家に帰った時、その女は私を見て発狂した。


 そして、言ったのだ。


「こんなの、私の子じゃないわ!!


 早く、退治して!!」―と。


 その言葉を受けた私は、すぐにその場から逃げる様に去った。


 号泣しながら、自分という人間の存在価値がなくなったと思って―


 そして、絶望した私は、自らの優しい婚約者に救いを求めた―


 そうしてアルベルトの屋敷に到着した私は、外から人目を避けてアルベルトの部屋へと向かった。


 なんとか、アルベルトの部屋の外窓に辿り着いた私は、窓越しにアルベルトの部屋を覗いた。


 そこには、自分の今まで見た事がない光景が広がっていた。


 部屋の中には、三人の人間の形をした全裸の獣達がまたぐりあっていた。


 その獣達は、見られている事も知らずに、自らの欲望のまま、肉欲のまま、己の快楽に耽っていた。


 そんな中、その獣の内の一匹のメスが喘ぎ声を上げながら言った。


 「ああん。。 お坊ちゃま。こんな事をしていていいノン。


  お坊ちゃまが婚約している人は、今頃、魔物達と勇ましく戦ってるんでしょ。」


 そのメスを下半身で攻め立てながら、オスは言う。


 「あんな野蛮な女。そもそも俺の好みじゃないんだよ。


  ただ、アイツの家は、俺の家よりも地位が高いし、金も持ってるからな。」


 「そんんな事。言っちゃっていいのん。


  バレたら、大変だよん。」


 「バレる訳ねえだろ。アイツは、頭の中に、お花畑が咲いてんだよ。


  この世の中の事を何もわかってねぇ。ホント、天然ってアイツのようなヤツをいうんだよなあ。」


 「かわいそう~。婚約者にそんな事言われて~。


  その頭、お花畑のおバカちゃんにチクっちゃおうかな~。」

  

 「それじゃ、お口にチャックしねぇとな。」


 オスはそう言うと、メスの口を己の口で塞ぐ。


 お互いの舌と舌とを舐め回しながら―


 その時、私は見た。


 その時、私は知った。


 この世界の理を― 


 この世界はろくでもない世界であった事を―


 今まで自分の目の前にあったすべてものは、虚像―


 自分の都合のいい妄想でしかなかった事に―



 そして、理解した。


 この世界は、そんな、ろくでもない有象無象が好き好き勝手やって謳歌している世界だという事に—



 宿屋のベッドから起き上がったパツ金美女―レイナースは、自分に起こった一昔前の忌まわしき出来事を―


 忘れ去っていた筈の過去の記憶を思い返して、完全にブルーになっていた。


 (…なんで今頃…。なんで、思い出したのかしら・・・。)


 レイナースは、そう思いながらも、その原因がわかっていた。


 すべては、あの男が原因だという事に—


 そう、幼き頃、頭の中がお花畑であった自分が、胸を躍らせて聞いていたおとぎ話に登場する勇者のような男が、今の自分の目の前に現れた事が原因だと―



「あああああ。もう。」


 レイナースは、そんな自分の考えを否定するかのように苛立ち、クローゼット内にある自らの装備を装着していく。


(・・・。…今日は、久々にあの男に会うのよね…。)


 レイナースはそんな事を思いながら、キッチリキッカリ、いつも以上に身支度を整えていた。


 そんなレイナースは、宿屋の部屋を出ると受付に向かう。


「102号室のレイナースですが、ちょっと出かけてきますわ。」


 レイナースは、受付につくとそう声を掛けるが、宿屋の受付には誰もいなかった。


(おかしいわね? いつもならいる筈なのに…。)


 レイナースは、そう思いつつも、誰もいない受付を後にして宿屋の扉を開き、外に出た。


 扉を開くと、天に昇った太陽の光が燦燦と降り注ぐ。


(もう、こんなに日が高く昇っているという事は、ちょっと、寝過ぎましたわ。


 これも、昨日、夜遅くまで鍛錬をし過ぎたせいね。)


 レイナースは、王都の中心街からかなり外れにあるその宿屋を後にすると聖王城を目指して歩みだした。


(・・・・。おかしいわね。誰もいないわ。)


 少し歩くとレイナースは、即座に異変を感じていた。


 それもその筈だ。


 宿屋を出てから、暫くの間、人っ子一人いない、まるでゴーストタウンのような街並みが広がっていた。


 レイナースは、不審がりながらも歩みを進める。


 話は変わるが、レイナースが「なぜ、こんな中心街から外れた辺鄙な場所の宿屋に泊まっているのか?」には理由がある。


 その理由とは、簡単に言うと「レイナースには金がない」という事だ。


 なぜ、かつて帝国四騎士と呼ばれ、帝国の一等地に住み、それに見合う資産を有していたレイナースになぜ金がないのか?―


 それは、需要と供給のバランスが崩壊したという単純明快な答えだった。


 レイナースは、己の呪いを解くためのマジックアイテムを買い漁り、そして、元貴族としてのプライドからそれに見合う水準の生活を送っていた。


 しかし、それは帝国四騎士と呼ばれ、重宝されていた頃、それ相応の給金をもらっていたからこそ成り立っていたものだった。


 

 帝国が魔導国に従属して以降、魔導国に、いや、魔導王に飼い慣らされたジルクニフは、言われるがまま、アンデッドの軍勢を帝国に招き、そして、いくつか軍隊を解散させた。


 さらには、兵士達に支払う給金も減額した。


 その影響は、帝国四騎士のレイナースにも直撃した。


 いや、むしろその影響がもっとも大きかったのが、レイナースだったといっても過言ではないだろう。


 それまで貰っていた給金が莫大であったため、その減額された金額は、とてつもない額となった。


 しかし、レイナースはそうなってからも、いつもと変わらない生活を送っていた。


 そのため、収入より支出が莫大に増えた事で、当然、己の資産を食いつぶしていく。


 さすがのレイナースも明らかに目減りしていく資産に、危機感を覚え、生活水準を少しずつ下げていったが、それでも、マジックアイテムの収集は継続していたし、たまに、大きな支出を伴う騒動を衝動的に引き起こしていた。


 それによって、レイナースの保有していた資産は以前とは比べようがない程、枯渇していた。


 つまりは、今のレイナースは、一昔前とは真逆の節約、倹約生活に突入していた―


 という事だ。


 そんなレイナースにとって、この王都の中心街の宿屋など論外であった。


 だから、レイナースは、城の兵士に聞いた、王都の中心街から離れた比較的良好な環境の安宿に身を置いていた。


(それにしても、この王都でマジックアイテム探しをしようと思ってましたのに、


 結局、訓練に時間を使ってしまったわ。)


 そう、レイナースは、この聖王国の王都に訪れた当初は、モモンに同行するより、聖王国の王都に自分の呪いを解くマジックアイテムがないかどうかの探索を優先しようと思っていた。


 しかし、レイナースは、知ってしまった。


 そして、見てしまった。


 あの男が己の命を削りながら、何の関係もない国の民を救おうと勇敢に戦う、あの姿を―。あの背中を―。


 あの男は、その戦いの前に言った。


「どうやら呪いにかかっているのは、その顔ではないようだな…」


 小声ではあったが、私に聞かれないと思って呟いた言葉だろうが、その言葉は私の耳に届き、そして、私の耳から離れなかった。


 あの男は、いつも私の心をえぐるような言葉を言う。


 そして、いつも私の想像のナナメ上を行く出来事を引き起こす。


 私は、生まれてきて、そんな男に出会った事はなかった。


 だから、私は少し、おかしくなってしまったのだ。


 あの男についてかなければと思い、最近、サボっていた武芸の修練に励んだ。


 そして、あの男と離れている時は、常にあの男の事を考えていた。


 「・・・・・・・・・。」


(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 「ワタクシ!!! 惚れてんじゃんじゃない!!??


 あの男に!!!!!」


 赤面したレイナースは、突然、公道の真ん中で蹲って、心の中で絶叫を上げた。


(ち、違うわ、そんな訳ないじゃない!!


 男なんて、どいつも、ろくでもない野獣じゃない!!


 女を物としか扱わない最低の生き物じゃない!!)


 

 そう思いながら顔を上げたレイナースの目に、高揚して浮かれている王都の多くの人々の姿が映った。


 起き上がりその群衆に歩み寄ったレイナースは、その群衆の中の一人の中年オヤジに声を掛ける。


「これは、一体なんですの? 何か、祭りでもあるんですの?」


 声を掛けられた中年オヤジは、ゆっくりと険しい顔をしながら後ろを振り向く。


 そして、声を掛けた者を凝視する。


 その中年オヤジは、レイナースの顔を見ると安堵した表情した。


「なんだ。別嬪のネーちゃん。


 まあ、これは祭りっちゃ祭りみたいなもんかな。


 あんた、知らねぇのかい?」


「私が、この王都に来たのは数日前ですわ。


 知る訳ないじゃない。

 

 それで、その祭りとやらは、何の祭りなのかしら?」



「ネーちゃん。

 これは、あの魔導王陛下様から遣わさたモモン様がカリンシャを奪還する為に出立された祭り。つまりは、俺達の希望…

いいや、俺達の英雄王を送り出すものだわな!!!」


「・・・・・・・。一体、どういう事ですの!!


 私、何も聞いてませんわよ!!」


「へぇ。あんた、知らないんか?

王都にいれば、誰でも知っている筈だかね…


「そんな事ないですわ。この王都にしっかりキッチリ居ましたわ。


 …まあ、多少、外れの方に居ましたけど…。」


「そうかい。まあ、知らなかったとしてもいいじゃないかい?


 ここは、我らが英雄の王ーモモン様の門出を祝い、その凱旋を願おうじゃないか。」


 

 中年オヤジのその言葉を受けたレイナースは、俯きながら震え出す。


 その中年オヤジは、そんなレイナースが醸し出した異様な雰囲気に息を吞んだ。


「フフフ・・・・」


 レイナースのその笑い声に、一瞬、中年オヤジは顔を緩ませる。


「フ、フざけんじゃないわよ!!


 私が、今、どんな想いでここにいると思っているのよ!!!!!」


 悪魔のような怒りの形相で、そう叫んだレイナースを見た中年オヤジは、腐ったミカンのように青ざめていた。


 そんな中年オヤジにレイナースは詰め寄る。


「モモン様は、今、どこに居ますの!?」


「モ、モモン様は・・・」


 余りの眼圧に圧倒された中年オヤジは、そう言葉を漏らしながらフリーズした。


 その中年オヤジの態度に業を煮やしたレイナースは、すぐさま聖王の城へと駆け出した。


(一体、どうなっていますの!?


 ここまで、いろいろあってついてきた私に何も言わずにこの地を去るなんて・・・


 私、聞いてませんわよ!!)



 レイナースは、聖王城の正門に行きつくとそこを守護している門兵に怒涛の如く向かっていく。


「モモン様は、今、どこに居ますの!?」


「え⁉ モ、モモン様は・・・」


 あまりに必死な鬼気迫る表情で迫るレイナースに門兵の兵士は、一瞬、言葉に詰まる。


「今、何処に居るんですの!!!」


「も、モモン様は、先程、聖王城の正門の広場に居―」


 レイナースは、その言葉を聞くや否や聖王城の正門前の広場に向かって駆け出す。


 その怒涛の勢いのレイナースの後ろ姿を唖然な顔で見ていたその兵士は言葉を漏らす。


 「―居ましたけど、もう、とっくに出立されましたよ・・・」




 

 

 その暫く後、モモンがとっくに出立し、伽藍洞となった聖王城正門の広場には、両手両膝を地面につき、どんよりと落ち込んでいるレイナースの姿があった。


「どういうことですの・・・・。


 私の扱い・・・酷すぎじゃない!?」


 レイナースは、ここ最近、いや、ここ数年来、自分がとんでもなく雑に扱われているのではないかと感じていた。


(そうだわ。


 帝国にいた頃もほとんど、出番という出番もなかったし、魔導国に来てからも碌な事はなかったわ。


 私、呪われているんじゃないかしら・・・。


 ・・・・。まあ、確かに呪われているケド・・・・。)



 その時、そんな大広場の中央で一人―蹲って絶望しているレイナースに迫る一つの大きい影があった。


 その大きな影は、のっそりとレイナースの背後へと歩みを進める。


 そして、レイナースの間近に迫るとその影は、ゆっくりと口を開いた。



「・・・・・・お主も、置いてきぼりにされてしまったでござるか?」






 

 




 


















































 





 









 








 


 



 



















 










 














 






























 















 






 














 








 








 

























  






  


 








 









  










 





















 






 














 






























 






 






 











 

 







 


























 

 


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