第3話 逃げる者達①


 静寂と暗闇に支配された空間に一つの炎がゆらゆらと灯っていた。


 その炎は、前方の暗闇を照らしながらゆっくりと進んでいく。



「アズロ兄貴! コッチの道でいいんですかい?」


 そんな中、炎の後方からその空間に響き渡るような声が発せられた。


「バ、バカ野郎‼ そんな大声出すんじゃねぇ‼


 アイツらが近くにいるかもしれないんだぞ!」


 炎を灯した松明を持っていた獣人—アズロは、そう大声を上げて注意する。


「す、すまねぇ‼ 兄貴!


 オイラ、もう大声を出さないよ‼」


 その注意に水精霊大鬼—ガウンは、更なる甲高い大声で答える。


 ガウンは、水精霊大鬼という種族であるが、大きくはない。


 むしろ、一般的な人間の成人よりも遥かに小兵であった。


 さらには、見た目もまるで人間の少年のような姿をしていた。


 そんなガウンは、憧れのパイセンを見つめるような輝く瞳をアズロに向ける。


「わ、わかればいいんだ。ガウン。


 そんな目でこっちを見るな。


 こっちが悪いことを言った感じになるだろうが。」



「兄貴が悪いわけないじゃないか!


 オイラが百パーセント、いや、二百パーセント悪いんだから!!」


 そう言ってガウンは、主人を見つめる子犬のような輝く瞳でアズロを見つめる。


「わかった。わかった。それじゃあ、先に進むぞ。」


 アズロは、呆れ気味にそう返すと目の前に広がる漆黒の闇を見据える。


「兄貴。この先にホントに出口があるんですかい?」


 ガウンが少し不安げな声を上げるとアズロは苦々しい顔で目に光を宿して言った。


「わからねぇ。だけど、俺達は前に進むしかねぇじゃねえか。」


 




 少し、こんな事になってしまった経緯を振り返ろう。



 俺は、あの先の戦争で敗残兵となった。



 なんの戦争だって?



 今の俺には、その戦争が一体、何だったのかは分からない。



 しかし、その戦争が始まった時の俺は、こう思っていた。



—我々、亜人という強者が、群れをなし抵抗してくる忌々しい弱者—人間という烏合の衆を刈り取る戦いが始まった—と。



 今の俺にしてみたら、いかに恥ずかしい思想に染まっていたのかと思う。


 母ちゃんにオネショした寝床を無言で掃除されていたぐらいに恥ずかしい。


 しかし、当時の俺は、その思想、思考に完全に染まっていた。


 それというのも、全て、あの親父のせいだ。


 そう、俺のオヤジの—



 アズロは自らの記憶を回想する。





「アズロ。仲間は守るものだ。


 例え、自らの命に代えても守りぬく。


 それが、漢ってもんだ。」



 それが俺の記憶している最初に聞いた言葉だ。


「ア、ア、アズロ?」


「そうだ!! それがお前の名前だ!!


 お前は、俺—ゾーオステイア一の戦士、ガガンの息子だ!!」


「ナ、ナカマ?」


「そうだ!! それがお前が、いや、俺も守らなければならない者達なのだ!!」


 目の前の豪快な獣人はそう言って、さらに豪快に笑う。


「アナタ。もう、それぐらいにして。アズロちゃんが怖がっています。」


 母上のその言葉に少し困った顔をした親父の顔を覚えている。



 そして、俺が自らの四足でようやく立てる様になった頃には、親父は俺に剣を持たせて剣術の稽古をするようになる。


「ホラ、ホラ、脇が甘いぞ。


 それでは、仲間は守れないぞ!!」



「ワキって何?」


「ワキっていうのは、こう腕の付け根の事で。」


「コウウデのツケネって?」


「ココ!! ココだ!!


 ココが『ウデのツケネ』!!」


 そう言うと親父は、必死に自分の脇を腕を曲げ、無理な体制で脇を指さす。



「プ、ププププッ!!


 とうちゃん!! 面白い!!」


 俺は、親父のとる余りにも面白いポーズに爆笑した。


 親父は、優しかった。


 誰よりも勇敢で勇ましかった。


 でも、バカだった。


 親父は、ある日、この地を脅かそうとする人間の戦士と戦った。


 そして、敢え無く帰らぬ人となった。


 それはそれで、幼き俺には相当のショックであったが、それ以上に衝撃的な言葉を聞いた。


 「何?アイツ。人間にやられたの?


  あれだけ、俺達を守る守る言って大したことなくない?」


 「それ、酷くね⁉


  お前、アイツに助けられた事あったじゃん!」


 「べ、別に助けられてねえし。


  アイツが、俺に任せろって出しゃばってきただけだし。」


 「まあ、アイツがいなくなってせいせいしたって気持ちは、わかるわ。


  アイツ。色々、押しつけがましかったからな。」


 「だろ。仲間、仲間なんていっても、誰もアイツの事なんか仲間なんて


  思ってねぇし。


  おっちんでくれて清々したわ。」


 「そうだな。ハハハハ!!」

 

 「ハハ、ハハハハ!!」 


  その笑い声は、俺の頭に染み付いた。


  そして、理解したのだ。


  この世界は、バカな者達を利用した者が勝者なのだと。


  この世界には、仲間と呼べる存在などいないのだと—


 

  そう思った俺は、母を病で失った後、同族の住む村を離れ、一人、剣の修行に明け暮れた。


  すべては、親父を殺した人間共に復讐するため—


  そして、親父を、いや、俺や母を蔑んだ同族達を見返すために—


  

  そうして、修行を経て自分の力に自信を持ち始めた時、あの存在が俺の前に現れたのだ。


  そう、あの魔皇ヤルダバオトという存在が—


  当時の俺からしたら、まさに俺の為に降臨した神様のように思えた。


  俺の願望そのままに人間達を蹂躙する絶対強者—


  俺は、その姿、その力に魅せられ、今までの鬱憤を晴らすように憧れの存在を真似て殺戮の限りを尽くした。



  今にして思えば、俺はただの操り人形だったのだろう。


  かつての親父と同じだ。


  自分の思想に思い上がって、周りの者達にいいように利用される存在—


  まったく、情けなくなる。


  鶏の子供は、ヒヨコといった所か—


  ・・・・・。だが、もう俺は、アイツの手の平で踊らされている人形じゃない。


  俺、いや、俺達は、アイツら化け物達にかかわるのは、もう止めだ。


  俺達は逃げてやる。


  アイツらが追ってこようが逃げ切ってやる。




「兄貴、どうかしたのか?」



 長らく無言で歩いていたアズロに向かって、ガウンが声を掛ける。



「・・・・何でもねえ。


 それよりチュー。


 どうだ、どこかに掘り進めそうな場所はあったか?」


「ないチイよ。


 この通路の石畳や石壁、見た目以上に頑丈チイ。


 まるで、アダマンタイトでできているみたいだチイ。」


 アズロの後方で通路の壁や床を持ち前の爪で叩きながら鉄鼠人チイー、いやチューは困り声でそう言う。


「そうか・・・・。」


 アズロは、テンションダダ下がりでそう答えると目の前の暗闇に染まる通路を見つめる。


(まるで、迷路だな。


 俺は、あの都市カリンシャに隠し通路があると踏んでいた。


 そして、それは実際あった—まではよかったが、


 ある程度進んでからは、まるで同じ道を繰り返すダンジョンのような場所に行き着いた。


 だが、ここまで来たらもう進むしかない。


 今更、戻ることはできない。


 なぜなら、俺は知ってしまったのだ。


 アイツらの黒幕を—。


 俺達はもう逃げるしかないのだ。


 その恐ろしき存在が追ってこれない程遠くへ―。)



「アズロ…。ちょっと待ってください…。」


 そんな中、同行者である守護鬼—グラギオスが静かに呟いた。


 このパーティーのメンバーは、


 獣身四足獣—アズロ。


 水精霊大鬼—ガウン。


 鉄鼠人―チュー。


 守護鬼—グラギオス。の四人編成だ。


 他の仲間達は、今、拠点エリアにいる。



「なんだ? グラギオス、聞いてなかったのか?


 待たねぇよ。俺達には進むしかねぇっていったじゃねえか。」



「そうじゃないですよ…。


 この先から、何者かが迫ってきます。」


「なんだと⁉ アイツらか⁉」


「いえ、アイツらじゃありません。


 アイツらだったら、もっと冷ややかなオーラを感じます。」


 グラギオスは、落ち着いた風に答えるが、その額からは汗が滲み出ていた。


「そうか。だったら、少しは勝ち目があるかもな。」


 アズロは、神妙な顔で暗闇の先を睨みつけ、背中の大剣に手を伸ばした。


 そうした、前方から迫る気配に戦闘態勢をとったアズロ達に向かって、大きな声が響いてくた。


「アズロ~!! 皆が大変なの~!! 早く~!! 帰ってきて~!!」

























 






















 









































 



 

 




  








  










  




 






  


 














































 


















 











 







 













 






 






















 アズロ達の前方には、人間以上に夜目がきく亜人でさえも見通せない暗闇が広がっていた。


 アズロは、足元が浸かった水の流れを見る。


「ここは、水路だ。


 おそらく、この都市の人間共の造った—な。


 だとすれば、この水路を下って行けば、いずれ、この都市の外れの川か何かに行きつく筈だ。」


「なら、兄貴。


 みんなを拠点になんかに残さずに一緒に連れてくれば良かったんじゃないですかい?」


「お前は、バカか?


 そんな通路をヤツらが、そのままにして置く訳ないだろうが。


 おそらく、ヤツらはこの通路に罠を張っている。


 そんな通路を、現調もしないで通ろうとすれば、俺達に待っているのは死だ。」









 」


「さ、さすが、兄貴っす!!







 



 そんな暗闇の中、さっき、アズロに声を掛けた者が言った。


「なんか、こういう暗闇の中、探索するのって楽しいっすよね。」


「何が楽しいんだ!! 俺達は、こんな所からおさらばしたいから、こうしたんだ!! 」


 苛立ったアズロの怒声に、先程声を掛けた顔を青くして土下座する。


「す、すいません!! 兄貴!! 俺はただ、兄貴と一緒にが嬉しくて!!」


 その者―

















 


































 


漆黒の英雄モモンに

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