第71話 英雄の出立(中編)

 王都から数キロメートル離れた小高い丘に漆黒の巨馬に跨った、これまた漆黒の鎧を纏った男は、王都を遠目で見ながら、佇んでいた。


「ネイア殿。それでは、王都の守りを頼む。」


 その男―モモンは、見送りの為に同行していた、馬上のネイアに向かって振り向き様に言い放つ。


「畏まりました。モモン様。


 このネイア・バラハ、必ずやモモン様のご期待に応えて見せます。」


 ネイアは、目を瞑り、胸に手を当てて、モモンに向かって頭を下げて敬礼した。


 モモンに頭を下げながら、ネイアは思っていた。


 この御方こそ、王の中の王と呼ばれるべき御方なのではないか—と。


 (私は、以前アインズ様と出会った時、アインズ様こそ、そう呼ばれるべき御方なのではないかと思った事がある。

 

  しかし、今の私は理解している。


  それが、如何に無礼で浅はかな考えであったのかを。)



—魔導王アインズ・ウール・ゴウン


 それは、とても照れ屋で自らを過少に表現するあの御方の愛らしい癖から生まれた仮の名であろう…


 その真のお姿は―


 我々を、いや、この世界の全てを創造した神。


 そんな御方を「王の中の王」などという小さなスケールで表現していた自分は、なんと愚かだったのか―と、今さらながら思う。


 その我が神がこの国に、この地に遣わせたのだ。


 私達を導く偉大な存在を—


 英雄の中の英雄、王の中の王、そう謳われるべき、まさに英雄王を―


 そう思い至ったネイアは、心に決めていた。




―そうだ。この戦いが終わって、モモン様が王都に凱旋した際には、この聖王国の王に即位して頂くよう頼もう―と。





 少し前までのネイアは、現聖王カスポンドを排斥する事を躊躇っていた。


 その理由の一つは、魔導国からの支援のおかげで国が安定していたからだ。


 現聖王を排斥すれば、必ず、次期聖王の座を巡って、武力闘争や権力争いが勃発する。


 ネイアは、せっかくアインズがもたらせてくれた平和をそんな事で壊したくはなかった。


 ただ、そんな理由よりもさらに大きい理由があった。


 それは、次期聖王に相応しい人物がいなかったことである。


 先の聖戦で正統な聖王の血筋を引く者は、カスポンド以外、生死不明となっていた。


 そうなると、カスポンドを排斥した場合、かつての聖王の遠縁や親戚に王位継承権が移る訳だが、その候補者には、『先々代の聖王の義妹の兄の孫』というような「もはや、赤の他人じゃん」的な有象無象の者達しか残っていなかった。


 その有象無象の中に、現聖王よりはマシな人物が居れば良かったのだが、権力を奪われ、現聖王に飼い慣らされた彼らの中に、そんな人物は皆無であった。


(そんな状況で、カスポンドを排斥した場合、誰がその役割を担う事になる?


 そんな事は、火を見るより明らかだ。


 それは、きっと、カスポンドを排斥した勢力の長になるだろう。


 そう、現魔導教団の教主であり、長でもある自分が…)


 

 ネイアにとって、それは、とてつもなく身分不相応な事だと思っていた。


 一年程前は、聖騎士見習いという、この国の中でも底辺の身分の者が、仮とはいえ国の代表になるなど、考えられなかった。


 (今の魔導教団の教主という立場は、アインズ様の偉大さを皆に伝えなければ!っていう使命感で耐えているけど、聖王の代わりなんて、絶対ムリーー!!!)



 しかし、そんなネイアの前に、王として、この世界にこれ以上いないという程の―いや、この御方以上は未来永劫、金輪際、現れないと断言できる人物が現れたのだ。


 

 ネイアが「モモンをこの国の王にする」と心に決めるのに、時間は掛からなかった。



「ネイア。起きる。馬の上で寝ると風邪引く。」



 そんなこんなの経緯を、頭の中でグルグルと回想していたネイアに向かって、突然、そんな声が掛けられた。



「シズ先輩‼ 私、ちゃんと起きてますから!


 これはモモン様に敬礼しているだけです!」


 ネイアは、いつの間にか横にいたシズに向かってツッコミを入れる。


 するとシズは、無表情で前方を指差す。


「モモン様は、もうとっくに行った…」


「えっ⁉」


 ネイアが前方に向き直るとそこにモモンの姿はなく、慌てて周りを見回すとカリンシャを目指して進む軍列の前方へとモモンは馬を走らせていた。


「そ、そんなぁ・・・。」


 いろいろと考え込んでいたせいで、それなりの時間が経っていた。


 ネイアは、自らの王の出立の姿を眼前で見届けられなかった事に落胆した。


「ネイア、ドンマイ。人は誰でも失敗する。でも、失敗から学ぶモノは大きい。」


「シズ先輩・・・。」


 頼れる先輩から励ましの言葉と素晴らしい金言を貰ったネイアは、心から感謝した。


「シズ先輩‼ モモン様のお力になってください‼


 どうか、私の分まで!!」


 気を持ち直したネイアは、シズに自らの想いを、願いを託した。


「言われるまでもない…けど、ネイアの分、上乗せしてガンバル…。」


 クールな先輩のそんなカッコイイ言葉にネイアは、心の底から感激した。


 そんなクールでカッコイイ先輩がネイアを見据えて語り掛ける。



「ネイアには、ネイアにしかできない事がある。」


「私、にしか、できない事ですか?」


「今のネイアにできる事。それは、出張にいった者が安心して帰ってこれる場所を守る事…。」



「シュッチョウ?? それって一体何ですか⁉ シズ先輩!!」


「シュッチョウとは、極悪な悪魔やその地に住まうゴーレム(堅物)、その他、あらゆる未知のモンスター達が待ち受ける敵の巣窟にこちらから乗り込む行為…。


 それは、あまりに不利な戦い。


 その凄惨な戦いに絶望して逃げ出す者達は、後を絶たない…。」


「あ、悪魔! モンスターの巣窟ですか!


 モモン様はそんな所へ…。」


 ネイアは、改めてモモンがこれから向かうであろう地獄のような戦場を思い浮かべ、自分の無力さを嘆いた。


「心配ない。モモン様は必ず、ここに戻ってくる。


 ネイアはここを守る。それがネイアに課せられた使命…。」


 そのシズの言葉を受けたネイアは、心を熱くした。


 自分でもモモン様の為にできる事があるのだと知って—


 そして、ネイアはこの王都を何が何でも守り抜くと心に決めた。


(そうだ。これからそんな壮絶な戦いに向かわれるモモン様が安心して戻ってこれる場所を守らなければならないんだ。)


「ネイアは、モモン様が戻ってくる場所を守って、そして、モモン様が戻った際には、熱烈なお出迎えをしなければならない。」


「熱烈なお出迎え!?


 それって、一体、何をすればいいんですか⁉」


「ネイア、それは自分で考える…。


 その答えを導きだした者だけが、『イイ女』と呼ばれる存在になれる…。」



「なんですか!?『イイ女』って!!」


「…『イイ女』とは、あらゆる者を癒す存在…。


 ネイアは、『イイ女』になって、戻ってきたモモン様を出迎えなくてはならない…。」


 シズのその言葉を受けて、ネイアは不安になる。


 自分のような者が、そのような重大な責務を全うできるのかと。


 そんな俯き沈んだ雰囲気を醸し出したネイアに向かってシズは口を開いた。


「ネイア。安心していい。


 ネイアの為に、とっておき秘密兵器を持ってきた。」


 そんな頼れる先輩の言葉に、ネイアは顔を上げる。


 そして、シズは、腰付近から紙袋を出してネイアに手渡した。


「ネイア。困ったら、これを使えばいい。」


 そんな頼もしい先輩から紙袋(秘密兵器)を受け取ったネイアは、『もう、先輩に一生ついていきます』という気持ち、バリバリであった。


「それじゃあ、私、行く。」


「はい!! シズ先輩!! 頑張って下さい!!」


 ネイアの激励を受けたシズは、馬を走らせ、モモンの下へと駆け出した。


 ネイアは、熱い視線でそのシズの後姿を見つめていた。


(どうか、先輩も絶対、ここに戻ってきてくださいね!)


 シズの後姿が小さくなり、やがて丘の向こうに消えた後、ネイアは、シズから受け取った秘密兵器が気になり、紙袋に手を突っ込む。


(一体、どんなアイテムが入っているのかな?)


 ネイアは、紙袋の中にあった薄っぺらい布のような感触のモノをつかみ、


 そして、自らの眼前に取り出して確認する。


 そこには、黒いスケスケのランジェリーがあった。


 そのスケスケのランジェリーを見たネイアは、心の中で叫びをあげる。


(シズ先ぱーーーーーい!! これって、いつ、どこで、どうやって使えばいいんですかーーーーーー!!)


 




























 

















 







































 




 




















 








 




























 








  






 










 





 




 
















 



























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